余録:その夫妻の間に生まれた兄と妹は…
毎日新聞 2013年01月27日 00時02分
その夫妻の間に生まれた兄と妹は2人とも重度の脳性まひと診断された。歩けず、話せもしない兄妹の在宅介護を40年以上続けてきた夫妻は70代の老境(ろうきょう)にある▲もちろん、耐え難い苦悩の時期があった。「こん子らさえおらんかったら」と、心の中でどれほど叫んだことか。妻はそう明かす。だが試練に耐え抜いた夫妻は孫を抱けない寂しさや不安も感じつつ、心の底から「幸せ」と話すのだ。わが子を守り抜く決意、心優しい人々との交わりを経て到達した境地らしい▲また別の家族の場合。病院勤めの妻が交通事故で首の骨を折り、体の自由と希望を失った。肉親以外とは顔を合わせない日々が3年も続く。しかし同級生の母との偶然の出会いをきっかけに、知人たちとの交流が復活した▲リハビリにも熱が入り、両腕が動き始める。右手の親指以外の9本の指と両足は動かないが、工夫してパソコンのキーをたたき、筆で緻密(ちみつ)な絵も描けるようになった。事故後十数年を経て彼女は「ハンディは不便でも、不幸ではありません」と言い切る▲以上は2010年から昨年にかけて小紙の西部本社版に連載された記事の断片(だんぺん)である。その記事は最近、「幸せのかたち 七つの『奇跡』が語るもの」(南方新社)として刊行された。九州各地の家族たちの苦闘と幸福の物語7編を収めている▲不運に見舞われても「幸せ」を取り戻した家族はあちこちにいるようだ。同時に、今も苦しみ抜いている家族も少なくあるまい。暗いトンネルを抜け出るヒントになれば、と思って紹介した。東京の通勤電車に揺られて読みながら、何度も涙したことを付け加えておく。
余録 その夫妻の間に生まれた兄と妹は… 毎日新聞 2013年01月27日
その夫妻の間に生まれた兄と妹は2人とも重度の脳性まひと診断された。歩けず、話せもしない兄妹の在宅介護を40年以上続けてきた夫妻は70代の老境(ろうきょう)にある
もちろん、耐え難い苦悩の時期があった。「こん子らさえおらんかったら」と、心の中でどれほど叫んだことか。妻はそう明かす。だが試練に耐え抜いた夫妻は孫を抱けない寂しさや不安も感じつつ、心の底から「幸せ」と話すのだ。わが子を守り抜く決意、心優しい人々との交わりを経て到達した境地らしい
また別の家族の場合。病院勤めの妻が交通事故で首の骨を折り、体の自由と希望を失った。肉親以外とは顔を合わせない日々が3年も続く。しかし同級生の母との偶然の出会いをきっかけに、知人たちとの交流が復活した
リハビリにも熱が入り、両腕が動き始める。右手の親指以外の9本の指と両足は動かないが、工夫してパソコンのキーをたたき、筆で緻密(ちみつ)な絵も描けるようになった。事故後十数年を経て彼女は「ハンディは不便でも、不幸ではありません」と言い切る
以上は2010年から昨年にかけて小紙の西部本社版に連載された記事の断片(だんぺん)である。その記事は最近、「幸せのかたち 七つの『奇跡』が語るもの」(南方新社)として刊行された。九州各地の家族たちの苦闘と幸福の物語7編を収めている
不運に見舞われても「幸せ」を取り戻した家族はあちこちにいるようだ。同時に、今も苦しみ抜いている家族も少なくあるまい。暗いトンネルを抜け出るヒントになれば、と思って紹介した。東京の通勤電車に揺られて読みながら、何度も涙したことを付け加えておく。
Tags: 毎日新聞
This entry was posted on 日曜日, 1月 27th, 2013 at 0:18:07 and is filed under 記事. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.
You can leave a response, or trackback from your own site.