Dr.中川のがんの時代を暮らすは、毎日新聞日曜日に連載中です。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:15 医療被ばく量、世界最多
一般市民の「被ばく限度」は、法律に基づき年1ミリシーベルトまで、と定められています。ところが、私たちは毎年1ミリシーベルト以上の被ばくをしています。年1ミリシーベルトという被ばく限度は、自然被ばくと医療被ばくを除いた線量なのです。前回お話ししたように、放射性物質を含む資源が少ない日本の自然被ばくは、年1・5ミリシーベルトと、世界平均の2・4ミリシーベルトよりもずっと低いレベルです。
一方、エックス線撮影などによる「医療被ばく」は、日本は世界で最も多く、国民1人あたりの平均被ばく量は年4ミリシーベルト程度になると見積もられています。日本の法律では、自然被ばくと医療被ばくを合計した年約5・5ミリシーベルトとは別に、年1ミリシーベルトまでの被ばくを許容しており、平均的な日本人の場合、年約6・5ミリシーベルトまでの被ばくは許容されるという内容になっています。
医療被ばくは最近20年で2倍近くに急増しています。これはCT(コンピューター断層撮影)の普及が大きな要因です。CTによる被ばく量は、検査の部位や目的によって異なりますが、1回の検査でおよそ7ミリシーベルト程度を被ばくすると言われています。3回検査を受ければ、20ミリシーベルトに達してしまいます。また、世界のCT装置の3分の1が日本にあります。
医療被ばくを含めると、日本人が浴びる放射線量は、すでにかなりのレベルになっています。しかし、医療被ばくと原発事故による被ばくを一緒にすることはできません。医療被ばくでは、病気の発見や治療など、被ばくをしても代わりに明らかなメリットがあるからです。実際、医療被ばくには「限度」はありません。また、必要な検査をいつでも受けられる医療体制が、日本人を世界一の長寿に導いた可能性もあるといえます。
一方、医療被ばくといっても、無駄な被ばくは避ける必要があります。毎年職場で実施する定期健康診断では、胸部エックス線撮影が基本的に義務づけられています。これは、1972年に制定された「労働安全衛生法」に基づくもので、結核の早期発見が主な目的ですが、この検査にはメリットが少ないとの批判もあります。原発事故の問題とともに、医療被ばくについても真剣な議論が必要だと思います。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:16 「健康都市」ヒロシマ
日本の「医療被ばく」は、国民1人あたりの年平均被ばく量が4ミリシーベルト程度と世界一です。一方、日本人の平均寿命は世界一です。必要な検査や医療をいつでも受けられる「国民皆保険制度」が、日本人を世界一の長寿に導いた可能性も指摘されています。そして、ヒロシマでは、この「医療の力」がまざまざと示されました。
広島市では、原子爆弾によって約35万人の住民のうち14万人もの人々が亡くなりました。現在は、人口約120万人の西日本有数の大都市へと復興をとげています。そして、あまり知られていませんが、日本トップレベルの「健康都市」でもあります。
広島市の女性の平均寿命は、政令指定都市の中でトップです。さらに、出生率の高さで第2位、死産率の低さでも第1位です。なお、放射線が被爆者の子孫に与える遺伝的な影響は、これまでのところ確認されていません。
なぜ、広島市民は長生きになったのでしょうか。僕が考える理由の一つが、「手厚い医療」の存在です。広島・長崎では、被ばく量と発がんに関するデータを集める目的もあり、広く定期的な健康診断が実施されたほか、「被爆者手帳」が交付されています。この手帳を交付された人は、がんはもちろん、糖尿病や風邪に至るまで、原則、無料で病院にかかることができます。この手帳を持つ人は現在22万人程度ですが、1980年には最大の37万2264人に達しました。これは、終戦時の広島市と長崎市の合計人口を上回る人数です。
無料で医療を受けられる効果は絶大です。中でも、被ばく量が少ない「入市被爆者」(爆弾投下の後に市内に入った被爆者)の場合、放射線被ばくによるマイナス面より、充実した医療のプラス面が上回り、全国平均よりも長生きになった可能性が考えられます。
ヒロシマを長寿にしたこの医療の力を、今度はフクシマでも発揮する番だと思います。ただし、病気を治し、健康を維持するための医療といっても、やみくもに提供すればよいわけではありません。「過剰検査」がかえってマイナスになることもありますので、注意が必要です。次回は、韓国を例にとりながら、この問題をお話ししたいと思います。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:17 検診向かぬ甲状腺がん
