Archive for the ‘記事’ Category

取手市野々井白山神社で行われた「おびしゃ」

火曜日, 1月 17th, 2012
豊作願い 取手で「おびしゃ」開催 ~産経新聞20110116~
利根川沿いで新年の農村の神事として伝わる「おびしゃ」が15日、取手市野々井の白山神社で行われ、今年の豊作を祈願した。
おびしゃは、「御歩射(おぶしゃ)」がなまったものといわれ、馬に乗って弓を射る「流鏑馬(やぶさめ)」に対し、立つか座って弓を射て、その年の豊作や凶作を占うもの。
この日は、野々井地区の住民約40人が見守るなか、境内2カ所で、神主が害鳥に見立てたカラスの絵が描かれた的や空に向かって弓を放ち、的中のたびに歓声が上がった。

豊作願い 取手で「おびしゃ」開催 ~産経新聞20110116~

利根川沿いで新年の農村の神事として伝わる「おびしゃ」が15日、取手市野々井の白山神社で行われ、今年の豊作を祈願した。

おびしゃは、「御歩射(おぶしゃ)」がなまったものといわれ、馬に乗って弓を射る「流鏑馬(やぶさめ)」に対し、立つか座って弓を射て、その年の豊作や凶作を占うもの。

この日は、野々井地区の住民約40人が見守るなか、境内2カ所で、神主が害鳥に見立てたカラスの絵が描かれた的や空に向かって弓を放ち、的中のたびに歓声が上がった。

五穀豊穣など祈る 取手の神社で神事 ~東京新聞20120116~

取手市野々井の白山神社で十五日、子孫繁栄を願う「もっくり、しゃっくり」と五穀豊穣(ほうじょう)を祈願する「おびしゃ」の神事があった。

拝殿では、裃(かみしも)に帯刀姿の男児が二組に分かれ、大人たちの「もっくり、しゃっくり、ずーい」の掛け声に合わせてお神酒をささげると、神職が混ぜ合わせて飲み干し、子孫繁栄を祈願した。

続いて境内で、神職が上空とカラスを描いた的を目がけて八本の矢を放つ「おびしゃ」が行われた。矢や的を手にすると「豊作間違いなし」の伝えがあり、氏子たちは先を争うように拾っていた。

取手にサッカー場を 県と市に建設要望

火曜日, 1月 17th, 2012
取手市少年少女サッカー連盟:取手にサッカー場を 県と市に建設要望 /茨城
「取手市少年少女サッカー連盟」(山本康樹会長、約450人)が16日、少年サッカー場を同市に建設するよう求める要望書を、6051人の署名を添え、県と市に提出した。藤井信吾市長は「県と協議し前向きに検討する」と応えた。
要望書は、取手市には少年サッカー場がなく、試合会場の確保が困難なので、北浦川緑地公園に整備中の広場をサッカー場として整備。雨天でも使用できる人工芝で、照明設備を完備してほしい--などとなっている。
取手市は鹿島アントラーズと柏レイソルの本拠地の中間点に位置し、子供から大人までサッカー熱は高い。山本会長は「公式戦で大人が使えるサッカー専用コート(105メートル×68メートル)を設けてほしい」と話した。藤井市長は「市内初の公式サッカー場の設置になるので全力で取り組みたい」と述べた。

取手市少年少女サッカー連盟:取手にサッカー場を 県と市に建設要望 ~毎日新聞20120117~

「取手市少年少女サッカー連盟」(山本康樹会長、約450人)が16日、少年サッカー場を同市に建設するよう求める要望書を、6051人の署名を添え、県と市に提出した。藤井信吾市長は「県と協議し前向きに検討する」と応えた。

要望書は、取手市には少年サッカー場がなく、試合会場の確保が困難なので、北浦川緑地公園に整備中の広場をサッカー場として整備。雨天でも使用できる人工芝で、照明設備を完備してほしい--などとなっている。

取手市は鹿島アントラーズと柏レイソルの本拠地の中間点に位置し、子供から大人までサッカー熱は高い。山本会長は「公式戦で大人が使えるサッカー専用コート(105メートル×68メートル)を設けてほしい」と話した。藤井市長は「市内初の公式サッカー場の設置になるので全力で取り組みたい」と述べた。

