~9月13日毎日新聞余禄~
その日、天皇には杯とともに高く盛られたサトイモとナスが供された。すると天皇は自らナスを手にとり、萩のはしで穴を丸く開ける。いったん膳(ぜん)が下げられた後、天皇は清涼殿のひさしに出て、そのナスの穴を通して月をながめ、願い事をしたという▲江戸時代初めの後水尾天皇の当時の記録にある旧暦八月十五日夜のお月見の行事だ。さてナスの穴からはどんな月が見えるのか。餅をつくウサギに実りの秋を感謝し、豊作を願ったのだろうか。中国から伝わり、平安時代に宮中で始まったお月見は、やがて庶民の間にも広がった▲ナスの月見はその後あまり聞かないが、サトイモのお供えは「芋名月」という言葉で今に残る。東京・六本木の「芋洗坂(いもあらいざか)」は江戸時代に十五夜のイモを商う市でにぎわった名残という(鬼頭素朗著「祭礼料理考」)。もともと月見はサトイモなど畑作物の収穫儀礼だったらしい▲もっとも庶民の間で定着したのはイネになぞらえたススキを飾り、月見団子をお供えする形だった。明日は中秋の名月だが、今年は月見団子もちょっと原料のお米の素性が気になってしまう。なにしろ汚染米転売の波紋が広がる一方だからだ▲愛知県で新たな業者の転売が発覚する一方、病院給食などでも広く消費されていたという汚染米である。それを原料とする大手メーカーの焼酎9種65万本の回収の報も伝えられ、騒動は米製品全体への不信につながりかねない広がりを見せる▲大地の恵みに感謝する秋の行事の幕開けとなる月見だ。なのに食の不安をふりまく人間の背信がその興趣を損なうこと、実にやりきれない。餅つくウサギも疑心暗鬼で臼をのぞく名月である。
文章の起承転結に感心してしまうToride Mainichi編集委員でした
明日、Toride Mainichi78号を配布します