女の気持ち 緩和ケア病棟にて
毎日新聞2016年3月27日
「ご主人は?」
医師が突然尋ねた。入院前の緩和ケア外来でのこと。家族構成を聞いているのに夫の話が出ないので、疑問だったのだろう。
「捨てられました」
笑いながら答えると「深刻な話なのでまたの機会に」と慌てた様子だった。
37年前、夫は私と2人の子どもを捨て、若い女に走った。今ではバツイチなどと普通に言うが、当時は人生の落後者のように思われていた。
昼間は美容学校に通い、近くのファミレスで夜中2時まで働いた。若い学友の勧めで給食のおばちゃんの試験を受けて見事合格。男運は悪かったが、それ以外はラッキーだった。
定年前に肺がんと分かり、ステージ3bで抗がん剤しかないという治療を拒み、病院から逃げ出した。
あちこち転移しているが、宣告された余命の倍以上生きた。
最近息子が「あんたひとりでよう頑張ったね」と言った。不器用な私を母親に成長させてくれたのは子どもたちだ。
人はそれぞれ課題を持って生まれてくるという。病気もその一つで、生き方を見直す時間を与えられていると思う。私と寄り添う家族に感謝し、友達にも感謝。頑張っている内臓の一つ一つにもありがとう。
緩和ケアのおかげで食べられるようになった。無理せずゆっくり残された時間を過ごそう。
<ご本人は3月6日に旅立たれました。その直前に病院から投稿された絶筆をご遺族の了解のうえで掲載しました>毎日新聞より
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