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水説 「壁」ではなく「橋」を

水曜日, 8月 17th, 2016

水説 「壁」ではなく「橋」を 中村秀明

毎日新聞2016年8月17日 

 東西のベルリンをへだてる「壁」が築かれ始めたのは1961年の8月13日未明のことだった。旧ソ連の決定に当時の東ドイツ政府が従い、実行した。

 壁といっても最初は、有刺鉄線で道をふさぎ、人や車を通れなくするといった簡単なものだった。わきをすり抜けるのも、車で突き進むのも可能だったので、多くの市民は長くても2カ月くらいだろうと思っていたようだ。

 しかし、1週間もたたずに壁は頑丈になる。セメントやレンガでの建設があちこちで進んだ。玄関の前の通りが西ベルリンという中層住宅では「1253もある窓をレンガでふさぐ作業が始まり、2000人の住人は翌月末までに退去するよう命じられた」と、「ベルリンの壁の物語」(原書房)は書いている。

 そして8月20日以降は、壁を越えようとして撃たれる人も出たという。

 「分断」と「対立」を象徴したベルリンの壁はもうないが、新たな壁を築く動きは絶えることがない。

 代表的なのは、イスラエルによるパレスチナ自治区ヨルダン川西岸の「分離壁」だ。建設中止を求める国連決議などに構わず、建設が続く。また米大統領候補のトランプ氏は、メキシコ国境に不法移民の入国を阻止するための壁を設けると公約している。

 世界に壁が増えていくことを憂えている一人がローマ・カトリック教会のフランシスコ法王だろう。

 昨年秋から「壁と橋」について何度か語り、この夏、ポーランドのアウシュビッツ収容所跡などを訪れた際も繰り返し口にした。

 「平和は橋をかけ、憎しみは壁を築く」

 「壁は分裂を生み、憎しみは増大する。橋は人々を一致させ、人は互いに話し合うことを学び、憎しみは対話に場を譲っていく」と。

 集まった若者には「たくさんの橋をかけてください。わたしは人間的な橋がたくさん築かれるのを見たい」と語りかけた。

 実際の壁でも、心の壁でも、そのきっかけは小さなことかもしれない。壁自体も最初はちっぽけなものだ。しかし、壁に囲まれていると疑心暗鬼や不安が増幅し、もっと壁を強固にしたくなる。そして、壁を取り除くのがますます難しくなる。

 夜明け前、動員された労働者がトラックに積んだ有刺鉄線を道に広げることに始まり、28年以上も続いたベルリンの壁もそう教えている。壁を築くよりも、橋をかけることを選びたい。

養老渓谷で出会える“2階建て”トンネル

日曜日, 8月 14th, 2016

養老渓谷で出会える“2階建て”トンネルの不思議 千葉県大多喜町「共栄・向山トンネル」

産経新聞20160814

房総の温泉郷として知られる養老渓谷(千葉県市原市、大多喜町)に、出口が“2階建て”に見えるトンネルがある。

小湊鉄道の養老渓谷駅(市原市)から約2キロ、養老川へ向かうハイキングコースの途中にある全長115メートルのトンネル。道幅は狭く、車はすれ違うことができない。東側からトンネルへ入ると、ひんやりと涼しく心地よい風が吹き、外の蒸し暑さを忘れてしまう。

奥へ進むと、上下2つの出口が見えてくる。さらに歩くと“下”に進み西側に抜けることができるが、“上”に出ることはできなかった。

“2階建て”になった理由は、こうだ。かつては普通のトンネルで、西側の出口は“上”が使われていた。昭和45年、接続する道路への利便性をよくするため、トンネルの途中から道路はさらに深く掘削され、“下”の出口が新たに完成。“上”は、埋め戻されなかったため、2つの出口ができた。

また、不思議なことがもう一つ。1本のトンネルなのに別々の名前が東西の入り口に記されている。同町によると、東側から92メートルが「向山(むかいやま)トンネル」、西側から23メートルが「共栄トンネル」だという。「詳しくは分からないが、もともと存在した古いトンネルのためではないか」と話す。

幼少の頃からトンネルの近所に住み、夫婦で足湯屋を営む四倉沖太郎さん(81)は「小さい頃は昔あった上の道をよく使っていた。戦時中は焼夷(しょうい)弾から逃れるため、(トンネルの)中に掘られた3つの防空壕(ごう)に隠れた」と懐かしむ。

防空壕は今もトンネル内に残っているが、頭上の側面にあるため、内部を見ることはできない。15日で終戦から71年。あまり知られていない戦跡が暗闇で時を刻んでいた。

サイクルアートフェスティバルに登場 自転車こぎ氷機

日曜日, 8月 14th, 2016

きたかんナビ

茨城新聞 20160814
連日の猛暑が続く中、日本競輪選手会茨城支部(戸辺裕将支部長)が、自転車をこいでかき氷を作れる「自転車こぎ氷機」を制作した。9月22日に取手市白山の取手競輪場で予定している「サイクルアートフェスティバル」の選手会ブースでお披露目し、実際にかき氷を作って来場者に提供する。戸辺支部長は「大変暑い夏になったが、かき氷ならぬ『こぎ氷』で残暑を乗り切ってもらえれば」と話している。