今、韓国の女性のがんで一番多いのは甲状腺がんです。2番目に多い乳がんの2倍近くに達し、さらに加速度的に増えています。
一方、日本では、甲状腺がんは珍しいがんです。日本人女性のがんは、多い順に(1)乳がん(2)大腸がん(3)胃がん(4)肺がん(5)子宮がん(6)肝臓がん(7)膵臓(すいぞう)がん……となります。甲状腺がんは10位以下です。
韓国のがん対策は10年ほど前から急ピッチで進み、がん検診受診率も6割近くに達しています。一種の検診ブームが起きているようです。一方、日本の受診率は2割程度にとどまっています。
しかし、検診もやみくもに受ければいいというわけではありませんし、全ての臓器のがんで「早期発見が有効」というわけでもありません。とりわけ、甲状腺がんは検診に向いていません。
それはなぜか。韓国で起きているのは「甲状腺がんは増えていない」が、「甲状腺がんの患者が増えている」という状態です。高齢になると、ほぼ全員が甲状腺がんを持っています。交通事故などで亡くなった人を解剖して調べた米国の研究によると、60歳代の全員に甲状腺がんが見つかりました。多くの甲状腺がんは、命にはかかわっていないということです。
問題は「がんがあるかどうか」ではなく、「がんで死ぬかどうか」です。検診の本来の目的も、がんで死ぬ確率を減らすこと。命にかかわらない小さながんをむやみに見つけることではありません。
高齢になれば、ほぼ全員が小さな甲状腺がんを持ちますから、甲状腺を詳しく検査すれば、多くの人にがんが見つかります。韓国では、乳がんの超音波検査のついでに甲状腺も調べることが多く、甲状腺がんが多数発見されるようになったのです。実際は、大半が治療しなくても命にかかわらないがんですから、不要な手術が急増することになってしまいました。手術には一定の危険性がありますから、不要な手術は、本人の不利益につながる恐れがあります。
チェルノブイリでは、小児に珍しい甲状腺がんが増えました。しかし、それを心配するあまり、福島県をはじめとする中高年の方まで甲状腺がんの検診を受ければ、がん患者が急増するでしょう。福島が適切な医療で長寿となることを願います。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:18 避難生活の健康影響
福島県内での避難区域の基準は年間あたりの被ばくが20ミリシーベルトとなっていますが、これは、チェルノブイリの経験を踏まえた国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に基づいた数値です。
チェルノブイリでは最終的に、年間5ミリシーベルトと、福島よりずっと厳格な基準が用いられました。しかし、原爆に被爆した広島の女性は政令指定都市のうち最も長寿となったのに対し、原発事故の後、チェルノブイリでは平均寿命が大きく下がりました。
広島は、被爆者手帳などによる手厚い医療の力が、放射線被ばくによるマイナスを上回った形ですが、チェルノブイリでは、広島では実施しなかった大規模な避難が逆効果になったと考えられています。
ロシア政府も、今年発刊したチェルノブイリに関する報告書の中で次のように避難生活の影響を記しています。
「チェルノブイリ原発事故が及ぼした社会的、経済的、精神的な影響を何倍も大きくさせてしまったのは、汚染区域を必要以上に厳格に規定した法律によるところが大きい」
「精神的ストレス、慣れ親しんだ生活様式の破壊、経済活動の制限といった事故に伴う副次的な影響のほうが、放射線被ばくよりはるかに大きな損害をもたらしたことが明らかになった」
チェルノブイリでは、牛乳などの食品の規制が遅れ、小児の甲状腺がんが増えましたが、それ以外のがんの増加は今のところ確認されていません。一方、避難民を中心に、ウクライナ、ベラルーシの平均寿命は、原発事故後に約7年も短くなりました。ロシアの政府報告書はこう結んでいます。
「チェルノブイリ原発事故の主な教訓の一つは、社会的・精神的要因の重要性が十分に評価されていなかったことである」
つまり、一般に考えられている以上に、生活環境の変化は健康に大きな影響を与えるのです。不自由な避難生活を余儀なくされている人々を思うと胸が痛みます。
もちろん、被ばくも避難も、いずれも原発事故が原因です。東京電力と政府の責任は重大です。住民と避難民の双方に十分な補償がなされるべきであることは論をまちません。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:19 水銀とセシウムの違い
