朝日新聞20130227
お蔭様で「ゆめあかりびと」50人を超えました。
目標100名です。m(__)m
女の気持ち 母の絵手紙 毎日新聞 2013年02月23日
わが家の記念日に母からの絵手紙がいつも届く。家族の誕生日、入学式、結婚記念日……。一番印象に残っているのは、何年も前の母の日に届いたはがきだ。かれんな花を繊細に描く母には珍しく、淡いピンクのカーネーション1輪がはがきからはみ出るように描かれ、母の大きな愛を感じた。「母から母へ母の日のプレゼント、子育てがんばって」という言葉が添えられていた。時にヘトヘトになりながら、無我夢中で子育てしている私には、何よりもうれしいプレゼントだった。
そして、もう1枚が長男の誕生日に届いたはがき。その頃、息子は受験生で、あまりにも無謀と思える将来の夢に、周りの大人は手放しで応援できなかった。母からのはがきには、優しい草花とともに、「あなたの夢は私の夢、がんばって」の文字。孫に向けた最高のエールだった。息子は感動し、しばらくながめたあと、はがきを手に「うん」と小さくうなずいた。今、息子は希望の学校に進学し、夢を目標に変えて日々がんばっている。
だが、どうしたものか、絵手紙というものは、楽しく読んでながめて電話をして満足してしまい、一度も返事を書いたことがない。家族は皆、どれだけ心を温めてもらったのかわからないというのに。
母が毎日、楽しみに読んでいる本欄にこの文が載ったら、母はどんなにびっくりするだろう。福島で、明るく元気にがんばっている母に、今度は私からエールを送りたい。
がんばっペン:生きた郷土史に乾杯 毎日新聞 2013年02月21日
独学で習得したパソコンを駆使して、県内を中心にくまなく歩き郷土史「利根町歩きある記」(全7冊)を出版した利根町布川の仁平正夫さん(77)が、今度は8冊目となる「小さな旅の見聞録」と9冊目になる「利根町歩きある記」を立て続けに編集し出版した。
「利根町歩きある記」は地域の歴史や観光資源などを紹介した郷土史。仁平さんは「自分も楽しみながら見聞し出版しました」とあくまでも謙虚だが、撮影した四季折々のカラー写真と軽快な文章は、素人とは思えぬ素晴らしい出来栄えだ。
郷土史を書き始めたのは、病後のリハビリで散歩を始めたのがきっかけだった。昔から写真が好きで、カメラをぶら下げて、先祖の墓地がある栃木県下野市などに年数回、墓参している。その際、神社や仏閣などとともにさりげなく咲いている草花などを撮りためて、1冊にまとめた。
仁平さんは「制約を自分に課すことなくパソコンに向かっています」と照れるが、誰にでも分かりやすいように簡潔な文章で記されており、無駄な修飾語がなく、出色の出来栄えだ。「長い書き物をするのは、初めてでした」と謙遜する。リハビリが産んだ「生きた郷土史」に乾杯する
第85回センバツ:県南部毎日会が常総学院を激励 試合球など贈呈 毎日新聞 2013年02月16日
第85回記念選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)に出場する常総学院を激励するため、県南・県西地区の毎日新聞販売店でつくる「県南部毎日会」の小沼一雄会長、池内仁副会長、阿部久義幹事長の3人が15日、土浦市中村西根の同校体育館を訪れ、野球部に試合球2ダースなどを贈呈した。
小沼会長は「ずば抜けて大きい選手がいない中、強いのはそれぞれの中身が濃いからでしょう。甲子園ではベストを尽くして優勝目指して頑張ってください」と激励。内田靖人主将(2年)は「いただいたボールを有効に使って、甲子園に向かって練習していきたい」と意気込んだ。ボールはシートバッティングなどの実戦練習に使うという。
東京新聞より
新町の利根川で、市立白山小学校の児童約二百十人が、サケの稚魚約千二百匹を放流した。
サケの放流は、生命の尊さと生き物への思いやりを学んでもらうのが目的。参加した三年生から六年生までの児童たちが飼育してきた体長約五センチの稚魚を入れた瓶を手に「大きくなって戻ってきてね」など声をかけながら放流した。
取手ひなまつり map128坂本呉服店
御殿飾り雛:震災で日の目 蔵片付け中、偶然発見 取手の呉服店、店内に展示 茨城
毎日新聞 2013年02月08日
取手市藤代の老舗呉服店「坂本呉服店」で、78年前の新聞にくるまれた珍しい雛(ひな)人形「御殿飾り雛」が見つかった。東日本大震災で被災した蔵の片付けをしていた社長の坂本泰之さん(43)が偶然発見した。日本玩具博物館(兵庫県姫路市)によると「昭和30年代には姿を消した貴重な雛人形」といい、近所でも「社(やしろ)に入っている雛人形は初めて見た」などと評判になっている。同市では14日から「取手ひなまつり」が開催されるが、同店は3月3日まで雛人形を展示する。坂本さんは「震災がなければ日の目を見なかった新しい家宝です。ぜひ見に来てください」と話している。
雛人形は社のような形をした御殿の柱などが別々に分解され、桐箱に収められていた。不思議に思い、別の桐箱を開けたところ「親王」や「三人官女」「五人囃子(ばやし)」などが次々に見つかったという。雛人形をくるんだ新聞は、1935(昭和10)年発行の赤茶色に変色した東京日日新聞(現在の毎日新聞)で、欄外には「昭和十年九月十六日」の日付が印字されており少なくとも78年前の雛人形と推察されるという。坂本さんの母郷子さん(68)は「叔母が長女を出産した際に、実家からお祝いに届けられた人形だと思います。東京のデパートで買い求めたと聞いていました」と当時を思い出し懐かしそうに話した。
雛人形を飾る段は残っていないが、元々は「七段飾り」だったと見られ、人形の顔などはほとんど無傷で、優雅な顔立ちをしている。坂本さんの妻美由紀さん(36)は「とても品がある雛人形で、大切にしたい」と話している。問い合わせは同店(0297・82・2002)。