茨城新聞日曜版テイストより

1月 11th, 2012

コーヒーファクトリーたつデザインカプチーノ

流石です コーヒーファクトリーのデザインカプチーノ

作ったのは、バリスタの古橋見洋さん

時間帯にっては目の前で作ってくれることもあります。

たつのバリエーションや鏡餅デザインで正月気分満喫できそう

弟子入りしたい(笑)

茨城新聞日曜版テイスト1月8日

気仙沼市の海岸では、津波によって枝の一部が流された松の木が、

ことしのえとの「辰(たつ)」のように見えると話題になっています NHK ブログにULされた画像

Mareマレアのペスカトーレが食べてみたい

1月 11th, 2012

More

ちょっと美味しいイタリアンみーっけ

Mareマレア

ペンネのゆで加減、程よい辛さのアラビアータ、ゴルゴンゾーラ・・・

ソース ドレッシング ドルチェ全て手作りです

誕生日用にホールケーキも用意してくれます

柏市内マレア本店とサンサン通り店があります

SAFETY ZONE付きハエたたき

1月 11th, 2012

蠅たたき

ユニークな蠅たたきですね~

取手アートプロジェクト実行委員会が総務大臣賞受賞

1月 10th, 2012
地域づくり各種支援施策
地域の個性豊かな発想を活かし、住民をはじめとして様々な主体が取り組む魅力あふれる地域づくりを積極的に推進し、顕著な功績のあった市区町村及び地域づくり団体に対して総務大臣表彰を行っています

湊鉄道応援団と取手アートプロジェクトに地域づくり大臣表彰 ~茨城新聞20120111~

魅力ある地域づくりに功績のあった自治体や団体を表彰する総務省の地域づくり総務大臣表彰の受賞者が10日までに決まり、県内の「おらが湊鉄道応援団」(ひたちなか市、佐藤彦三郎団長)と「取手アートプロジェクト」(取手市、池田政治実行委員長)が団体表彰に選ばれた。表彰式が2月4日、仙台市の仙台国際センターで開かれる。

「おらが-」は、民間主体の会員約2200人が鉄道の利用促進ほか、鉄道を生かしたまちづくりの活動を積極的に推進。「取手アート-」は、地域の幅広い住民の参加を得ながら、団地の入居率が増えるなど、具体的な地域活性化の成果が見られたことなどが評価された。

同大臣表彰は、団体と地方自治体、個人の各表彰に分かれ、本年度は37個人・団体が受賞。このうち団体表彰は21団体だった。

県内の受賞は2010年度の桜川市(歴史的街並みの保全など)、08年度の大子町(2地域居住による交流拡大など)で、団体表彰は07年度のNPO法人遊楽(常陸太田市)以来となる。

総務省地域づくり各種支援施策

地域の個性豊かな発想を活かし、住民をはじめとして様々な主体が取り組む魅力あふれる地域づくりを積極的に推進し、顕著な功績のあった市区町村及び地域づくり団体に対して総務大臣表彰を行っています。

今年の表彰

平成23年度地域づくり総務大臣表彰  受賞者一覧(敬称略)