曇り空 今日のダイヤモンド富士はお預け

月曜日, 1月 16th, 2012

書類の締切で頭がいっぱいで

お楽しみ ダイヤモンド富士の撮影をすっかり忘れていました(笑)

撮影された方の写真が新聞に掲載されて嬉しくなりました

さもない楽しみの一つです

~朝日新聞20120116~

取手から見る「ダイヤモンド」
2012年01月16日
沈む太陽が山頂にかかった「ダイヤモンド富士」
富士山頂に太陽が重なる「ダイヤモンド富士」を、取手市の石毛和則さん(81)が13日夕、カメラに収めた。写真愛好家の仲間から「きょう、あすが見ごろ」と教えられ、同市野々井にある7階建ての「Mビル」の踊り場に向かった。大気が澄み、撮影に成功したときは、思わず「やったー」と拳を握ったという。

取手から見る「ダイヤモンド」

富士山頂に太陽が重なる「ダイヤモンド富士」を、取手市の石毛和則さん(81)が13日夕、カメラに収めた。写真愛好家の仲間から「きょう、あすが見ごろ」と教えられ、同市野々井にある7階建ての「Mビル」の踊り場に向かった。大気が澄み、撮影に成功したときは、思わず「やったー」と拳を握ったという。

a-20110116

Dr.中川のがんの時代を暮らす

日曜日, 1月 15th, 2012
Dr.中川のがんの時代を暮らす:21 「人日の節句」に思う
お正月のごちそうやお酒で胃腸の調子がよくない、という読者の人も少なくないかもしれませんが、そろそろ、おとそ気分から抜け出さないといけません。
昔の日本人にも、正月に食べ過ぎた人は多かったのでしょう。松の内が明ける1月7日の朝に、おせち料理とは打って変わって質素な「七草粥(がゆ)」を食べる風習が、江戸時代に広がりました。もともとは中国から伝わったものだそうですが、正月中のごちそうによる胃の負担をやわらげてくれますし、青菜はビタミンが豊富で、栄養バランスを整える効果もあります。野菜はがんを予防しますし、動物実験でも飽食状態のネズミは長生きできないというデータがありますから、理にかなった生活の知恵といえるでしょう。
1月7日は「人日の節句」とも呼ばれ、江戸時代に定められた五節句の一つです。他に桃の節句(3月3日)、端午の節句(5月5日)、七夕の節句(7月7日)、重陽の節句(9月9日)があります。1月7日は文字通り「人の日」で、過去1年の厄払いをして、新しい1年の無病息災と招福、長寿を願う日とされます。
七草粥のせいではないでしょうが、日本人は、男女あわせた平均寿命が83歳と、世界一の長生きになりました。幕末の日本人の平均寿命は40歳程度でしたから、明治以来の140年あまりで、平均寿命は2倍以上となったわけです。
私たち日本人は、古来の「長寿の願い」を実現しましたが、がんを急増させることにもなりました。世界一の長寿と引き換えに、日本は世界一の「がん大国」となったといえます。
がん細胞は、DNAに傷が積み重なることによって細胞が「不死化」したものですから、毎日発生するがん細胞の数は年齢とともに増えます。免疫細胞が、毎日できるがん細胞を水際で殺してくれていますが、この免疫力は年齢とともに衰えます。がんは一種の老化現象のため、高齢化が進むほど、がん患者は増えるわけです。
65歳以上が人口全体に占める割合は、現在23%程度ですが、2025年は3割、55年には4割を超えると予想されます。つまり、私たち日本人は、国民の過半数が、がんを経験する「がんの時代」を迎えることになります。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:22 「人生の仕上げ」の時間
北朝鮮の金正日総書記が先月17日に急死し、大きなニュースとなりました。父親の金日成主席と同じ心筋梗塞(こうそく)が死因と伝えられています。しかし、予期せぬ死だったため、20代後半とされる金正恩氏への政権のバトンタッチは薄氷を踏むかのようです。
伝えられている通りであれば、金総書記の死は「ピンピンコロリ」、日本人にとっても「理想的な死に方」と言われます。がんで長く苦しむより、直前までピンピン元気でコロリと息を引き取りたいというわけです。確かに、最期まで死を全く意識せずに生きることはできますが、これでは亡くなる本人も、残される周囲も「準備」ができません。
一方、がんであっても、心身の苦痛を取り去る「緩和ケア」を適切に行えば、亡くなる直前まで普通に暮らすことが可能になります。さらに、がんという病気が患者の皆さんの人生をより深めてくれるようにも思います。これは、がん患者の皆さんの死生観を調査した僕の研究結果でも明らかになっています。
がんの場合、「もう治らない」と分かってからも、年単位の時間が残ります。逆に言えば、がんによって「予見される死」は、「人生の仕上げ」の時間を与えてくれるといえます。
昨年10月に膵臓(すいぞう)がんで亡くなったスティーブ・ジョブズ氏は、最初の手術を受けた1年後の2005年に、米スタンフォード大で有名な講演をしました。
「私は毎朝、もし今日が人生最後の日だとしても、今からやろうとしていることをするだろうかと自問する。もし、『ノー』の日が続くなら、生き方を見直す必要がある。死を思うことが、重大な決断を下すときに一番役立つ。なぜなら、希望やプライド、失敗への不安などは、すべて死の前には何の意味もなさないからだ」
ジョブズ氏は、亡くなる前日も、現最高経営責任者のティム・クック氏と電話で次期製品の打ち合わせをしたと言います。死に向き合いながらも、やりたいことを続けたその生きる姿勢が、一度は倒産の危機にひんしたアップル社を、時価総額世界一に導いたのだと思います。がんという病気になったことも、彼に世界を変える力を与えたのだと確信しています。