福島県内などで放射線についての講演をするとき、必ず聴衆に尋ねる質問があります。「内部被ばくと外部被ばくは、どちらが怖いですか?」。いつも圧倒的に内部被ばくの方に手が挙がります。
よく話を聞くと、食品による内部被ばくは、「水俣病」を連想させるところがあるようです。水俣病は、チッソ水俣工場からの有機水銀が食物連鎖によって濃縮されたことが原因です。高濃度に汚染された魚を食べた住民の脳組織に「脂溶性」の有機水銀が沈着し、神経障害を多発させました。
一方、放射性セシウムによる内部被ばくでは、こうした「生物濃縮」は起きません。セシウムは、カリウムに近い「アルカリ金属」と呼ばれる物質です。体内に取り込まれると、カリウムと同じように全身の細胞へほぼ均等に分布します。このことは、福島県内で野生化し、安楽死となった牛の分析でも確認されています。
セシウムはカリウムと同様、尿として排せつされていきますから、乳児で9日、大人でも約3カ月で体内の量は半分になります。セシウム137の半減期は約30年なので、体外に出たセシウムは地球のどこかに存在することになりますが、有機水銀と異なり、身体に蓄積していくことはありません。
今回の原発事故によるセシウムの内部被ばくの量も、わずかであることが分かってきました。厚生労働省の7月の試算では、食品中の放射性物質による内部被ばくは、子どもであっても、事故後1年間で0・1ミリシーベルト程度であると見積もられました。
京都大などのグループが、原発周辺の住民の内部被ばく量を調べた最近の調査結果でも、最大で0・16ミリシーベルトと見積もられ、厚労省の試算が裏付けられています。
さらに、神奈川県横須賀市などでは、学校の給食を丸ごとミキサーにかけてセシウムの放射能を測定していますが、内部被ばく量は年3マイクロシーベルト程度でした。これは、天然の放射性カリウムを多く含んでいるバナナ約30本分に相当します。
食べ物に含まれる放射性カリウムによって、私たちは年0・2ミリシーベルト程度の「自然被ばく」を受けています。しかし、放射性カリウムが多くても、果物・野菜は逆にがんを防ぎます。内部被ばくを正しく理解することが必要です。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:20 DNA傷つけるラドン
地表の下に広く存在して、大陸を支える岩石の大半は、御影(みかげ)石とも呼ばれる「花こう岩」です。花こう岩は、ウランやトリウムなどの放射性物質を多く含みます。岐阜県や山口県で「自然放射線」が高いのは、花こう岩が大量にあるうえ、岩盤が露出している山岳地帯が多いためです。
日本の場合、花こう岩など大地から発生するガンマ線で年0・4ミリシーベルト程度の外部被ばくを受けています。さらに、この花こう岩からは「ラドンガス」が発生します。秋田県の玉川温泉などの「ラドン温泉」は、がん患者の皆さんにも有名ですが、温泉地や鉱山では空気中のラドン濃度が高くなっています。
天然の放射性物質であるラドンガスは、ウランがラジウム、ラドンへと「崩壊」するときに発生します。このガスを吸い込むことによって、日本では年平均0・4ミリシーベルト程度の内部被ばくが起こっています。
鉱山労働者に肺がんが多いことは以前から知られていました。体内に吸い込まれたラドンが、肺の細胞のDNAを傷つけ、肺がんの原因となると考えられます。肺がんは、年間死亡数約7万人と、日本人のがん死亡のトップです。肺がんの最大の原因は喫煙ですが、原因の第2位は、このラドンガスなのです。世界保健機関(WHO)によると、肺がんの原因の3~14%が、空気中のラドンの吸入による被ばくと言われます。たばこを吸わない人にとっては、ラドンが肺がんの原因のトップになります。
たばこの煙には、ベンゾピレンなどの発がん物質のほかに、ラドン由来の放射性物質が含まれます。ラドンが崩壊してできる「ポロニウム」など大気中の放射性物質が葉タバコに付着するため、たばこを吸うと被ばくするのです。この放射性ポロニウムは、元ロシア連邦保安庁(FSB)のリトビネンコ氏の暗殺にも使われましたが、1日にたばこを1~2箱吸うことで年0・2~0・4ミリシーベルトの被ばくを受けます。
自然被ばくの原因となっている花こう岩ですが、その形成には水が必要です。このため、地球以外の惑星にはほとんど存在しない岩石です。私たちが自然被ばくを受けるのは、「水の惑星」の住人だからなのです。
Dr.中川のがんの時代を暮らすは、毎日新聞日曜日に連載中です。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:15 医療被ばく量、世界最多
