人間としての尊厳

女の気持ち 忘れぬ言葉 

毎日新聞2016年2月16日 

 どうしても忘れられない言葉がある。

 3年前に92歳で亡くなった母の、担当医の言葉である。

 2012年10月、母は「胆管がんの疑いがある」と言われ、さらに「高齢のため、精密検査はできない」と言われた。

 医師は明らかに高齢の患者への医療処置はしたくない、というふうだった。

 やっかいな患者は早く退院させたいふうでもあった。

 この若い医師には、年寄りの命はそれほど重いものとは思えなかったのであろう。

 あるいは、もっと若い患者に情熱を注ぎたかったのかもしれない。

 人間には寿命がある。

 だから家族は延命治療を望まない。

 望むのはただ、苦しみやけだるさを軽減してあげたい、それだけである。

 医師が病室に入って来た時、家族は、このけだるさについて尋ねた。

 すると医師は、いきなり言った。

 「この人はいつ死んでもおかしくないのです」

 医師の目の前には、患者である母が、ベッドに横になっていたのに。

 高齢の患者には人間としての尊厳は無用である、と言わんばかりの口調であった。

 母はこの医師にとってはもはや人間ではなかった。

 このような医師がこれからますます増えるのか。

 背筋が寒くなってきた。

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