Dr.中川のがんの時代を暮らすは、毎日新聞日曜日に連載中です。

Dr.中川のがんの時代を暮らす:21 「人日の節句」に思う

お正月のごちそうやお酒で胃腸の調子がよくない、という読者の人も少なくないかもしれませんが、そろそろ、おとそ気分から抜け出さないといけません。

昔の日本人にも、正月に食べ過ぎた人は多かったのでしょう。松の内が明ける1月7日の朝に、おせち料理とは打って変わって質素な「七草粥(がゆ)」を食べる風習が、江戸時代に広がりました。もともとは中国から伝わったものだそうですが、正月中のごちそうによる胃の負担をやわらげてくれますし、青菜はビタミンが豊富で、栄養バランスを整える効果もあります。野菜はがんを予防しますし、動物実験でも飽食状態のネズミは長生きできないというデータがありますから、理にかなった生活の知恵といえるでしょう。

1月7日は「人日の節句」とも呼ばれ、江戸時代に定められた五節句の一つです。他に桃の節句(3月3日)、端午の節句(5月5日)、七夕の節句(7月7日)、重陽の節句(9月9日)があります。1月7日は文字通り「人の日」で、過去1年の厄払いをして、新しい1年の無病息災と招福、長寿を願う日とされます。

七草粥のせいではないでしょうが、日本人は、男女あわせた平均寿命が83歳と、世界一の長生きになりました。幕末の日本人の平均寿命は40歳程度でしたから、明治以来の140年あまりで、平均寿命は2倍以上となったわけです。

私たち日本人は、古来の「長寿の願い」を実現しましたが、がんを急増させることにもなりました。世界一の長寿と引き換えに、日本は世界一の「がん大国」となったといえます。

がん細胞は、DNAに傷が積み重なることによって細胞が「不死化」したものですから、毎日発生するがん細胞の数は年齢とともに増えます。免疫細胞が、毎日できるがん細胞を水際で殺してくれていますが、この免疫力は年齢とともに衰えます。がんは一種の老化現象のため、高齢化が進むほど、がん患者は増えるわけです。

65歳以上が人口全体に占める割合は、現在23%程度ですが、2025年は3割、55年には4割を超えると予想されます。つまり、私たち日本人は、国民の過半数が、がんを経験する「がんの時代」を迎えることになります。