自転車こぎ氷機は、同支部の小川晋一郎事務長(45)が中心となって制作。子ども用のロードレーサーと、市販のかき氷機を競輪の競技用自転車のチェーンでつなぎ、ペダルをこぐことで、かき氷機のハンドル部分が回転するよう連動させた。同様の自転車を制作した実績のある支部への視察なども含め、約3カ月に及ぶ構想期間を経て、2日間で改造した。

1杯分のかき氷を作るのにかかる時間は10秒程度。フェス当日は、9人で争う実際の競輪レースで着る勝負服の色にちなみ、コーラ、イチゴ、レモン、グレープなど、勝負服に合わせた9色9種類の味を選べる仕様にするという。

今年の同フェスは、東京芸大の学生らが自転車のパーツから作った楽器などを使って会場を練り歩くパレードや、謎解きイベント「不思議の国のバンク」などを予定。戸辺支部長は「こぎ氷以外にも、いろいろ楽しめると思うので、ぜひ足を運んでほしい」と来場を呼び掛けている。

十六夜まつり  動画

日曜日, 8月 14th, 2016

十六夜まつり 陶の小径ではじまる

茨城新聞動画ニュース 20160814
約1400個の笠間焼の筒明かりで彩られる「十六夜(いざよい)まつり」が13日、陶工房が立ち並ぶ笠間市笠間の「陶の小径(こみち)」で始まった=写真。会期は14日までの2日間で、初日は市内外からの来場者でにぎわった。
同小径商店会が夏らしいイベントで地域を活性化しようと主催し、今年で14回目。筒は不要になった笠間焼を粉状にし土に混ぜた「再生可能粘土」を用い、10カ所の工房の作家らが制作した。窯焼きピザなどの模擬店、演奏会などもあり、まつりを盛り上げた。
家族で訪れた市内のパート従業員、中村理以(りえ)さん(34)は「幻想的な光景で癒やされる。子どもも喜んでくれて楽しい」と話していた。最終日は午後6時から同9時まで行われる。

関東鉄道竜ケ崎線を走っていた蒸気機関車を段ボールで制作

日曜日, 8月 14th, 2016

雑記帳 茨城県龍ケ崎市の市民グループが…

毎日新聞2016年8月14日 

 茨城県龍ケ崎市の市民グループが、半世紀前まで関東鉄道竜ケ崎線を走っていた蒸気機関車(SL)「6輪連結タンク機関車」の実物大模型(全長7・7メートル、高さ3・4メートル)を段ボールで制作した。

 グループ代表の工業デザイナー、小山英雄さん(63)が地域振興のためにと発案。専門業者に強化段ボールを特注し、ボランティアで集まった市民や学生ら総勢約40人が、3カ月がかりで組み立てた。

 市は「コロッケの街」と売り出しているが、小山さんは「SLの街としてもPRしたい」と熱い思いに拍車をかける。市内の「ショッピングセンターサプラ」で9月18日まで展示している。

「頑張る」 児童が取手出発、つくばまで100キロ歩く体験学習

水曜日, 8月 10th, 2016

産経新聞 20160810

 小学生が取手市からつくば市までの100キロを4泊5日で歩く体験学習が9日、始まった。そろいの笠をかぶった約140人の子供たちは保護者らに見送られ、取手市寺田の市福祉交流センター前の駐車場を出発した。

 茨城南青年会議所の元会員らでつくる運営協議会が主催しており、今年で10回目。小学4~6年生が対象で、主に県南地域の児童が参加した。子供たちの「生きる力」を育むのが狙い。歴史スポットを巡り、陸上自衛隊駐屯地での宿泊や筑波山登頂も経験させる。

 出発前には式典が開かれ、藤井信吾市長が「力いっぱい元気を出して行ってらっしゃい」とエールを送った。今年で3回目の参加という取手市の森康人君(11)は「筑波山に登るのが楽しみ。完歩するよう頑張ります」と語った。

 一行は13日午後1時ごろ、つくば駅近くに到着する予定だ。

女の気持ち 迷い 

月曜日, 8月 8th, 2016

女の気持ち 迷い 茨城県取手市・大久保悦子さん投稿

毎日新聞2016年8月8日

「わが家の次男は重い知的障害者である」

この文言を私はこれまで何度繰り返してきたことだろう。

次男が障害者とわかって以来、そのことを周囲にアピールしなければ、地域の障害者福祉は進展しない、それは私に与えられた仕事だと思えて、40年以上も親の立場から活動してきた。いわば使命感を持って取り組んできたのである。

どこへ行っても、どんな場面でも、わざわざ言う必要のないときでも、息子の障害を伝え、世の中にどんな障害者がいるのか、その人たちがどんなに大切な存在であるのか、どんな生活をしているのか、何を望んでいるのかなど、周囲に知ってもらおうと努力してきた。この欄に投稿を続けてきたのも、その一環だった。