< 大     賞 >

宮城県南三陸町

< 優  秀  賞 >

岩手県遠野市

久慈 浩介【岩手県二戸市】

金城笑子【沖縄県大宜味村】

計 1団体、2名

< 団 体 表 彰 >

特定非営利活動法人 ねおす【北海道札幌市】

八戸せんべい汁研究所【青森県八戸市】

特定非営利活動法人 遠野まごころネット【岩手県遠野市】

特定非営利活動法人 せんだい・みやぎNPOセンター【宮城県仙台市】

特定非営利活動法人 石巻スポーツ振興サポートセンター【宮城県石巻市】

特定非営利活動法人 フェアトレード東北【宮城県石巻市】

いきいき深山(み や ま郷)づくり推進協議会【山形県白鷹町】

逢瀬ゆめくらぶ【福島県郡山市】

浪江焼麺太国【福島県浪江町】

おらが湊鐵応援団【茨城県ひたちなか市】

取手アートプロジェクト実行委員会【茨城県取手市】

八王子センター元気【東京都八王子市】

十日町市地域おこし実行委員会【新潟県十日町市】

全日本大学女子野球選手権大会魚津市実行委員会【富山県魚津市】

菜の花エコネットワーク【愛知県田原市】

被災地NGO恊働センター【兵庫県神戸市】

特定非営利活動法人 豊かな食の島 岩城【愛媛県上島町】

株式会社 赤岡青果市場【高知県香南市】

到津森公園市民ボランティア森の仲間たち【福岡県北九州市】

財光寺農業小学校【宮崎県日向市】

宮古織物事業協同組合【沖縄県宮古島市】

県内

おらが湊鐵(てつどう)応援団【茨城県ひたちなか市】

取手市の 取手アートプロジェクト実行委員会【茨城県取手市】

TAPさま おめでとうございます。

表彰式は、2月4日仙台市の仙台国際センターで行われます

北極海の氷が消滅したら・・・

1月 9th, 2012

石原慎太郎さんのエッセイから ~産経新聞 日本よ 20120109~

昔々一休和尚は、正月には杖の柄の先に骸骨を載せて辻説法をし、「正月は冥土への道の一里塚」と説いたそうだが、年の明けた今昨年暮れのある出来事を思い返すと新年早々縁起でもない話だが、やはりこの地球は間もなく滅びるような気がする。昨年十二月のダーバンでのCO2に関する世界会議の体たらくはどういうことなのか。会議を延長して得られた合意とは、重病の病人に手当てをしないことへの合意としかいいようない。
地球温暖化の元凶であるCO2の多量排出国であるアメリカ、シナ、インドの三国がごねた末のごね得の所産以外の何ものでもありはしない。彼らが納得するための案を今後四年かかって二〇一五年に作成し、それをさらにその五年先に稼働させるという決定が何の足しにもなりはしないことは自明であって、その間、これから九年の間温暖化は加速されて進み、異常気象は最早異常なものではなしに正常なものとなっていく、いや既になっている。
昨年日本やタイを襲った豪雨禍やアメリカ東部の豪雪など枚挙に暇のない自然災害は、想定外のものではなしに至極当然のことでしかない。世界中の氷は溶け続け、NASAのハンセン教授の予測通り北極海の氷も後十年わずかで消滅するだろう。
それによって大洋は水かさを増し続け、増えた水は地球の自転の遠心力で赤道付近に集まり、ツバルのような砂州国家は水没し、他の島々も海水で浸食され海浜の破壊は続けられる。増えた水は当然その分だけ以前に増して蒸発して陸地に注がれ、従来に増した降雨降雪となって災害をもたらすというごくごく当たり前の循環の変化でしかありはしない。
そして、今まで何度となく引用してきた、私が四十年前東京での講演で聞いた天才宇宙学者ホーキングの予言、「地球のように文明の進んだ惑星は宿命として自然の循環が狂い、この地球もまた宇宙時間からすれば瞬間的に、地球時間からすればおよそ百年ほどでその生命体は消滅するだろう」という言葉が恐ろしい余韻で思いおこされる。
福田和也氏の名論文『なぜ日本人はかくも幼稚になったのか』の中の至言として「幼稚な人間とはIQが低いとか常識がないということではなしに、何が肝心かが分からぬ、そして肝心なことについて考えようとしない者だ」とあったが、自らの存在の基盤であるこの地球という天体が、宇宙原理のもたらす氷河期などという巨きなサイクルなどとは関わりなしに、人間自身がもたらした文明の進展の結果損なわれ、自らの、あるいは子孫の生命が損なわれようとしているのに、それを左右する最も肝心なことについて、さまざまな利害損得にかまけて考えようとしないのはまさに恐るべき幼稚さとしかいいようない。
その生命の存在をも否定しかねない幼稚さの所以とは、文明が育んだ人間たちの我欲に他ならない。世界が物理的時間的に狭小となり、情報を氾濫させる文明の中で、周囲を相対的に意識することで人間や国家の我欲は増幅され抑制が効かなくなる。それは人間の発想を狭めて目先の利益を求め大局の把握を阻害してしまい、昨年末のあのダーバンの国際会議での虚ろな結論をもたらすことにもなる。
COP会議に限らず、先進国の最高首脳が集うサミットでも、この地球をいかに救うか、あるいは見捨てるのかという問題が真剣に討論されたことなどありはしない。過去三年間、サミットの後各国のスポークスマンは口を濁しながら、それでも半歩は前進したと口を揃えて唱えてきた。三年かかって一歩半という進展?が、刻一刻進んでいる温暖化による地球の毀損を防ぎ得ないのは自明のことなのに。
過去の歴史を振り返れば、人間の欲望はさまざまな創意によって文明の進歩をもたらし先進国には豊穣な生活を育みはした。その収穫の平均化を、かつては収奪に晒されてきた途上国が求めるのは当然だろうし、それは新しい歴史のうねりとして許容されるべきだろうが、然し実は我々の生命的存在がこの今、互いの間である譲歩がなされなければ、国家の我欲の相剋の中で時間は空費され我々の生命的存在はツバルの海岸線を浸食している海水のように蝕まれ、予想よりも早い終末を迎えることになりかねまい。
昔読んだ外国の有名な宇宙小説に、宇宙全体を管理するいくつかの惑星の生命体たちがもぬけの殻になっている地球にやってきて、この星が実は後僅かで崩壊の危険にさらされているのに気づく。慌てて脱出したその宇宙船は、航海の途中であの地球という星を脱出して他の新しい天体に移住するべく、人間以外の動物も乗せて巨大な宇宙船団を作って飛行中の人間たちに出会って祝福するという筋書きだった。やがて遠い将来のいつかいつかそんなこともあり得るのかなという子供心の関心で読んだが、この今、欲望にかまけて実は幼稚化してしまった人類にはまだとてもその能力もなければ発想もありはしない。
人間にとって、地球にとって今必要なことは、極めて悪しき「肝心なこと」が我々の身近で刻一刻進みつつあるということを真摯に見つめて向かい合うことでしかありはしまい。