Dr.中川のがんの時代を暮らす:22 「人生の仕上げ」の時間

北朝鮮の金正日総書記が先月17日に急死し、大きなニュースとなりました。父親の金日成主席と同じ心筋梗塞(こうそく)が死因と伝えられています。しかし、予期せぬ死だったため、20代後半とされる金正恩氏への政権のバトンタッチは薄氷を踏むかのようです。

伝えられている通りであれば、金総書記の死は「ピンピンコロリ」、日本人にとっても「理想的な死に方」と言われます。がんで長く苦しむより、直前までピンピン元気でコロリと息を引き取りたいというわけです。確かに、最期まで死を全く意識せずに生きることはできますが、これでは亡くなる本人も、残される周囲も「準備」ができません。

一方、がんであっても、心身の苦痛を取り去る「緩和ケア」を適切に行えば、亡くなる直前まで普通に暮らすことが可能になります。さらに、がんという病気が患者の皆さんの人生をより深めてくれるようにも思います。これは、がん患者の皆さんの死生観を調査した僕の研究結果でも明らかになっています。

がんの場合、「もう治らない」と分かってからも、年単位の時間が残ります。逆に言えば、がんによって「予見される死」は、「人生の仕上げ」の時間を与えてくれるといえます。

昨年10月に膵臓(すいぞう)がんで亡くなったスティーブ・ジョブズ氏は、最初の手術を受けた1年後の2005年に、米スタンフォード大で有名な講演をしました。

「私は毎朝、もし今日が人生最後の日だとしても、今からやろうとしていることをするだろうかと自問する。もし、『ノー』の日が続くなら、生き方を見直す必要がある。死を思うことが、重大な決断を下すときに一番役立つ。なぜなら、希望やプライド、失敗への不安などは、すべて死の前には何の意味もなさないからだ」

ジョブズ氏は、亡くなる前日も、現最高経営責任者のティム・クック氏と電話で次期製品の打ち合わせをしたと言います。死に向き合いながらも、やりたいことを続けたその生きる姿勢が、一度は倒産の危機にひんしたアップル社を、時価総額世界一に導いたのだと思います。がんという病気になったことも、彼に世界を変える力を与えたのだと確信しています。

つくば市古民家で味わうエスニック料理「塩梅」

日曜日, 1月 15th, 2012

塩梅って好きな言葉です

調べたらいろんな意味がありそうです

茨城新聞日曜版テイストに紹介された、つくば市古民家で味わうエスニック料理「塩梅

完全予約制の野菜を中心にしたお店です

「まぁ ^ ^*好み(爆)」

~茨城新聞20120115~

 塩梅

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伝統行事 

土曜日, 1月 14th, 2012

西風が強く吹くさむーい1日でした

元気に駆け回る人々に圧倒されました

第45回とりで利根川たこ揚げ大会

とりで利根川たこ揚げ大会

とりで利根川たこ揚げ大会

とりで利根川たこ揚げ大会

市内各地でどんど焼きが行われました

第42回とりで利根川たこ揚げ大会や野々井地区あわんとり・相馬第3地区あわのとり

明日は、戸頭地区あわんとり(戸頭公園)も行われます

知らないだけであちらこちらで伝統行事が行われています

微妙に言い回しが違うので混乱してしまいます

下高井地区あわんとりにはだるま屋さんも出店準備中

下高井あわんとり (5)

下高井あわんとり (6)

下高井あわんとり

下高井あわんとり (3)

下高井あわんとり (4)

無病息災 炎に祈る 茨城
2012.1.15 02:41
小正月の行事として全国的に行われているどんど焼きをメーンにした「どんどまつり」が14日、取手市取手の利根川河川敷にある取手緑地運動公園で開かれ、市民らが1年間の無病息災などを祈願しながら餅を焼いて食べた。
どんど焼きは、青竹などでやぐらを作り、正月飾りなどを燃やし、その火で餅を焼いて食べ、無病息災や五穀豊穣(ほうじょう)を祈る民間伝承行事。同公園には、正月飾りなどが高さ約8メートルに積み上げられ、藤井信吾市長が点火すると一気に炎が上がった。火の勢いが収まると、市民らが餅を刺した長さ約3メートルのシノ竹を火にかざして餅を焼いていた。