一般市民の「被ばく限度」は、法律に基づき年1ミリシーベルトまで、と定められています。ところが、私たちは毎年1ミリシーベルト以上の被ばくをしています。年1ミリシーベルトという被ばく限度は、自然被ばくと医療被ばくを除いた線量なのです。前回お話ししたように、放射性物質を含む資源が少ない日本の自然被ばくは、年1・5ミリシーベルトと、世界平均の2・4ミリシーベルトよりもずっと低いレベルです。
一方、エックス線撮影などによる「医療被ばく」は、日本は世界で最も多く、国民1人あたりの平均被ばく量は年4ミリシーベルト程度になると見積もられています。日本の法律では、自然被ばくと医療被ばくを合計した年約5・5ミリシーベルトとは別に、年1ミリシーベルトまでの被ばくを許容しており、平均的な日本人の場合、年約6・5ミリシーベルトまでの被ばくは許容されるという内容になっています。
医療被ばくは最近20年で2倍近くに急増しています。これはCT(コンピューター断層撮影)の普及が大きな要因です。CTによる被ばく量は、検査の部位や目的によって異なりますが、1回の検査でおよそ7ミリシーベルト程度を被ばくすると言われています。3回検査を受ければ、20ミリシーベルトに達してしまいます。また、世界のCT装置の3分の1が日本にあります。
医療被ばくを含めると、日本人が浴びる放射線量は、すでにかなりのレベルになっています。しかし、医療被ばくと原発事故による被ばくを一緒にすることはできません。医療被ばくでは、病気の発見や治療など、被ばくをしても代わりに明らかなメリットがあるからです。実際、医療被ばくには「限度」はありません。また、必要な検査をいつでも受けられる医療体制が、日本人を世界一の長寿に導いた可能性もあるといえます。
一方、医療被ばくといっても、無駄な被ばくは避ける必要があります。毎年職場で実施する定期健康診断では、胸部エックス線撮影が基本的に義務づけられています。これは、1972年に制定された「労働安全衛生法」に基づくもので、結核の早期発見が主な目的ですが、この検査にはメリットが少ないとの批判もあります。原発事故の問題とともに、医療被ばくについても真剣な議論が必要だと思います。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:16 「健康都市」ヒロシマ
日本の「医療被ばく」は、国民1人あたりの年平均被ばく量が4ミリシーベルト程度と世界一です。一方、日本人の平均寿命は世界一です。必要な検査や医療をいつでも受けられる「国民皆保険制度」が、日本人を世界一の長寿に導いた可能性も指摘されています。そして、ヒロシマでは、この「医療の力」がまざまざと示されました。
広島市では、原子爆弾によって約35万人の住民のうち14万人もの人々が亡くなりました。現在は、人口約120万人の西日本有数の大都市へと復興をとげています。そして、あまり知られていませんが、日本トップレベルの「健康都市」でもあります。
広島市の女性の平均寿命は、政令指定都市の中でトップです。さらに、出生率の高さで第2位、死産率の低さでも第1位です。なお、放射線が被爆者の子孫に与える遺伝的な影響は、これまでのところ確認されていません。
なぜ、広島市民は長生きになったのでしょうか。僕が考える理由の一つが、「手厚い医療」の存在です。広島・長崎では、被ばく量と発がんに関するデータを集める目的もあり、広く定期的な健康診断が実施されたほか、「被爆者手帳」が交付されています。この手帳を交付された人は、がんはもちろん、糖尿病や風邪に至るまで、原則、無料で病院にかかることができます。この手帳を持つ人は現在22万人程度ですが、1980年には最大の37万2264人に達しました。これは、終戦時の広島市と長崎市の合計人口を上回る人数です。
無料で医療を受けられる効果は絶大です。中でも、被ばく量が少ない「入市被爆者」(爆弾投下の後に市内に入った被爆者)の場合、放射線被ばくによるマイナス面より、充実した医療のプラス面が上回り、全国平均よりも長生きになった可能性が考えられます。
ヒロシマを長寿にしたこの医療の力を、今度はフクシマでも発揮する番だと思います。ただし、病気を治し、健康を維持するための医療といっても、やみくもに提供すればよいわけではありません。「過剰検査」がかえってマイナスになることもありますので、注意が必要です。次回は、韓国を例にとりながら、この問題をお話ししたいと思います。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:17 検診向かぬ甲状腺がん
今、韓国の女性のがんで一番多いのは甲状腺がんです。2番目に多い乳がんの2倍近くに達し、さらに加速度的に増えています。