昔々一休和尚は、正月には杖の柄の先に骸骨を載せて辻説法をし、「正月は冥土への道の一里塚」と説いたそうだが、年の明けた今昨年暮れのある出来事を思い返すと新年早々縁起でもない話だが、やはりこの地球は間もなく滅びるような気がする。昨年十二月のダーバンでのCO2に関する世界会議の体たらくはどういうことなのか。会議を延長して得られた合意とは、重病の病人に手当てをしないことへの合意としかいいようない。

地球温暖化の元凶であるCO2の多量排出国であるアメリカ、シナ、インドの三国がごねた末のごね得の所産以外の何ものでもありはしない。彼らが納得するための案を今後四年かかって二〇一五年に作成し、それをさらにその五年先に稼働させるという決定が何の足しにもなりはしないことは自明であって、その間、これから九年の間温暖化は加速されて進み、異常気象は最早異常なものではなしに正常なものとなっていく、いや既になっている。

昨年日本やタイを襲った豪雨禍やアメリカ東部の豪雪など枚挙に暇のない自然災害は、想定外のものではなしに至極当然のことでしかない。世界中の氷は溶け続け、NASAのハンセン教授の予測通り北極海の氷も後十年わずかで消滅するだろう。


それによって大洋は水かさを増し続け、増えた水は地球の自転の遠心力で赤道付近に集まり、ツバルのような砂州国家は水没し、他の島々も海水で浸食され海浜の破壊は続けられる。増えた水は当然その分だけ以前に増して蒸発して陸地に注がれ、従来に増した降雨降雪となって災害をもたらすというごくごく当たり前の循環の変化でしかありはしない。

そして、今まで何度となく引用してきた、私が四十年前東京での講演で聞いた天才宇宙学者ホーキングの予言、「地球のように文明の進んだ惑星は宿命として自然の循環が狂い、この地球もまた宇宙時間からすれば瞬間的に、地球時間からすればおよそ百年ほどでその生命体は消滅するだろう」という言葉が恐ろしい余韻で思いおこされる。

