【伝統芸能】
<新かぶき彩時記>「一本刀土俵入」のお蔦 おわら節で故郷しのぶ
東京新聞 2017年10月6日
故郷の唄が過去と未来をつなぐ-。民謡が重要な役割を果たすのが「一本刀土俵入(いっぽんがたなどひょういり)」。長谷川伸作の新歌舞伎です。
主人公は力士の卵・駒形茂兵衛。取手(茨城県)の宿で、親方に見放され一文無しでさまよっているところを、宿の二階から見ていた酌婦のお蔦(つた)に声をかけられます。櫛(くし)かんざしと巾着をめぐまれた茂兵衛は十年後、渡世人となって再び取手を訪れ、お蔦に再会してその危機を救います。
互いに日陰者同士の男女の情愛が見どころ。やさぐれたお蔦ですが、茂兵衛の身の上話を聞き、励ましているうちに「どうせまともに生きちゃいない」自分の母親のことを思い出します。後ろ向きとなり、三味線で口ずさむのが越中八尾(やつお)(富山県)のおわら節。遠く離れた故郷を想(おも)う、ものがなしい唄声が印象的です。それを聞きながら「きっと横綱になる」と約束して去って行く茂兵衛。十年後、お蔦を探し出すきっかけとなったのが、お蔦の娘が家の中で唄っていたおわら節でした。
お蔦のモデルは幼少期に母と生別した作者が、少年時代に奉公した店で親切にされた遊女屋の女性。縁あって八尾とおわら節を愛した作者は、お蔦を八尾生まれとし、今も当地には本作にまつわる碑が立ちます。