Dr.中川のがんの時代を暮らす

~毎日新聞20110619~

中川恵一・東京大病院放射線科准教授、緩和ケア診療部長

1 放射線とともに

 新連載「がんの時代を暮らす」の第1回です。東日本大震災のため、スタートが2カ月半遅れましたが、読者からの相談にも答えるなど、今までなかったスタイルも取り入れ、より生活に密着したものにしたいと思っています。

 震災前の3月初め、新連載のタイトルを決めるのに随分悩みました。しかし、皮肉なことに、今まさに「がんの時代」を迎えたような様相です。福島第1原発事故による被ばく問題で、日本中が「パニック状態」に陥っているように見えます。

 現実には、首都圏の空気中の放射線量は、ほぼ平時に近い数字に戻っています。マスクや長袖の服を着ける必要はなく、洗濯物を外に干してもよいレベルです。原発自体の「火消し」は予断を許さないようですが、今、新たに放出されている放射性物質はほとんどありません。福島県を含め、大気中にある放射性物質の量はゼロかほんのわずかになっています。

 しかし、福島第1原発から60キロも離れた福島市でも、毎時1マイクロシーベルトくらいの空間線量率が計測されています。この環境に1年間ずっといると、9ミリシーベルト弱の外部被ばくを受ける計算になります。この放射線は、事故発生から3月半ばまでに原発から放出された放射性セシウムが原因となっています。空気中に放出された放射性物質は、風に流されて遠くまで移動し、雨に溶けて土などの表面にしみ込みました。そして、ここから放射されるガンマ線が、住民に被ばくをもたらしているのです。

 当初注目されていた放射性ヨウ素は、8日ごとに半分に減りますから、すでにほとんど存在しません。しかし、放射性セシウムのうちセシウム137は半分に減る半減期が30年と長く、60年たっても今の4分の1も残ります。放射線とともに暮らしていかなければならない長い時代が始まりました。連載の最初は、このような環境で暮らすことについて考えていきます。

 

~毎日新聞20110703~

2 福島と関東の放射線量
 放射線とともに暮らす時代、読者から届いた質問に答える形で、私たちが知っておくべきことを確認したいと思います。

 ◆質問1

 ◇福島県郡山市で、布団や洗濯ものを外に何時間干せるのか? マスクや長袖シャツは必要か?
 現在、原発からの放射性物質の放出はほぼなくなっており、福島県の大半の地域でも大気中の放射性物質は検出されていません。郡山市内の空間放射線量は、およそ1時間当たり1マイクロシーベルトと、依然として高いレベルにありますが、大気中に放射線を出す放射性物質が漂っているわけではありません。3月に原発から放出され、雨に溶けて土などにしみ込んだ放射性セシウムから出る「ガンマ線」が原因です。空気中に放射性物質がないわけですから、布団や洗濯ものに放射性物質が付着することはなく、外に干しても大丈夫です。マスクや長袖も必要ありません。

 ◆質問2

 ◇今やホットスポットとして有名になった千葉県柏市で、2歳の息子を外で遊ばせて大丈夫か?
 現在、柏市の公園などでの線量は、高いところでも1時間当たり0・5マイクロシーベルトくらいです。この環境に24時間ずっといた場合、内部被ばくも含めた年間の被ばく量は5~6ミリシーベルト程度になります。屋内の線量は屋外よりずっと低くなるため、実際の被ばく量は、この値よりかなり低くなります。小さなお子さんでも普通に遊ばせてよいと思います。ただ、土を口にしたり、土ぼこりを吸い込むのは避けましょう。

 地表に存在するセシウムの量は、風や雨といった天候のほか、地形や地面の性質によって左右されます。福島第1原発から60キロも離れた福島市の空間放射線量が、20キロ圏の福島県南相馬市より高いのは、原発から同県飯舘村を通り福島市へ向かった「風」の影響です。同じように、東京都の金町浄水場まで放射性物質を運んだ風の「通り道」に柏市がありました。

 東京でも葛飾区、足立区など北東の地域で、線量が高い傾向があります。福島から風に乗って運ばれた放射性物質が、西に向かいながら、雨に溶けて落ちていったからです。ただし、東京の線量は、ローマ、ロンドン、香港など、多くの都市を下回るレベルです。

 

次回は、7月17日日曜日くらしナビに掲載予定です

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