福田和也氏の名論文『なぜ日本人はかくも幼稚になったのか』の中の至言として「幼稚な人間とはIQが低いとか常識がないということではなしに、何が肝心かが分からぬ、そして肝心なことについて考えようとしない者だ」とあったが、自らの存在の基盤であるこの地球という天体が、宇宙原理のもたらす氷河期などという巨きなサイクルなどとは関わりなしに、人間自身がもたらした文明の進展の結果損なわれ、自らの、あるいは子孫の生命が損なわれようとしているのに、それを左右する最も肝心なことについて、さまざまな利害損得にかまけて考えようとしないのはまさに恐るべき幼稚さとしかいいようない。

その生命の存在をも否定しかねない幼稚さの所以とは、文明が育んだ人間たちの我欲に他ならない。世界が物理的時間的に狭小となり、情報を氾濫させる文明の中で、周囲を相対的に意識することで人間や国家の我欲は増幅され抑制が効かなくなる。それは人間の発想を狭めて目先の利益を求め大局の把握を阻害してしまい、昨年末のあのダーバンの国際会議での虚ろな結論をもたらすことにもなる。

COP会議に限らず、先進国の最高首脳が集うサミットでも、この地球をいかに救うか、あるいは見捨てるのかという問題が真剣に討論されたことなどありはしない。過去三年間、サミットの後各国のスポークスマンは口を濁しながら、それでも半歩は前進したと口を揃えて唱えてきた。三年かかって一歩半という進展?が、刻一刻進んでいる温暖化による地球の毀損を防ぎ得ないのは自明のことなのに。

過去の歴史を振り返れば、人間の欲望はさまざまな創意によって文明の進歩をもたらし先進国には豊穣な生活を育みはした。その収穫の平均化を、かつては収奪に晒されてきた途上国が求めるのは当然だろうし、それは新しい歴史のうねりとして許容されるべきだろうが、然し実は我々の生命的存在がこの今、互いの間である譲歩がなされなければ、国家の我欲の相剋の中で時間は空費され我々の生命的存在はツバルの海岸線を浸食している海水のように蝕まれ、予想よりも早い終末を迎えることになりかねまい。

昔読んだ外国の有名な宇宙小説に、宇宙全体を管理するいくつかの惑星の生命体たちがもぬけの殻になっている地球にやってきて、この星が実は後僅かで崩壊の危険にさらされているのに気づく。慌てて脱出したその宇宙船は、航海の途中であの地球という星を脱出して他の新しい天体に移住するべく、人間以外の動物も乗せて巨大な宇宙船団を作って飛行中の人間たちに出会って祝福するという筋書きだった。やがて遠い将来のいつかいつかそんなこともあり得るのかなという子供心の関心で読んだが、この今、欲望にかまけて実は幼稚化してしまった人類にはまだとてもその能力もなければ発想もありはしない。

人間にとって、地球にとって今必要なことは、極めて悪しき「肝心なこと」が我々の身近で刻一刻進みつつあるということを真摯に見つめて向かい合うことでしかありはしまい。

取手市内ミニコンサート

1月 9th, 2012

サロンコンサート イン トガシラ

本日 マタニティーハウス戸頭で チャリティーライブ50が行われました

サロンコンサート友の会 代表 : 斉藤静雄
茨城県取手市戸頭4-7-26(戸頭医院内)