一方、日本では、甲状腺がんは珍しいがんです。日本人女性のがんは、多い順に(1)乳がん(2)大腸がん(3)胃がん(4)肺がん(5)子宮がん(6)肝臓がん(7)膵臓(すいぞう)がん……となります。甲状腺がんは10位以下です。
韓国のがん対策は10年ほど前から急ピッチで進み、がん検診受診率も6割近くに達しています。一種の検診ブームが起きているようです。一方、日本の受診率は2割程度にとどまっています。
しかし、検診もやみくもに受ければいいというわけではありませんし、全ての臓器のがんで「早期発見が有効」というわけでもありません。とりわけ、甲状腺がんは検診に向いていません。
それはなぜか。韓国で起きているのは「甲状腺がんは増えていない」が、「甲状腺がんの患者が増えている」という状態です。高齢になると、ほぼ全員が甲状腺がんを持っています。交通事故などで亡くなった人を解剖して調べた米国の研究によると、60歳代の全員に甲状腺がんが見つかりました。多くの甲状腺がんは、命にはかかわっていないということです。
問題は「がんがあるかどうか」ではなく、「がんで死ぬかどうか」です。検診の本来の目的も、がんで死ぬ確率を減らすこと。命にかかわらない小さながんをむやみに見つけることではありません。
高齢になれば、ほぼ全員が小さな甲状腺がんを持ちますから、甲状腺を詳しく検査すれば、多くの人にがんが見つかります。韓国では、乳がんの超音波検査のついでに甲状腺も調べることが多く、甲状腺がんが多数発見されるようになったのです。実際は、大半が治療しなくても命にかかわらないがんですから、不要な手術が急増することになってしまいました。手術には一定の危険性がありますから、不要な手術は、本人の不利益につながる恐れがあります。
チェルノブイリでは、小児に珍しい甲状腺がんが増えました。しかし、それを心配するあまり、福島県をはじめとする中高年の方まで甲状腺がんの検診を受ければ、がん患者が急増するでしょう。福島が適切な医療で長寿となることを願います。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:18 避難生活の健康影響
福島県内での避難区域の基準は年間あたりの被ばくが20ミリシーベルトとなっていますが、これは、チェルノブイリの経験を踏まえた国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に基づいた数値です。
チェルノブイリでは最終的に、年間5ミリシーベルトと、福島よりずっと厳格な基準が用いられました。しかし、原爆に被爆した広島の女性は政令指定都市のうち最も長寿となったのに対し、原発事故の後、チェルノブイリでは平均寿命が大きく下がりました。
広島は、被爆者手帳などによる手厚い医療の力が、放射線被ばくによるマイナスを上回った形ですが、チェルノブイリでは、広島では実施しなかった大規模な避難が逆効果になったと考えられています。
ロシア政府も、今年発刊したチェルノブイリに関する報告書の中で次のように避難生活の影響を記しています。
「チェルノブイリ原発事故が及ぼした社会的、経済的、精神的な影響を何倍も大きくさせてしまったのは、汚染区域を必要以上に厳格に規定した法律によるところが大きい」
「精神的ストレス、慣れ親しんだ生活様式の破壊、経済活動の制限といった事故に伴う副次的な影響のほうが、放射線被ばくよりはるかに大きな損害をもたらしたことが明らかになった」
チェルノブイリでは、牛乳などの食品の規制が遅れ、小児の甲状腺がんが増えましたが、それ以外のがんの増加は今のところ確認されていません。一方、避難民を中心に、ウクライナ、ベラルーシの平均寿命は、原発事故後に約7年も短くなりました。ロシアの政府報告書はこう結んでいます。
「チェルノブイリ原発事故の主な教訓の一つは、社会的・精神的要因の重要性が十分に評価されていなかったことである」
つまり、一般に考えられている以上に、生活環境の変化は健康に大きな影響を与えるのです。不自由な避難生活を余儀なくされている人々を思うと胸が痛みます。
もちろん、被ばくも避難も、いずれも原発事故が原因です。東京電力と政府の責任は重大です。住民と避難民の双方に十分な補償がなされるべきであることは論をまちません。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:19 水銀とセシウムの違い
福島県内などで放射線についての講演をするとき、必ず聴衆に尋ねる質問があります。「内部被ばくと外部被ばくは、どちらが怖いですか?」。いつも圧倒的に内部被ばくの方に手が挙がります。
