スクールカウンセラー委嘱

10月 14th, 2016

取手の生徒自殺調査委に女性の新委員  茨城

毎日新聞2016年10月14日

 昨年11月に取手市立中学校3年女子生徒(当時15歳)が自殺した問題で、市教育委員会は13日、自殺に関する調査委員会委員に東京都公立中学校スクールカウンセラーの横山典子氏を委嘱することを決めた。調査委は7月、専門家の男性5人を委員に発足。調査委から女性の委員が必要だとして人選を求められた市教委が、東京臨床心理士会に推薦を依頼していた。

北茨城芸術祭のお土産に・・・

10月 14th, 2016

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コキアちゃん

10月 13th, 2016

児童養護施設での研修の帰り道

( ,,`・ω・´)ンンンー気持ちいい(*´▽`*)
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CHIKU-CHIKU*SHION*

10月 12th, 2016

9月1日
取手市内に可愛いお店がオープンしました。

ハンドメイド雑貨のお店
CHIKU-CHIKU*SHION*
さまざまなジャンルのハンドメイド作家さんの作品をお預かりして販売しています。
『アクセサリー、編み物、あみぐるみ、フェルト小物、布小物、スイーツデコ、
アロマキャンドル、陶芸作品、トールペイントなど』
また、店内にはテーブルスペースがありワークショップ(手作り体験)やレッスンの
場所としてお使いいただけます。
営業時間 10:00~17:00
毎週水曜日 定休・土日は不定期で営業
*ブログ http://hori0129.blog129.fc2.com/
ハンドメイド雑貨のお店 CHIKU-CHIKU*SHION*
取手市取手2-13-30(取手駅東口 徒歩8分)
問 0297-72-1320

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SAでの忘れ物に注意

10月 11th, 2016

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月夜野びーどろパークとゆいあかり

10月 10th, 2016

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年末開催予定の『ゆいあかり』

月夜野びーどろパークより ゆめまっぷの会名入りガラス見本が届きました。

さてさて、どんな仕上がりになるのか?

楽しみです。

ゆいあかりは、2016年12月16日金曜日午後5時より8時まで

取手駅西口ペデストリアンデッキ周辺で行います。

楽しみに・・・

「緑のカーテンコンクール」表彰式

10月 9th, 2016

団体表彰

大賞 緑寿荘

2位 藤代幼稚園

3位 戸頭団地自治会&JSクリーンメイト

取手市HP

取手市交付 徘徊高齢者見守り

10月 9th, 2016

キーホルダーで身元照会 取手市交付 徘徊高齢者見守り
茨城新聞 20161004

徘徊(はいかい)の可能性がある高齢者や認知症患者の身元確認などを迅速に行おうと、取手市は3日、「高齢者見守りキーホルダー・ステッカー」の交付を始めた。

対象者は「65歳以上で見守りが必要な人」か、「40歳以上で認知症の症状がある人」

取手市HP

SCOOP! スクープ!

10月 8th, 2016

SCOOP! スクープ!10月1日公開
守谷トンネル(守谷市)でロケ

いばらきフィルムコミッション

2015年11月4日5日午後9時から朝5時まで

トンネルを通行止めにして撮影が行われた。

トンネル内では、花火を使った爆発の演出もあった。

守谷トンネルを首都高に見立て

追ってくる車を花火で追い払うシーンの撮影だったそうだ。産経新聞20161007より

母校をたずねる 茨城県立竜ケ崎一高3

10月 7th, 2016

ぐるっと首都圏・母校をたずねる
茨城県立竜ケ崎一高 3 多様性支えた包容力 田島英一さん

中国地域研究者・田島英一さん

1980年度卒
竜ケ崎一高は、いわゆる「ガリ勉」だけが集まる高校ではないという。慶応大教授で中国地域研究者の田島英一さん(54)=1980年度卒=も、さまざまな個性を持つ同級生たちと机を並べた。「でも、そんな多様性を支えてくださったのが、先生方。皆がそれなりに自分の『居場所』を見つけられる学校だった」と懐かしむ。【根本太一】