戸頭医院の斉藤静雄が企画しています

子育てだけでなく「ゆとり」は必要です

サロンコンサート友の会   茨城県取手市戸頭4-7-26(戸頭医院内)0297-78-3181

2009年2月18日に行われたコンサートの様子

OMONMA TENTでのフルートコンサート2011年12月17日

情報が少ないだけで、市内ミニコンサートは沢山あるのでしょうね

産経抄より

1月 9th, 2012
5日付の朝日新聞夕刊の1面トップ記事には驚いた。日本を代表する観光地である栃木県日光市には、毎年首都圏の多くの小学生が修学旅行に訪れる。ところが一部の市民団体が、放射線量への不安を理由に、旅行先の変更や宿の食材の産地公表を求めているという。
これに対して日光市は、下見に訪れた学校教員らに「ご要望があれば関西産の食材も使います」などと説明しているそうだ。地元でとれた野菜を食べ、子供たちを屋外で遊ばせている日光市民がこの記事を読んで、どう思うだろうか。
岩手、宮城両県のガレキの受け入れに反対している一部の団体と根っこは同じだ。こんな動きに理解を示し行政や学校が振り回されていたら、被災地の復興どころか、日本人の分断化が進むばかりではないか。暗澹(あんたん)たる気持ちを引きずったまま週末、若者たちの演説を聴いた。
今年の土光杯は予想通り、ほとんどの弁士が東日本大震災をテーマに取り上げていた。いち早く被災地に駆けつけてボランティアに参加したり、ツイッターの呼びかけで集まり被災者のために何ができるか話し合ったり、現代の若者たちのたくましさには感心させられる。
岩手大学大学院生の松田敬子さん(24)は、真心こめた「もの作り」で海外に打って出ようと訴えて、土光杯に輝いた。震災によって、自らが学ぶ福祉工学の重要性を再認識したという。ただ風評被害や将来のエネルギー問題を含めて、東京電力福島第1原発事故に正面から取り組む弁論が聴けなかったのは、残念だった。
放射線を心配する母親に止められ、被災地行きを断念した弁士がいた。その是非を突き詰めて論じていたら、小欄は最高点を付けたはずだ

~産経新聞20120109~

5日付の朝日新聞夕刊の1面トップ記事には驚いた。日本を代表する観光地である栃木県日光市には、毎年首都圏の多くの小学生が修学旅行に訪れる。ところが一部の市民団体が、放射線量への不安を理由に、旅行先の変更や宿の食材の産地公表を求めているという。

これに対して日光市は、下見に訪れた学校教員らに「ご要望があれば関西産の食材も使います」などと説明しているそうだ。地元でとれた野菜を食べ、子供たちを屋外で遊ばせている日光市民がこの記事を読んで、どう思うだろうか。

岩手、宮城両県のガレキの受け入れに反対している一部の団体と根っこは同じだ。こんな動きに理解を示し行政や学校が振り回されていたら、被災地の復興どころか、日本人の分断化が進むばかりではないか。暗澹(あんたん)たる気持ちを引きずったまま週末、若者たちの演説を聴いた。

今年の土光杯は予想通り、ほとんどの弁士が東日本大震災をテーマに取り上げていた。いち早く被災地に駆けつけてボランティアに参加したり、ツイッターの呼びかけで集まり被災者のために何ができるか話し合ったり、現代の若者たちのたくましさには感心させられる。

岩手大学大学院生の松田敬子さん(24)は、真心こめた「もの作り」で海外に打って出ようと訴えて、土光杯に輝いた。震災によって、自らが学ぶ福祉工学の重要性を再認識したという。ただ風評被害や将来のエネルギー問題を含めて、東京電力福島第1原発事故に正面から取り組む弁論が聴けなかったのは、残念だった。

放射線を心配する母親に止められ、被災地行きを断念した弁士がいた。その是非を突き詰めて論じていたら、小欄は最高点を付けたはずだ

じいちゃんばあちゃんとねじいちゃんへ

1月 9th, 2012

ひー と かー が成人しました

立派に成長しました

安心して下さいね

ひー と かー

お祝いに・・・

毎日新聞 今日の女の気持

1月 8th, 2012
おめでとう75年 東京都東大和市・近藤恵子(家事手伝い・48歳)
毎日小学生新聞の創刊75年おめでとう。
振り返れば出合いは私が幼稚園児のころ。大人の新聞を読んでいて、分からない漢字があると「この漢字何て読むの」と何度も尋ねるので、働いていた両親はうんざりして、小学生新聞に変えてくれた。4コマ漫画やいろいろな記事、投稿欄があり、毎朝届けられるのが楽しみになった。
作文を書いて投稿したところ、自分の名前が載ったのを見てうれしかったなあ。後日、掲載記念のメダルを学校経由でもらったっけ。作文だけでなく、詩や俳句も投稿し続けた。
記事に載っていた小学生に手紙を書いて文通が始まったり、私の詩が教育映画の原作の一つになり、記者が我が家に取材に来て、新聞に掲載されたこともあった。その時の記者さんとは、年賀状のやり取りが続いていて、人の縁を結んでくれたこともあった。
一人っ子の私にとって「毎小」は自分の居場所の一つだった。いろいろなことを教えてくれ、興味を持って調べる大切さを学んだ。今でも新聞で知ったことを共有したくて、学ぶ・育てる欄の記事などを友人に送っている。
小学校の頃に戻って、また新聞にいろいろ投稿してみようかな。
インターネットで調べれば、すぐに答えが分かる時代に、毎小が続いているのは素晴らしいことだと思う。これからも80歳、100歳の誕生日を迎えていってほしいと願う。

