コラム

1月 3rd, 2010

読売新聞 元旦 編集手帳

 年の瀬の商店街で親子連れとすれ違ったとき、小さな男の子が「ナミダクジ」と言った。

手をひいたお母さんが「ア・ミ・ダ…」と笑った。

前後の会話を聞いていないので何の話題であったかは知らない。

おさな子の唇に言い間違いから生まれ、たちまち消えた行きずりの一語が耳に残っている。

そういう言葉はないが、無理に漢字をあてれば「涙籤」だろう。

真ん中を選んだつもりが、予期せぬ横棒1本に邪魔されて端っこにたどり着いたり、

逆に、思いもよらぬ幸運にめぐり合ったり、人の世の浮き沈みは涙籤かも知れない。

あの人に出会わなければ、別の仕事を選んでいた。

この町にいなかった。甘い酒の味を、あるいは苦い酒の味を、知らずにいた。

誰しも過去を顧みれば、人生の曲がり角に「あの人」が立っている。

年賀状という風習の成り立ちは不勉強で承知していないが、

自分を今いる場所に連れてきてくれた“横棒たち”に再会する意味もあるのだろう。

つらい「辛」も、心弾む「幸」も、横棒1本の差でしかない。

迎えた年が皆さんにとり、うれしい横棒の待つ感涙のナミダクジでありますように。

°゚°。。ヾ( ~▽~)ツ ワーイ♪

1月 3rd, 2010

久々のコメントだぁ

°゚°。。ヾ( ~▽~)ツ ワーイ♪

と思ったら 迷惑メール

Σ(・v・`;;=) ショック…

要注意!

 

鈴木さんからのコメント

難 【*・´_っ・`】コマッタナ…

1月 3rd, 2010

化粧無 だらだらとすごしております

ただひたすらお客さまからの電話番(笑)

 

いつもは読んだことのないデジタルTV番組

スカイパーフェクトTV『竜馬がゆく~最後の一日』

観たかったのにあきらめた舞台だぁ

さっそく 「スカパー無料お試し16日間」入会

CSは簡単に繋がったが、CS325にあわせると歌番組

何かが違う

^ ^*が今入会したのはスカパーeSだった

しかしまてよ

3日はスカパーデー 殆どの番組が無料のはず

CS325 CS325 映らない

【*・´_っ・`】 スカパーに勤めている友人に電話してみた

・・・・結局映らない環境だったらしい

紛らわしいなぁ 

どなたかCS325が映るかたぁ~~~

 

思いは伝わるもので、、、撮ってくれてありがとう!

 

さーーーて 夕飯の支度でもするかぁ

初富士

1月 2nd, 2010

寒いけど いいお天気です

富士山

恒例初富士 中央学院大学右手にみえます

ダイヤモンド富士まであと16日ぐらい

お正月は守谷駅あたりでみられるようです

元旦

1月 2nd, 2010

新聞の店着が例年より早いこともあり仕事の後、床についた時間も早かった

それなのに、ちょっと寝坊で父の朝食

寝ててもいいよと声をかけられたらいつまでも寝ていられそうだ

元旦も正月もない人を思えば暖かいお布団でzzzできることだけでも幸せだ

店員さんが電話番をしてくれている間に 家事をこなそう

掃除はしなくてはいい三が日でも埃はたまる、お風呂だって入る

普段の方がゆっくりできるよなぁって毎年思う

11時店員さんたち帰宅

3日朝刊までの数十時間だけどゆっくり休んでください

直後 「新聞が入っていません」の電話

なかなかお屠蘇気分にはなれない

年賀状 「あれ この人に出していない」

手作りの心が感じられる年賀状がうれしい

新年のご挨拶を持って年賀状を中止する 

お会いしたことはないのですが優しく思いやりのある人だったのでしょうね

賀状

住所録の住所変更や新規追加・昨年度の喪中のチェック外し(来年用)で終了

昨年のあにばーさりーを手帳に追加し 完璧(笑)

お年賀のお客さんとのひと時

ぽかぽか日差しがきもちいい

迎春

1月 1st, 2010

1-1HappyRecipe

早春便り

12月 31st, 2009

湘南二宮町の水仙が3分咲きだそうです こちら

年があけたら大好きなさくらの便りも聞こえるでしょう

来年予定していた沖縄桜旅は『取手宿ひなまつり』で延期になりそう

どこのさくらさんに逢いに行こうかなぁ

いまからワクワクです

 

花の検索をしていたらこんなサイトにであった

パソコン初心者ガイド無料で学校

 

2009年

いつも小走りでした

2010年

ちょっとだけ余裕がある

競歩ぐらいでありますように・・・

明日は満月

12月 31st, 2009

お墓参りに行くと突風で花屋さんのテントが倒されていました

寒かったですぅ~~

夕日5分間ショー 1

夕日5分間ショー 2

夕日5分間ショー 3

そのころ東の空では

明日は満月です

料理人

12月 30th, 2009

昆布巻きの匂いで目が覚めた

酢蓮の下ごしらえも完了

黒豆もふんわり 大きな黒豆だぁ

習慣とはいえ手際がいい

そんな母に朝食をご馳走した(笑)

おせちや従業員のお昼を作り続け「疲れたぁ マッサージしてから伊達巻つくる」

今年は、玉子焼き器持参だった

3層に

 

今年もお世話になりました 娘より

三越の第九

12月 30th, 2009

年末恒例、日本橋三越の第九』 なぜ?年末に第九を歌うのかしら?

三越の第九

ウイキペディアによれば

日本で年末に第九が頻繁に演奏されるようになった背景には、

戦後まもない1940年代後半、オーケストラの収入が少なくて、

楽団員の年末年始の生活に困る現状を改善したいと、

合唱団も含めて演奏に参加するメンバーが多く、

しかも当時(クラシックの演奏の中では)「必ず(客が)入る曲目」であった第九を

日本交響楽団(現在のNHK交響楽団)が年末に演奏するようになり、

それを定例としたことが発端とされる。

既に大晦日に生放送をする慣習が定着していたから、

年末の定期演奏会で取り上げても何ら違和感が無かったことも一因として挙げらよう。

1960年代から、国内の年末の第九の演奏は急激に増え、現在に至っている。

さらに

日本での年末の演奏の歴史 [編集]
1940年12月31日午後10時30分、紀元二千六百年記念行事の一環として、

ヨーゼフ・ローゼンシュトックが新交響楽団(現在のNHK交響楽団)を指揮して第九のラジオ生放送を行った。

これを企画したのは当時、日本放送協会(NHK)洋楽課員だった三宅善三。

彼はその理由について「ドイツでは習慣として大晦日に第九を演奏し、

演奏終了と共に新年を迎える」としている。

実際に当時から現在まで年末に第九を演奏しているドイツのオーケストラとして、

著名なところではライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が挙げられる。

そしてそれを模倣するオーケストラがいくつかあるものの、

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による大晦日の第九演奏は、

深夜に行われるものではない。よって、そういった「慣習」があるとは言えず、

何らかの勘違いをしたのではないのかと思われる。

 

とも書いてあった。