本日の女の気持ちより

街の明かり 
 
仕事を終え帰路に就く時、私は毎日泣きそうになる。それは街の明かりのせいだ。

 今、私の住む街の夜は、以前に比べてずいぶん暗い。個人の家からお店の看板、照明に至るまで、以前のまぶしさがうそのようだ。

 通り慣れた街の変容を目にするたびに思う。この暗い街には、少ない電気をみんなで分け合おうという思いやりが表れている。この国は何て優しい国なのだろう。

 コンセントを差せば電気が通る、それが当たり前だと思っていた。電気には限りがある。だからみんなで大切に使わなくてはいけない。やっとそのことに気付いた。もっと早く気付くことができれば良かったと後悔している。

 福島第1原発の事故で、福島から遠く離れて暮らす人が、東京電力に厳しい言葉を放っているのを見ると心が痛む。さまざまな意見はあるが、私たちのために現場で必死に作業してくれている人たちを責めるのは、ちょっと違うと思う。

 誰かを責めることは簡単だ。けれど、電力会社が作っていた電気を使っていたのは紛れもない私たちである。

 東京電力への厳しい言葉を口にしている人たちも含めて、それぞれの方法で街を暗くし、電気を分け合っている。いつもより暗い街は、ほかにもあちこちにあるだろう。日本は優しい国だと私は信じたい。

 暗い街で、たくましく輝く希望の星をともに見上げよう。

 

心の交流が必要 (主婦・78歳)

 2001年9月11日、世界貿易センタービルに旅客機が突っ込んだ。10年前のあの時のテレビ映像が今でも脳裏に浮かび上がる。

 先日、ウサマ・ビンラディン容疑者殺害のニュースを知った1000人もの市民が世界貿易センタービルの跡地、グラウンド・ゼロに集まり、歓声を上げている様子が報じられた。これでテロがなくなればいい。

 しかし、テロは再び指導者が代わり、負の連鎖が繰り返される。国際社会である今日、あの時の犠牲者約3000人の内の24人が日本人だった。犠牲者の1人、白鳥敦さんの父、白鳥晴弘さんのコメントに心を打たれた。白鳥さんは今も骨つぼを枕元に置いて床に就き、自分が死んだら息子と一緒にニューヨークかアフガニスタンに散骨してほしいと考えているとのことで、驚いた。

 白鳥さんは「テロの連鎖は武力では終わらない。心の交流が必要なのだ」と、これまで続けてきたアフガンの子供たちに教育資源や衣料などの支援を今まで通り続ける決意を新たにされた。教育を受け、子供たちの自立心が育てば少しは変わるであろうと。

 白鳥さんはアフガンやパキスタンを何度も訪れ、「あなたの正義とは何か?」とビンラディン容疑者に手紙を送ったが、今回の容疑者殺害によってその答えが返ってこなくなり、残念だと思う。

 宗教的な問題か、米国への反抗か。真相が分からぬ今、犠牲者家族の無念に心が痛む。

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