おめでとう75年 ~毎日新聞20120107~

毎日小学生新聞の創刊75年おめでとう。

振り返れば出合いは私が幼稚園児のころ。大人の新聞を読んでいて、分からない漢字があると「この漢字何て読むの」と何度も尋ねるので、働いていた両親はうんざりして、小学生新聞に変えてくれた。4コマ漫画やいろいろな記事、投稿欄があり、毎朝届けられるのが楽しみになった。

作文を書いて投稿したところ、自分の名前が載ったのを見てうれしかったなあ。後日、掲載記念のメダルを学校経由でもらったっけ。作文だけでなく、詩や俳句も投稿し続けた。

記事に載っていた小学生に手紙を書いて文通が始まったり、私の詩が教育映画の原作の一つになり、記者が我が家に取材に来て、新聞に掲載されたこともあった。その時の記者さんとは、年賀状のやり取りが続いていて、人の縁を結んでくれたこともあった。

一人っ子の私にとって「毎小」は自分の居場所の一つだった。いろいろなことを教えてくれ、興味を持って調べる大切さを学んだ。今でも新聞で知ったことを共有したくて、学ぶ・育てる欄の記事などを友人に送っている。

小学校の頃に戻って、また新聞にいろいろ投稿してみようかな。

インターネットで調べれば、すぐに答えが分かる時代に、毎小が続いているのは素晴らしいことだと思う。これからも80歳、100歳の誕生日を迎えていってほしいと願う。

染五郎さんのお誕生日によせて

1月 8th, 2012

105年ぶりに前段上演している河竹黙阿の絶筆『奴凧廓春風 (やっこだこさとのはるかぜ)』で

主演3役と振付も担当している染五郎さん

お正月らしい曽我物でにぎやかに

糸が切れて飛んでいく、未だかってない宙乗りに挑戦している

TV中継があったらいいのにな

同じく国立劇場で上演している『通し狂言 三人吉三巴白浪 (さんにんきちさともえのしらなみ)』は

1月3日に放送終了

出演中の染五郎さんの長男金太郎ちゃんも可愛い

ネット時代故

初日の会場内の様子等がブログで伺え

まるで出かけたかのような錯覚に陥る

ことしも幸せアンテナがいっぱい立っているらしいいるらしい^ ^*

幸せってなんだろう ~毎日新聞20120107~
学ぶ・育てる:教えて!デスク 「人の幸せ」とは  澤圭一郎(さわ・けいいちろう 毎日新聞東京本社社会部デスク)
2012年が始(はじ)まりました。昨(さく)年(ねん)は東日本大(だい)震(しん)災(さい)や原(げん)子(し)力(りょく)発(はつ)電(でん)所(しょ)事(じ)故(こ)の悲(かな)しいニュースがありました。今(こ)年(とし)はみんなが幸(しあわ)せになる年になってほしいですね。ところで「人の幸せ」ってどんなものでしょう?
◆欲を多く持ちすぎず、自分を他人と比べない。満足する心が大事。
*ブータンに学ぶ
お父(とう)さんやお母(かあ)さん、学校の先生に質(しつ)問(もん)をしてみてください。「これだ!」と同じ答えが出てこないと思います。なぜなら「幸せだ」と感(かん)じるものは、人によって違(ちが)うからです。人は皆(みな)「幸せになりたいなあ」と考えています。なので、もしそれが分かって実(じつ)現(げん)できたなら、その人は良(よ)い人生を送(おく)っているといえます。
昨年の秋に、ブータンという小さな国の王(おう)様(さま)と王(おう)妃(ひ)様(さま)が日本に来(き)て話(わ)題(だい)になりました。ブータンに住(す)む人たちの多くが「幸せだ」と感じている、ということでも大きな話題になったのです。ブータンは、中国とインドに挟(はさ)まれた九(きゅう)州(しゅう)くらいの面(めん)積(せき)の国。人口69万人ぐらいです。7年前に国(こく)民(みん)に聞いたところ97%の人が「幸(こう)福(ふく)だ」と答えました。決(けっ)してお金(かね)持(も)ちの国ではありません。テレビやインターネットは13年前に入ってきたばかりで、日本やアメリカのようにモノがたくさんあるわけでもありません。ではなぜ、「幸福だ」と感じているのでしょう。
