不思議な印紙税 紙だけ課税対象、オンラインはかからない

毎日新聞 20201006

領収書や住宅ローンなどの契約書に貼られている収入印紙。「印紙税」という国の税金を支払った証拠だが、課税対象になるのは紙の契約書だけで、オンラインでの契約の場合は課税されない不思議な税金だ。もはや時代遅れの税金だが、その存在がむしろ預金通帳のデジタル化に向け、銀行の背中を押している。

「銀行の電子契約サービスがおすすめです。24時間365日自宅で契約できて、2万円分の印紙税も節約できますよ」。9月上旬、東京都内の不動産会社に勤める宅地建物取引士の男性(29)は、住宅ローンの手続きを説明しながら、借り手の女性にこう勧めた。女性は「紙かウェブかの違いだけで安くなるなんて。契約内容は全く同じなのに、なぜ?」と驚き、電子契約を選んだ。

住宅ローンのような契約書や不動産の譲渡契約書、領収書など、印紙税法に定められた20種類の文書を作成した場合に必要になるのが印紙税だ。契約や文書の種類、金額によって納税額は異なるが収入印紙を貼り付ける形で国に納税しなければならない。会社の定款や合併契約書なら4万円、預金口座や保険証券は200円と定額のものもある。

正確な税収不明

印紙税は1624年にオランダで誕生したといわれる。スペインとの独立戦争で財政が窮乏し、税収を確保するために編み出された。日本では1873(明治6)年に導入。現在の制度は1967年施行の印紙税法で定められた。契約が存在するところには何らかの利益が生じるはずで、税金を支払える余力「担税力」があるとみなしたためだ。

ところが、あくまでも課税対象は紙の文書だ。電子契約の登場を想定しておらず、時代に合わせた改正も行われなかったことから、メールやオンラインで完結する契約書は課税されない。また、納税方法が単純で税理士が関与する必要がないため、税理士試験の科目に含まれず、学術研究もほとんど行われてこなかった。税収も正確な金額は分からない。パスポートや情報公開請求などの手数料も、印紙税と同じ収入印紙で国に支払われており、財務省が印紙税と手数料収入をごっちゃに集計しているのが理由だ。

デジタル後押し
そんな異色の税金が、預金通帳のデジタル化を後押しする結果になっている。みずほ銀行が今年8月、来年1月18日以降に新規口座を開設した顧客が紙の預金通帳の発行を希望した場合に1100円の手数料を取ると発表して話題になった。三菱UFJ銀行も、デジタル通帳に切り替えると1000円を提供するキャンペーンを行った。紙の通帳は印刷代に加え、1口座につき年200円の印紙税がかかり、数千万の顧客を抱える大手行では、印紙税だけで年間数十億円に上る。日銀の低金利政策で収益環境が悪化する中では無視できない出費だ。

印紙税には、もう一つの不思議がある。同じ紙の通帳でも、信用金庫や農業協同組合などが発行する場合は非課税。銀行関係者は「なぜ銀行だけ印紙税を負担しなければならないのか。課税の公平性が保たれていない」と批判する。

印紙税は、国にとっては貴重な財源だが、新型コロナウイルス感染症の流行で電子契約の増加が見込まれる中、今後の減収は必至だ。あいわ税理士法人の田口浩志税理士は「多くの矛盾を抱え、取引実態の変化にも対応できていない印紙税の見直しを巡る議論が期待される」と指摘する。財務省幹部も「かねて問題が指摘されてきた税であり、現代に即さない面が多い」とするものの、「優先的に抜本改革に取り組む状況にない」として見直しには後ろ向きだ。

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