時代の風
白ける解散・総選挙 藻谷浩介・日本総合研究所主席研究員
毎日新聞2017年10月1日
白票では「白紙委任」
急転直下の衆院解散・総選挙で政治情勢は混迷の極みだ。「政争の暇があったら政策を堅実に実行してもらいたい」と願う筆者のような人間にとっては、何とも気の重い状況である。
そもそも「仕事人内閣」はどうなったのか。議会の3分の2を押さえていたのだから、「人づくり革命」は即時に遂行できたはずだ。選挙に使う600億円があるなら、待機児童対策などもっと多くの即効策を打てる。総務、外務、厚生労働、農水の各大臣は、一度も国会答弁なきまま選挙になってしまったことをどう感じているのだろう。
それから、「北朝鮮の脅威」はどうなったのか。早朝深夜に「Jアラート」で国民をたたき起こすほど事態が緊迫しているのであれば、国会を1カ月も機能停止させていいのだろうか。
実際には、選挙をする余裕があるわけだ。日本は20年も前からノドンミサイルの射程内にあり、脅威が今になって増したのではない。北朝鮮が実験中なのは米国本土攻撃用の新型で、飛んでいるのは日本上空800キロの宇宙空間だ。800キロ上で超高速の放物線を描いている物体が、真下に落ちてくることは慣性の法則上ありえない。800キロを落ちてくる間に水平方向にも大幅に動く。つまり昨今のJアラートは、太平洋上の漁船はともかく日本本土には被害が及ばない場面で鳴らされているのだ。
本来、ノドンなり何なりが日本の上空ではなく陸地向けに発射されたときに鳴らすべきJアラートを、むやみに使っていては、肝心のときに油断する国民を増やしかねない。日本の過剰反応に、北の幹部が高笑いしているかと思うと大変不愉快でもある。それでも鳴らし続けるのは、北朝鮮の蛮行を逆手に取って国内政治に最大限に利用しているものと、仮に日本人は思わずとも世界中の第三者は考えるのではないか。
「その通り、北朝鮮の暴挙を奇貨として国民の危機感を高め、憲法改正に突き進むべきだ」という考えが一連の動きのシナリオを書いた側にあっても驚かない。だが、憲法の文言を変えれば相手は恐れ入るのか? 「憲法に平和主義を掲げれば安全は守れる」というのと、「憲法に自衛権を明記すれば国は守れる」というのはどちらも同種の言霊信仰に過ぎない。後者の信者は前者をそしるが、まったくもって笑止千万だ。
日本には平和憲法の補完物としての安保条約にのっとって、世界最強の米軍が駐留している。仮に戦後日本に平和憲法がなく、独自に武装の限りを尽くしたとしても、今の彼らほど強力にはならない。しかしその米軍ですら、北朝鮮への先制攻撃はしない。その過程で韓国以下の同盟国に甚大な被害の出ることが確実だからだ。解決シナリオは、かつての冷戦終結時と同様、先方の内部崩壊の誘導であり、中国やロシアと呉越同舟での水面下での握りが必要である。日本がここで憲法を変えていきり立っても、脇役が流れから外れたタイミングでみえを切ったようなものだ。
そもそも平和憲法は、ムスリム世界とそれ以外の対立が先鋭化していく近未来の世界において、日本に無用な火の粉が降りかかるのを避けるためにこそ重要なのである。せいぜい北京あたりまでしか視野に入っていないからこの現実に気づかないのだろうが、ここで平和ブランドを捨てるのは、今世紀前半の安全保障上の大愚行だ。
というところまで考えるかはともかく、無用の解散を強行した政権に不信感を抱く国民は多いだろう。だが離合集散を繰り返す野党の政権担当能力も怪しい。「政治は信じないので、投票には行かない」とか、「抗議の意味で白票を入れる」とか、胸を張るやからが増えるかもしれない。だが棄権も白票も現実の世界では「当選者への白紙委任」でしかなく、組織票と、有権者の2割程度と思われる熱烈な首相ファンの票の威力を相対的に強めるだけである。この理屈が理解できない人間が多いのを見越して、有権者の多くが白けるようなタイミングで選挙を仕掛けたのだろうが、さて結果はどう出るか。
行き場のないリベラルも、政治に無関心なノンポリも、この人物がまだしもマシだと思える候補を探し出して、投票に行くべきだ。それが選挙権を持たない子供と、これから生まれる世代への義務である。
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