ブータンの人は「チベット仏(ぶっ)教(きょう)」という宗(しゅう)教(きょう)を信(しん)じています。「あれもこれも欲(ほ)しい」という欲(よく)はよくないことだとされ、多くのものごとを求(もと)めず、人びとが助(たす)け合う精(せい)神(しん)が根(ね)付(づ)いているようです。そんな人がたくさんいれば差(さ)別(べつ)も出にくく、いろいろなことに感(かん)謝(しゃ)をしながら生活できるでしょう。そういう考え方を「足るを知る」といいます。満(まん)足(ぞく)することを知っているという意(い)味(み)です。ブータンの人はそれを知っているのでしょうね。
*成長につながる欲もある
皆さんは「スマートフォンが欲しい」とか「もっとお金が欲しい」「勉(べん)強(きょう)や運(うん)動(どう)がもっとできるようになりたい」と思いませんか? そう思っても、それが実現しないと「幸せではない」と思いがちですね。「幸せだ」と感じるかどうかは、心の問(もん)題(だい)なのです。他(た)人(にん)と比(くら)べすぎたり、欲がたくさんあったりすると、なかなか満足できなくなってしまいます。一方で、欲がまったくなくなると、人は「より良くなろう」という気(き)持(も)ちもなくなって成(せい)長(ちょう)しません。バランスが大(だい)事(じ)なのです。
お金はないと生活できないので困(こま)ってしまいますが、大金持ちの人が幸せとは限(かぎ)りません。私(わたし)は、健(けん)康(こう)で、生活ができる程(ほど)のお金があって、他人から感謝され、家(か)族(ぞく)や友(とも)達(だち)と仲(なか)良(よ)くできれば「幸せ」なのではないか、と思います。
*国が「幸福感」調査へ
日本でも国が「国民にどれだけ幸福感(かん)があるか」を調(しら)べることになり、その物(もの)差(さ)しを作ろうとしています。お金や仕(し)事(ごと)、健康、人とのつながりなどを組み合わせて、子(こ)供(ども)から大人(おとな)まで点数を出そうという計画です。日本はお金もあり、モノも豊(ほう)富(ふ)で、医(い)療(りょう)も進(すす)んでいます。ですが、年間に3万人も自ら命(いのち)を絶(た)ってしまったり、多くの人が心を病(や)んでいたりします。なので、国として「国民が幸せになるにはどうしたらいいか」を考えようというのです。アメリカやヨーロッパの国でも同じような考え方が出てきています。
今から100年ぐらい前、フランスのアランという人がこんなことを言っています。「人に幸福を与(あた)えるためには自分自(じ)身(しん)のうちに幸福を持っていなければならない」。みなさんも考えてみてください。「幸せってなんだろう」って。

幸せってなんだろう ~毎日新聞20120107~

学ぶ・育てる:教えて!デスク 「人の幸せ」とは  澤圭一郎(さわ・けいいちろう 毎日新聞東京本社社会部デスク)

2012年が始(はじ)まりました。昨(さく)年(ねん)は東日本大(だい)震(しん)災(さい)や原(げん)子(し)力(りょく)発(はつ)電(でん)所(しょ)事(じ)故(こ)の悲(かな)しいニュースがありました。今(こ)年(とし)はみんなが幸(しあわ)せになる年になってほしいですね。ところで「人の幸せ」ってどんなものでしょう?

