女の気持ち ~毎日新聞101019~

母からの留め袖 埼玉県深谷市・村岡多恵子(主婦・62歳)
 洋服タンスの整理をしていたら、風呂敷に丁寧に包まれた荷物が出てきました。

 全く記憶にない荷物。私はこんなにきれいに風呂敷を包めない。誰が包んだのだろう。何が入っているのだろう。いつからここにあったのだろうと不思議な気持ちになりました。

 そおっと風呂敷包みの結び目をほどいてみました。すると中から、「娘へ」と書かれた便せんと、畳紙(たとうがみ)に入った留め袖が出てきました。波をデザインした落ち着いた色の高級留め袖でした。

 手紙は母の字で一文字ずつ丁寧にしたためられていました。「春もそろそろと足元に訪れるころ、元気で暮らせる喜び、何より幸せです」で始まり、「この留め袖は、昭和10年2月11日に嫁ぐ時、実家の父母が作ってくれた着物です。入り用でないとは知りつつ届けますが、お受け取り下さい。自分を大切に子どもたちに心配をかけないよう生きていきたいです」と書かれてありました。83歳になる前に書いたものでした。

 何度も手紙を読み返しながら、母はどんな気持ちでこの手紙を書いたのだろうと、母の心に思いをはせるのでした。

 母は100歳。施設で暮らし、日常の大半はウトウトした傾眠状態で過ごしています。母の耳元で、「留め袖ありがとう。大事に着させてもらうね」と17年遅れのお礼を言いました。

 すると母は、神様とも仏様とも思えるような優しい顔をして、私を見つめ返してくれました。

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