東日本大震災直後から
時を告げる時計は止まったまま
20mの高台にあった中学校は、戸倉地区の避難場所でした。
1回目の津波で、校舎1階近くまで押し寄せてきました。
「次はもっと大きいのが来るぞ」
校舎に避難していた人たちが、より高い裏山へと駆け込みました。
2回目の津波は22.6m
校舎1階は、水没。
校庭にいた人たちは、流されて
校舎から裏山に逃げる途中で流されてしまった人もいる。
誰もが予想しなかった
南三陸町志津川湾の津波の高さ。
校舎は、公民館に
校庭は、戸倉中学校応急仮設住宅となっています。
戸倉中学校同窓会長である
語りべ 後藤一磨さんのお話を伺いました。
ご自身も家を無くされたそうです。
防災とは
防波堤をつくることより
ここに防災意識をもって行動すること。
人は、大自然に生かされている。
語りべの動画を張り付ける予定です。m(__)m