女の気持ち
追憶 大学院生・71歳
1人でおひな様を飾った。娘の人形が並ぶひな壇の下段に、私のおひな様も飾る。
71歳になるひな飾り。衣装は古色蒼然(そうぜん)とし、首の抜けるものもあれば、虫に食われたものもあり、年々劣化している。我が身を振り返って思わず苦笑する。太鼓や笛などの小道具はいつの間にか紛失してしまった。
「橘(たちばな)はここに」などと飾っていると、貧しかったが楽しい子どものころが思い出される。
戦後間もないあのころ、ちらしずしや草餅はすべて祖母、母と作った。あんこは火鉢でコトコト煮て、時々炭のはぜる音が聞こえた。お正月は着物姿でカルタ取りや福笑いをして、みんなでよく笑った。節分の豆まきは、きょうだいでありったけの大きな声で豆をまき合った。
端午の節句はこいのぼりを飾る。庭の池の縁に生えているショウブを風呂に入れてショウブ湯にする。七夕は裏庭のササを切り出し、願い事を書いて飾った。クリスマスは玄関に掲げた靴下に、サンタ姿の青年会の人がプレゼントを入れてくれた。私たちは寝ないで、窓の隙間(すきま)からワクワクしながら見ていた。当時は地域の方々が積極的に行事に参加してくれていた。
当時、子どもたちはゆっくり季節ごとの行事に参加できていた。行事に使う品々もほとんど買わずに間に合わせることができた。今はお金さえ出せば、何でも手に入り快適な生活が送れる。時間の流れは速くなるばかりだが、手作りしながらのんびり過ごした昔の生活も、捨てたものではないと思う。