慶応で教壇に立っています。研究、教育における信念は「良き批判の前提は良き理解であり、良き理解の前提は愛情である」。上から目線でなく、現地に出向き、同じものを食べて同じ匂いをかぐ。コミュニケーションを通して自らを啓発する−−。社会科学の基本だと思うんです。

高校時代はハンドボールに熱中していました。部員が少なかったせいか1年の後半からはレギュラーです。ただ、当時ハンド部とサッカー部のグラウンドは丘と丘の谷間にあって冬は日が当たらない。積雪は春まで凍ってしまう。冬は練習そっちのけで雪かきに追われていたもんです。

疲れて帰宅すると、寝転んで本を読むのが日課でした。文庫本を20〜30冊ほど一度に買って2カ月ぐらいで読み終える。ドストエフスキー、トルストイ……。文学作品が中心です。日本の作家では芥川龍之介の文体が気に入って、芥川だけは全集を買いました。

そんな毎日だったから、受験勉強というものを全くしていない。国立大には「共通一次試験」(現センター試験)があって、7科目勉強して受験できるのは1校。なら3科目で済む私立に絞ると、早々と学校側に宣言したんです。

それからですよ、「悪魔のささやき」が始まったのは。「国立優先」の意識が強かったんでしょうね。ある先生が「茨城大に推薦を出してやる」とおっしゃる。断ると、数カ月して「筑波大ならどうだ」と。ちょっと待ってくださいと。大学ぐらい茨城を出て、外の世界を見たいじゃないですか。最後は英語の大野英二先生が「おめ、絵がうまかっぺ? 東京芸大行がねが」と。さすがに苦笑しました。

結局、私立路線を通しました。しかし、いざ受験勉強を始めると、睡眠不足が胃にたたり、時々嘔吐(おうと)するようになりました。慶応の受験会場でも、試験直前にトイレに駆け込む有り様。よく受かったと思います。そんな状態ですから、3年の後半は遅刻がちで、午後から登校、という日もありました。それでも先生方は大目に見てくださった。

そういえば、学校に750ccの大型バイクで来る同級生がいたんですよ。原付きバイクでの通学は認められていたんですが、あれは明らかに校則違反。ところが、校門前で見張っていた先生の一人に指摘された彼は「今はこういう原付きが流行なんだ」と、すまして答える。すると先生も「そうかあ」と通してしまう。きっとうそは承知で、目をつむっていらしたんでしょう。

おおらかだったんですね。クラスにはシティーボーイもいれば、おっとりした農村出身の子もいる。でも皆が、何の違和感もなく付き合える雰囲気がありました。背景には先生方の包容力があったと思います。

ゆるく入学でき、ゆるく卒業できるのが竜一でした。偏差値の「ふるい」で均質化した学校では、こんなおうようさは想像できないかもしれません。私も教育者として、先生方の包容力をお手本にしています。2012年秋の同窓会で、大野先生も元気な顔を見せてくれました。「芸大受験を勧めたこと、覚えてらっしゃいますか」とうかがったら、にこやかにうなずかれた。竜一生で良かったと思っています。

浪川商店のゴムそば 部活帰り、胃袋満たす
正門を出て石段を下りた通学路に、竜一生の胃袋を満たしてくれた「浪川商店」があった。太平洋戦争の空襲で東京から疎開してきた浪川善次郎さんが、1952年ごろに開業。

一番人気は焼きそばだ。冬になると作り置きが冷めてぼそぼそになっていたのか、誰からともなく「ゴムそば」と呼ばれるようになった。揚げたソーセージを挟んだパンは「肉ぼっか」。夜遅くにはコロッケや天ぷらなど、残り物の総菜を盛った「全部乗せうどん」もあった。コンビニのない時代。部活帰りの生徒たちであふれた。

善次郎さんが77歳で引退した後も、95年まで店を続けた嫁の幸子さん(68)は「日曜にシャッターを閉めていても、裏口から生徒が入ってきた」と懐かしむ。善次郎さんは99年に88歳で、妻さたさんも今年1月に98歳で世を去ったが、浪川商店の「伝説」は今も語り継がれている。

つづく