困ったときは人に迷惑をかけてもいいんだよ

東京の義兄 女の気持ち・匿名

毎日新聞 20210210

最後の所持金はたったの1905円だった。東京で1人暮らしをしていた義兄が亡くなった。39歳。残されたメモには「コロナ感染の疑いあり」の一文とともに実家の連絡先が記されていた。

義兄は中卒でとび職人だった。2020年の東京五輪を控え、建設ラッシュだったころは羽振りもよく、数年前、夫にかけてきた電話では「お前も東京へ来いよ。日当いいぞ」などと話していた。

そして今年。義兄は失業していたようだ。保険証もなく、病院に行くこともできなかったのだろう。発見されたとき、死後1週間ほど経過していた。自死であった。検視でのPCR検査の結果は陰性。肺炎だったそうだ。

「自殺者数」という数字の裏側に、一人一人の人生がある。部屋で1人で思い詰めた義兄の心中を思うと、胸がふさがる。義兄の、日に焼けた顔と豪快な笑い声を思い出す。なぜ、電話を1本かけてくれなかったのだろう。義兄の死からずっと、夫と私はそればかり考えている。

これを読んでいるすべての人に伝えたい。コロナにかかることも失業も、自己責任なんかじゃない、と。そして「困ったときは人に迷惑をかけてもいいんだよ」と。人に迷惑をかけずに生きられる人など、いないのだから。

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