しかし、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件を受けて、その気持ちが揺らいでいる。

障害をこんなにも毛嫌いしている人間がいるのだ。もしかすると、同調する人間がほかにもいるかもしれない。しかも、それは私たちの身近にいるかもしれない。

とても怖い。私はもう、息子の障害について何も語らぬほうがいいのではないだろうか。

彼のためと思って行動してきたことが、かえって彼を危険にさらしたり、彼に迷惑をかけたりすることにつながらないだろうか。

今、そんなふうに迷い始めている。

小堀の渡し船着き場 映画「レミングス」の夏

日曜日, 8月 7th, 2016

100年の歴史の風情今も 茨城・取手市 小堀の渡し船着き場 映画「レミングス」の夏

産経新聞 20160806

 「小堀」と書いて「おおほり」と読む。場所は茨城県取手市。水害を防ぐため、明治40年から大正9年にかけて、今より大きく蛇行していた利根川の改修工事が行われ、この地域は川を挟んで分断された。

 生活に不便をきたした地域住民は、工事完了に先立つ大正3年、移動手段を確保するため、渡し船の運航をスタートさせた。これが「小堀の渡し」の始まりとされる。

 利用者のピークは昭和30年ごろ。年間で延べ7万5千人超だったとか。ただ、平成11年に循環バスが登場してからは「主役の座」を奪われる。

 運航開始から100年を超え、今では観光船として風情を受け継いでいる。27年4月~今年3月の利用者数は延べ3360人だそうだ。市が運営し、利根川の両岸に設けた3地点の船着き場を巡航している。

 「小堀の渡し」の船着き場の一つ、取手緑地運動公園の近くで、取手市を舞台にした映画「レミングスの夏」のロケが行われた。利根川の河川敷を利用した運動公園は、テニスや野球などさまざまなスポーツが楽しめる。

 船が発着しているのは、公園駐車場から歩いてすぐの場所だった。所々に「小堀の渡し」と書かれたのぼりが掲げられている。さらに近づくと、水色の法被を着た男性が船から降りて「乗りますか」とたずねてきた。

 「レミングスの夏」のロケ地を取材していると説明すると、男性は「ああ」と声を出して表情を明るくした。話を聞こうと思ったが、男性は「もう時間なので。船を出します」ときびすを返し、船に乗り込んでいった。

 ロケ地を訪れたときにはまだ、気象庁からの梅雨明け宣言はない。7月も終わるというのに空はどんよりとし、夏とは無縁の様相だった。
【ロケ地巡りの旅】
100年の歴史の風情今も 茨城・取手市 小堀の渡し船着き場 映画「レミングス」の夏

 あらすじ 幼いころに仲間を失い、心にぬぐえない傷を負った少年ら。自分たちを「レミングス」と名付け、楽しかったあの日を取り戻すために戦いを挑む。現在と4年前の夏が交錯しながら、物語は進んでいく。友情、信頼、正義…。本当に大切なものとは。「襲名犯」で第59回江戸川乱歩賞を受賞した茨城県取手市在住の作家、竹吉優輔さんの同名小説を映画化。レミングスのリーダー、ナギを演じるのは兄弟お笑いコンビ「まえだまえだ」の弟で俳優の前田旺志郎さん(15)。五藤利弘監督作品。来年の公開を予定している。

 アクセス 茨城県取手市東1の取手緑地運動公園近く。車の場合は、常磐自動道谷和原インターチェンジから国道294号を経由して約30分。同公園に駐車場あり。小堀の渡しは水曜運休。問い合わせは、取手市水とみどりの課(電)0297・74・2141。

全国少年少女レスリングで西小6年銅メダル

土曜日, 8月 6th, 2016

散歩道 レスリング高野さん銅メダル 

毎日新聞2016年8月5日 

 取手市立取手西小6年、高野航成さん(12)が全国少年少女レスリング選手権大会男子6年・34キロ級で銅メダルを獲得。2日に市役所で藤井信吾市長に報告した。藤井市長は「活躍を喜んでいる。技に磨きをかけ、ますます頑張ってほしい」とたたえた。大会は東京・国立代々木競技場第1体育館で7月に開催。同階級には30人が出場した。「タックルが早い吉田沙保里のように強くなってオリンピックに出て優勝したい」と抱負を語った

取手市 受益者の手数料・使用料見直しへ

木曜日, 8月 4th, 2016

常陽新聞2016年8月4日

 取手市は「手数料、使用料における受益者負担のあり方に関する基本方針」を策定し、公表した。今後、この基本方針に基づいて手数料・使用料の見直しを進めるという。  基本方針では、▽コスト計算による算定方法の明確化▽公費負担と受益者負担の負担割合の明確化▽減額・減免の対象の限定▽定期的な負担の検証と見直しの実施―の4点を柱に据えている。