第58回とりで利根川大花火は、
2011年8月13日(土)19時から20時に実施されます
8000発の打ち上げを予定しています
東日本大震災の影響で、近隣の花火大会が中止となり
約12万人の人出が予想されます
来場者の安全確保を優先させるため
花火終了時間を例年より30分繰り上げ時間短縮で開催します
毎年好評の桟敷席(1組定員5名・1万円)の販売は7月1日より開始
受付専用ダイヤル 0297-70-1007 平日のみ
第58回とりで利根川大花火は、
2011年8月13日(土)19時から20時に実施されます
8000発の打ち上げを予定しています
東日本大震災の影響で、近隣の花火大会が中止となり
約12万人の人出が予想されます
来場者の安全確保を優先させるため
花火終了時間を例年より30分繰り上げ時間短縮で開催します
毎年好評の桟敷席(1組定員5名・1万円)の販売は7月1日より開始
受付専用ダイヤル 0297-70-1007 平日のみ
azumi 硝子展が始まります
大好きな河上智美さんの硝子
初お目見えの今井亜希硝子が並べられています
6月28日(火)~7月9日(土) 7月4日(月)休み
11時から17時
問 029-855-1523
azumiさんを知ってから何年になるかなぁ
先日まさかの同級生だと知った(爆)
益々応援したくなった^ ^*
関 あつ子さんの作品です
こちらもお贔屓にぃ~
家族がお世話になっている医院から電話
「お加減いかがですか?」
数時間後
「その後如何ですか?」
お二人の先生から直接お電話いただける
そんなホームドクターに巡り合えたことに感謝したい
支える家族の心は、不安から安心へと・・・ありがとうございます
『ポットマム』と名付けたのは
鉢植えのキクをポットマムと言うからだろうか?
ポットマムさんは、取手宿ひなまつりでも販売に華を添えてくれる花屋さんです
「この度、端切れの販売を始めました
1枚100円から販売しています
つるし飾りやパッチワークの端切れをご用意しています」
かるたで取手の魅力紹介 ~常陽新聞2011.06.28~
見所84カ所、定年退職の男性ら制作
定年退職した取手市の男性らが、現役引退後に4年間かけて市内を歩き回り、地域の魅力を計84枚のかるたにまとめた。第1弾として、そのうち16枚を冊子「歌留多(かるた)で訪ねるわが町とりで」(A5判、カラー、39㌻)にして発行し、和歌と絵、解説、地図などで見所を紹介している。
発行したのは60代から80代の元サラリーマンでつくる「16(いちろく)創年の会」(上田征生会長、会員20人)。
メンバーは全員が他県出身で、現役時代は住まいのある取手から都内に通勤していたという。定年退職後の2004年(平成16年)に旧藤代町(取手市と合併)主催の地域再発見講座「男性学講座」を受講した受講生らが、講座修了後に会を設立した。
自分が住むまちを知らない、まちに知り合いがいない―などからまず地域を知ろうと、06年から毎年、古道や城址などテーマを決めて市内を歩き回った。4年間かけて、歴史のある建物、豊かな自然、すばらしい景観が眺められる場所など84カ所を「まちの見所」として選定し、かるたにした。
かるたは07年から毎年、20枚前後をA3判の作品にしてJR藤代駅のギャラリーで紹介。今回冊子にした16枚は、07年に駅ギャラリーに展示したものだ。
冊子には、かるたの歌と絵のほか、歌を詠んだときの作者の気持ちや、歴史やいわれ、地図なども紹介してある。
平将門ゆかりの四国相馬霊場の一つ、長禅寺は「晴れ晴れ参拝 霊場古刹(こさつ)の長善寺」、江戸時代に参勤交代で行き交う大名の宿場だった取手本陣は「本陣のロウバイ香る池のふち」、小貝川の洪水から家族の命や財産を守るため、母屋より数㍍高く築いた塚の上に建てられた蔵兼避難所の民家の水屋(みずや)は「大水に備えて高し水屋かな」などと歌われている。
残り68枚についても今後随時冊子にしていく計画。同会は「散歩やウオーキングのときなどに携帯して役立ててもらえれば」などと話している。
「16創年の会」(左から)永島豪郎さん、川崎勇次さん、山下勲さん
悩んだ時、相手の立場になって考えると大よその行動が決まる
決めかねている時は、自分が思うままに行動するか
午後3時半ごろから
保存用ミートソースの仕込みを開始した
家族の帰宅時間もちょっとずつずれ込み9時になっても夕食の支度が続く
こんな日に限って足が浮腫む
猪突猛進で突っ走っている方が疲れないって変?
