記者の目 ユーチューバーデビュー 記者の体験に読者は興味 宮原健太(政治部)
毎日新聞2020年5月15日
私は2019年11月、動画を投稿するユーチューバーとして「デビュー」した。「ブンヤ健太の記者倶楽部」というチャンネルで20本以上の動画を制作し、今までにない記者としての情報発信の方法を模索している。見えてきたのは、記者の現場「体験」こそがネットユーザーの興味を引きつける一番の武器ということだった。
反響大きかった「ぶら下がり」
最も反響があったのは、11月24日に投稿した2本目の動画だ。テーマは「桜を見る会 そのとき官邸では…」。1日で1000回以上、2週間で約8200回も再生された。
「明細書はあるのか」
「そうしたものはない」
首相主催の桜を見る会の前夜祭について、私が首相官邸でのぶら下がり取材で問いただすと、安倍晋三首相は明言した。やりとりした実際の音声を盛り込みながら、「(前夜祭の料金を首相側が)補塡(ほてん)していない証拠がない。本当に?」と、説明のおかしさを視聴者に訴えた。
デビュー当時、私は政治部で総理番として首相の日々の動きを取材していた。国会での一問一答の集中審議を首相が避ける状況が続いたので、私は他社の総理番記者と共に、官邸を出入りする首相に質問を毎日繰り返した。首相は右手を上げるだけで足を止めることは少なかったが、数回だけ応じたことがあったのが動画の場面だ。
ユーチューバーになろうと考えた背景には、デジタル化と新聞離れの現状がある。日本新聞協会によると各年10月の新聞の発行部数(朝夕刊セット)は2009年約5035万部▽14年約4536万部▽19年約3781万部――と年を経るごとに減っている。
こうした中、新聞社も紙の新聞発行だけでなく、ネットニュースを配信して有料会員を獲得することで利益を上げようとしている。私も自分の記事をネットで読んでもらおうと、記者としてツイッターで宣伝に励んできた。
一方で通常の「硬い」新聞記事は、ネットで拡散させるのは難しいとも感じた。例えば19年参院選の際、比例代表で日本維新の会、共産、社民各党の情勢を分析する記事を書いた。維新が北海道が地盤の鈴木宗男氏ら大阪以外の地域政党と組み全国へ足場を広げる戦術など、興味深い内容になった自負もあったが、ツイッターの反応は少なかった。
逆に大きな反響があったのは、小泉進次郎衆院議員とフリーアナウンサーの滝川クリステル氏の結婚報告だ。8月7日に前触れなく官邸に来て首相らに報告した両氏を急きょ取材し、その様子や官邸での取材のあり方をツイートすると6000件以上のリツイート(拡散)があった。
話題性もあるが、読者が入ることができない官邸での取材過程を、私の「体験」を踏まえて説明したことも影響したと思う。ネットでは官邸での結婚発表に「政治利用」と批判もあったが、官邸で小泉氏らが「記者会見」を開いたのではなく、「官邸を出た政治家に記者が自主的に声をかけているため、批判は難しい」と私がツイートすると賛否両論が相次いだ。「炎上」と紙一重だったが、ネットで注目を集めた。
この経験を生かし、記事をネットで拡散させられないか。考えを重ね思いついたのは、私自身に興味を持ってもらうことだった。「インフルエンサー」という言葉のように、ネットの世界では個人として影響力を持つ人が多数いる。その一人になることができれば、有料でも記事を読んでくれるファンができるのではと考えた。そこで、個人を思い切り前面に出す動画での情報発信をすることにした。
ニュースよりも生の声に関心
ただし、桜を見る会の動画以降、同様の反響が続いたわけではない。北朝鮮のミサイル発射や憲法改正、施政方針演説を解説する動画は、数カ月たっても再生回数が1000回に満たない。単なる解説動画には私の体験が入っておらず、他の人が代わりにやっても成り立つ内容だった。
多くの人は、ニュースそのものよりも、現場で取材をした私の生の声に関心を示したのではないか。見えてきたのは、記者としての「体験」を入れられるかが、再生回数を左右することだった。桜を見る会の動画は、私が質問を投げかけ、首相が答えた音声も入れて臨場感を出し、現場の経験を踏まえて解説をしたのが好評だったようだ。
ニュースの最前線で記者がどう試行錯誤し、汗を流しているのか。取材過程のドラマを多くの人が求めている。そして体験に基づく自分の発信ができるかどうか。今後の新聞の可能性を、一人一人の記者が問われているのかもしれない。
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