◆欲を多く持ちすぎず、自分を他人と比べない。満足する心が大事。

*ブータンに学ぶ

お父(とう)さんやお母(かあ)さん、学校の先生に質(しつ)問(もん)をしてみてください。「これだ!」と同じ答えが出てこないと思います。なぜなら「幸せだ」と感(かん)じるものは、人によって違(ちが)うからです。人は皆(みな)「幸せになりたいなあ」と考えています。なので、もしそれが分かって実(じつ)現(げん)できたなら、その人は良(よ)い人生を送(おく)っているといえます。

昨年の秋に、ブータンという小さな国の王(おう)様(さま)と王(おう)妃(ひ)様(さま)が日本に来(き)て話(わ)題(だい)になりました。ブータンに住(す)む人たちの多くが「幸せだ」と感じている、ということでも大きな話題になったのです。ブータンは、中国とインドに挟(はさ)まれた九(きゅう)州(しゅう)くらいの面(めん)積(せき)の国。人口69万人ぐらいです。7年前に国(こく)民(みん)に聞いたところ97%の人が「幸(こう)福(ふく)だ」と答えました。決(けっ)してお金(かね)持(も)ちの国ではありません。テレビやインターネットは13年前に入ってきたばかりで、日本やアメリカのようにモノがたくさんあるわけでもありません。ではなぜ、「幸福だ」と感じているのでしょう。

ブータンの人は「チベット仏(ぶっ)教(きょう)」という宗(しゅう)教(きょう)を信(しん)じています。「あれもこれも欲(ほ)しい」という欲(よく)はよくないことだとされ、多くのものごとを求(もと)めず、人びとが助(たす)け合う精(せい)神(しん)が根(ね)付(づ)いているようです。そんな人がたくさんいれば差(さ)別(べつ)も出にくく、いろいろなことに感(かん)謝(しゃ)をしながら生活できるでしょう。そういう考え方を「足るを知る」といいます。満(まん)足(ぞく)することを知っているという意(い)味(み)です。ブータンの人はそれを知っているのでしょうね。

*成長につながる欲もある

皆さんは「スマートフォンが欲しい」とか「もっとお金が欲しい」「勉(べん)強(きょう)や運(うん)動(どう)がもっとできるようになりたい」と思いませんか? そう思っても、それが実現しないと「幸せではない」と思いがちですね。「幸せだ」と感じるかどうかは、心の問(もん)題(だい)なのです。他(た)人(にん)と比(くら)べすぎたり、欲がたくさんあったりすると、なかなか満足できなくなってしまいます。一方で、欲がまったくなくなると、人は「より良くなろう」という気(き)持(も)ちもなくなって成(せい)長(ちょう)しません。バランスが大(だい)事(じ)なのです。

お金はないと生活できないので困(こま)ってしまいますが、大金持ちの人が幸せとは限(かぎ)りません。私(わたし)は、健(けん)康(こう)で、生活ができる程(ほど)のお金があって、他人から感謝され、家(か)族(ぞく)や友(とも)達(だち)と仲(なか)良(よ)くできれば「幸せ」なのではないか、と思います。

*国が「幸福感」調査へ

日本でも国が「国民にどれだけ幸福感(かん)があるか」を調(しら)べることになり、その物(もの)差(さ)しを作ろうとしています。お金や仕(し)事(ごと)、健康、人とのつながりなどを組み合わせて、子(こ)供(ども)から大人(おとな)まで点数を出そうという計画です。日本はお金もあり、モノも豊(ほう)富(ふ)で、医(い)療(りょう)も進(すす)んでいます。ですが、年間に3万人も自ら命(いのち)を絶(た)ってしまったり、多くの人が心を病(や)んでいたりします。なので、国として「国民が幸せになるにはどうしたらいいか」を考えようというのです。アメリカやヨーロッパの国でも同じような考え方が出てきています。

今から100年ぐらい前、フランスのアランという人がこんなことを言っています。「人に幸福を与(あた)えるためには自分自(じ)身(しん)のうちに幸福を持っていなければならない」。みなさんも考えてみてください。「幸せってなんだろう」って。