よく話を聞くと、食品による内部被ばくは、「水俣病」を連想させるところがあるようです。水俣病は、チッソ水俣工場からの有機水銀が食物連鎖によって濃縮されたことが原因です。高濃度に汚染された魚を食べた住民の脳組織に「脂溶性」の有機水銀が沈着し、神経障害を多発させました。
一方、放射性セシウムによる内部被ばくでは、こうした「生物濃縮」は起きません。セシウムは、カリウムに近い「アルカリ金属」と呼ばれる物質です。体内に取り込まれると、カリウムと同じように全身の細胞へほぼ均等に分布します。このことは、福島県内で野生化し、安楽死となった牛の分析でも確認されています。
セシウムはカリウムと同様、尿として排せつされていきますから、乳児で9日、大人でも約3カ月で体内の量は半分になります。セシウム137の半減期は約30年なので、体外に出たセシウムは地球のどこかに存在することになりますが、有機水銀と異なり、身体に蓄積していくことはありません。
今回の原発事故によるセシウムの内部被ばくの量も、わずかであることが分かってきました。厚生労働省の7月の試算では、食品中の放射性物質による内部被ばくは、子どもであっても、事故後1年間で0・1ミリシーベルト程度であると見積もられました。
京都大などのグループが、原発周辺の住民の内部被ばく量を調べた最近の調査結果でも、最大で0・16ミリシーベルトと見積もられ、厚労省の試算が裏付けられています。
さらに、神奈川県横須賀市などでは、学校の給食を丸ごとミキサーにかけてセシウムの放射能を測定していますが、内部被ばく量は年3マイクロシーベルト程度でした。これは、天然の放射性カリウムを多く含んでいるバナナ約30本分に相当します。
食べ物に含まれる放射性カリウムによって、私たちは年0・2ミリシーベルト程度の「自然被ばく」を受けています。しかし、放射性カリウムが多くても、果物・野菜は逆にがんを防ぎます。内部被ばくを正しく理解することが必要です。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:20 DNA傷つけるラドン
地表の下に広く存在して、大陸を支える岩石の大半は、御影(みかげ)石とも呼ばれる「花こう岩」です。花こう岩は、ウランやトリウムなどの放射性物質を多く含みます。岐阜県や山口県で「自然放射線」が高いのは、花こう岩が大量にあるうえ、岩盤が露出している山岳地帯が多いためです。
日本の場合、花こう岩など大地から発生するガンマ線で年0・4ミリシーベルト程度の外部被ばくを受けています。さらに、この花こう岩からは「ラドンガス」が発生します。秋田県の玉川温泉などの「ラドン温泉」は、がん患者の皆さんにも有名ですが、温泉地や鉱山では空気中のラドン濃度が高くなっています。
天然の放射性物質であるラドンガスは、ウランがラジウム、ラドンへと「崩壊」するときに発生します。このガスを吸い込むことによって、日本では年平均0・4ミリシーベルト程度の内部被ばくが起こっています。
鉱山労働者に肺がんが多いことは以前から知られていました。体内に吸い込まれたラドンが、肺の細胞のDNAを傷つけ、肺がんの原因となると考えられます。肺がんは、年間死亡数約7万人と、日本人のがん死亡のトップです。肺がんの最大の原因は喫煙ですが、原因の第2位は、このラドンガスなのです。世界保健機関(WHO)によると、肺がんの原因の3~14%が、空気中のラドンの吸入による被ばくと言われます。たばこを吸わない人にとっては、ラドンが肺がんの原因のトップになります。
たばこの煙には、ベンゾピレンなどの発がん物質のほかに、ラドン由来の放射性物質が含まれます。ラドンが崩壊してできる「ポロニウム」など大気中の放射性物質が葉タバコに付着するため、たばこを吸うと被ばくするのです。この放射性ポロニウムは、元ロシア連邦保安庁(FSB)のリトビネンコ氏の暗殺にも使われましたが、1日にたばこを1~2箱吸うことで年0・2~0・4ミリシーベルトの被ばくを受けます。
自然被ばくの原因となっている花こう岩ですが、その形成には水が必要です。このため、地球以外の惑星にはほとんど存在しない岩石です。私たちが自然被ばくを受けるのは、「水の惑星」の住人だからなのです。
This entry was posted on 月曜日, 1月 2nd, 2012 at 15:10:01 and is filed under 記事, 震災201103111446. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.
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