Dr.中川のがんの時代を暮らす

Dr.中川のがんの時代を暮らすは、毎日新聞日曜日に連載中です。

2週間分毎に転載させていただいています。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:11 積算放射線量を測る
 
 「毎時1マイクロシーベルトの公園に、1年間ずっといたらおよそ9ミリシーベルトの被ばくになる」という計算が紹介されることがありますが、現実にはあり得ない想定です。そもそも、外部被ばくの量は、数メートル離れるだけで大きく違ってきます。風に乗って運ばれた放射性セシウムは、雨に溶けて土などに吸着していますから、空間放射線は、風向きや雨といった天候や、地形、地表の性質などによって大きく異なるからです。

 東京電力福島第1原発の事故によって放出された放射性物質は、3月15日と22日の風に乗って、首都圏まで達しました。15日の方が運ばれたセシウムの量は多かったのですが、幸いにも雨が降らなかったため、「素通り」になりました。一方、22日は雨が降り、セシウムが地表に沈着することになってしまったのです。

 線量が局所的に高い地点は「ホットスポット」と呼ばれます。ホットスポットは、福島第1原発から放出されたセシウムを乗せた風が流れ込んだときに雨が強く降った場所、とりわけ公園など土の多い場所にあたります。

 屋外と比べ、屋内での被ばくはぐっと少なくなります。木造家屋でも、屋外の4割程度、マンションなどの鉄筋コンクリートの建物の中では、2割以下になります。結局、個人が受ける外部被ばく量は、「線量計」を携帯して測らなければ分からないことになります。

 この個人の被ばく線量の測定に便利なのが「ガラスバッジ」です。特殊なガラスに放射線があたると、化学反応が起きて積算量が「記憶」される性質を利用したもので、病院などでも利用されています。ガラスを入れた小さなケースを常時身につけて、被ばく量を測定します。

 このガラスバッジによる測定結果が、明らかになってきています。福島県川俣町の約2500人の7~9月の3カ月の積算放射線量は、最大で約1ミリシーベルトと報じられています。同県伊達市の約8400人の8月、1カ月間の計測の結果からも、年間の被ばく量は最大でも5ミリシーベルト程度にとどまることが分かりました。

 年間5ミリシーベルトは、住民の平時の「被ばく限度」である1ミリシーベルトを超えますが、これによってがんの発症が増えるレベルではありません。

 

Dr.中川のがんの時代を暮らす:12 ジョブズ氏を悼む
 

米アップル社の共同創業者で前最高経営責任者のスティーブ・ジョブズ氏が、今月5日、膵臓(すいぞう)がんのため、56歳の若さで亡くなりました。私は「パソコン依存症」ですが、同社のマッキントッシュ(Mac)以外のマシンを使ったことがありません。4年前にはシリコンバレーの本社を訪問したほど、アップルをこよなく愛してきましたので、予想はしていたものの、ジョブズ氏の死は大変ショックでした。

 1980年代に社内抗争によってジョブズ氏が追放されると、アップル社は業績が悪化し倒産の危機に直面しましたが、彼の復帰後は、その強烈なカリスマ性によってiPodやiPhoneなど、時代を先取りする商品を矢継ぎ早に世に送り出し、今年8月、ついに株式の時価総額が世界一となりました。

 ジョブズ氏は、亡くなる前日まで、仕事をしていたようです。その精神力と使命感に驚くとともに、がんが実は「ピンピンコロリ」型の病気だということを実感させられます。このことは、胆のうがんで亡くなった、プロ野球元日本ハム監督の「親分」こと大沢啓二さんが、亡くなる2週間ほど前まで、テレビに出演していたことでも分かることです。

 膵臓がんは、手ごわいがんの代名詞です。完治する人はまれで、生存期間も平均で1年程度です。ところが、ジョブズ氏の場合、最初の手術から亡くなるまで7年が経過しています。大富豪ゆえに特別な治療が施された、というわけではないと思います。

 実は、ジョブズ氏の膵臓がんは「膵内分泌腫瘍」で、一般的な膵臓がんとタイプが違います。これは、膵臓の中で、インスリンなどのホルモンの内分泌をつかさどる細胞が「がん化」した腫瘍です。膵内分泌腫瘍は、膵臓がん全体の2%程度と非常に珍しいものですが、治癒率は普通の膵がんと比べると格段に高く、早期で手術すれば、ほぼ完治します。

 しかし、ジョブズ氏の場合、診断後も食事療法などの代替療法を続け、手術が9カ月も遅れてしまいました。本人も後悔していたと報じられていますが、天才経営者の「判断ミス」が、ITの歴史を変えてしまわないように祈ります(合掌)。

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