被災されている人に暖かい食事と野菜いっぱいの食事を無料提供してきた
亘理いちごっごの馬場さんにエールを送ります
2ヶ月間借りていた亘理町蚕業産業会館での食事の提供は
期間限定で借りていたため6月25日が最終日だった
ただ今、次なる食で繋がれる場所探し中
キッチンカーで青空カフェはどうかしら?
いちごっごの企画に賛同された多くの人からの食材などの支援でまかなっている
時には避難所で残った食材をいただくこともあった
単に食の提供だけでなくコミュニティーとしての役割も担っているいちごっごスタッフ
自らも被災されたと言う馬場さんに元気を貰いました
具体的な協力ができないものかと思案中^ ^*
日本料理 山富貴によれば ⇓
室町時代、太田道灌は26歳という若さで江戸城主を努め、城内では兵学をおさめ、
戦術家のプロとして、また城づくりの名人としてその名を広めておりました。
その道灌が、鷹狩をするため、越生の里へ来た時のお話です。
この辺りでにわか雨にあい、道灌は蓑笠を借りようと、近くの農家に立ち寄りました。
すると中から少女が出てきて、黙って山吹の枝を一枝差し出したのです。
道灌は、この少女の無礼に腹を立てたのですが、実は少女の行動は、山吹の花にまつわる
古歌にちなんでのことでした。
七重八重 花は咲けども山吹の みのひとつだに なきぞ悲しき 「後拾遺集」
この歌には、山吹の花は七重にも八重にも咲くけれど、実が1つもならない花です。
私の家は貧しくてお貸しできる箕(み)は1つもないのです。という意味が込められていたのです。
城に戻ってこの歌の意味を調べた道灌は、自分の無知を恥じ、
それ以降は学問にも励み、文武両道を兼ね備えた名将となったのです。
このお話にまつわる山吹の里は当店に隣接しており、
復元されたあずま家が当時の面影を忍ばせております。
という故事にちなんで名付けられた公園が『山吹の里歴史公園』だ
でも、山吹の里は、豊島区高田1-18にも存在する
明治の末までこのあたりは山吹の咲き乱れる野原だったそうだ
面影橋のたもとには、観音像の石碑がある
山吹伝説・・他にもあるのかしら?
あるんですね 山吹の里伝説
荒川区町屋の泊船軒と言う珍しい名のお寺に山吹の塚碑がある
越生と言えば梅林を思い浮かべていたが、
武蔵野丘陵は^ ^*にとって未開発 とっても素敵なところだった
伝 山吹の里
所在地 越生町西和田
室町時代、太田道灌が川越の領主であったころの話である。道灌が父の道真を訪ねた折、この辺りでにわか雨にあったので、近くの農家に立ち寄り蓑を借りようとした。すると一人の少女が出てきて、だまって山吹の花を差し出した。
道灌は山吹の花にちなんだ古歌、「七重八重花は咲けども山吹の 実の(蓑)一つだになきぞ悲しき」が考えつかず、少女の思いが分からずに恥をかき、のち大いに学問にも励み、文武両道を兼ねた名将と言われるようになったのだと言う。この話は広く知られており、山吹の里と称するゆえんである。
昭和三十七年に県指定旧跡となっている。
昭和五十九年三月

4月中〜下旬にかけ、約3000本のヤマブキの花が咲く頃が
本日3回忌だった故人が好きだった場所だったのかもしれない
山吹の里伝説・・・もし^ ^*がブロガーでなかったら
こんなに興味深く調べなかっただろうなぁ
ブログは、^ ^*の歴史なのかも
山吹の里公園に隣接している日本料理 山富貴
根っからの寒がりで暑さなんて怖くない
汗っかきの周囲の人を横目に「汗もかきにくい^ ^*」だった
だが、状況は変わった
1昨日からの気温上昇で
(-_-;)
あっという間に首に汗疹ができてしまった
めっちゃ 痒い
ここのところHappyRecipe的話題が少なくて
『電子かわら版 Toride』になっている
アンテナの向きを変えてみようかな