無病息災 炎に祈る ~産経新聞20120115~

小正月の行事として全国的に行われているどんど焼きをメーンにした「どんどまつり」が14日、取手市取手の利根川河川敷にある取手緑地運動公園で開かれ、市民らが1年間の無病息災などを祈願しながら餅を焼いて食べた。

どんど焼きは、青竹などでやぐらを作り、正月飾りなどを燃やし、その火で餅を焼いて食べ、無病息災や五穀豊穣(ほうじょう)を祈る民間伝承行事。同公園には、正月飾りなどが高さ約8メートルに積み上げられ、藤井信吾市長が点火すると一気に炎が上がった。火の勢いが収まると、市民らが餅を刺した長さ約3メートルのシノ竹を火にかざして餅を焼いていた。

行方商工会もち麦使用「ケーク・サレ」開発

土曜日, 1月 14th, 2012

^ ^*がケークサレを知ったのは1年ほど前

「なんてお洒落なお菓子?なの」

行方商工会の勢いはとどまるところを知らないね

~茨城新聞20120113~

i-20120113

嬉しかった記事 毎日新聞1月10日

土曜日, 1月 14th, 2012

m-20120110

シリーズ3作目、3D上映、三丁目にちなみ「333」

金曜日, 1月 13th, 2012

堀北真希 3000万円“飛行機雲”に「感動」 ~スポニチ20120113~

俳優の吉岡秀隆(41)、女優の堀北真希(23)らが12日、都内で出演映画「ALWAYS 三丁目の夕日’64」(監督山崎貴、21日公開)のPRイベントに出席した。

イベントでは、東京タワー上空に3機の飛行機を飛ばし、飛行機雲で文字を描く「スカイライティング」が披露された。シリーズ3作目、3D上映、三丁目にちなみ「333」の文字が空に浮かび上がると、堀北は「感動しました」と喜んだ。

同作は、東京五輪が開かれた64年を舞台にした物語。当時実際に五輪マークを描くスカイライティングが行われ、劇中にも登場する。山崎監督は「(映画では)CGで作ったけど、本物にはかなわない」と話した。過去30年で8割以上が晴れというこの日を選んで開催された。費用は約3000万円掛かったという。

い年でなかった。今年はいい年になる予感がするし、ぜひいい年になってほしい」と願っていた。

シリーズ3作目、3D上映、三丁目にちなみ「333」の文字

裏側からみた「333」

ダイヤモンド筑波山 結城から

金曜日, 1月 13th, 2012
双峰から日の出、130人楽しむ 結城で「ダイヤモンド筑波山」
筑波山の二つの峰の間から昇る「ダイヤモンド筑波山」を見ようと、結城市松木合の結城ガーデン(多田和夫社長)は12日早朝、「日の出を見る会」を開き、水戸市や栃木県日光市などからも詰め掛けた参加者約130人が神秘的な日の出を楽しんだ。
毎年この時期、結城市北部からは、筑波山の男体山と女体山の間から朝日が昇る光景を見ることができるという。結城ガーデンでは十数年前から多くの人にダイヤモンド筑波山を見てもらいたいと同会を開き、口コミで広まってきた。
筑波山周辺の空は夜明けが近づくとともに朱色に染まり、午前7時5分ごろ、男体山と女体山の真ん中付近から太陽が顔を出すと、集まった人たちは神秘的な日の出の光景を喜び、「こんなに天気のいい日はなかった。雲もなく拝めたのは4年ぶりだ」と話していた。
多田社長は「今年はとてもいい日の出拝めた。去年は東日本大震災が発生し、3年間はあまりいい年でなかった。今年はいい年になる予感がするし、ぜひいい年になってほしい」と願っていた

双峰から日の出、130人楽しむ 結城で「ダイヤモンド筑波山」 ~茨城新聞20120113~

i-20120113

筑波山の二つの峰の間から昇る「ダイヤモンド筑波山」を見ようと、結城市松木合の結城ガーデン(多田和夫社長)は12日早朝、「日の出を見る会」を開き、水戸市や栃木県日光市などからも詰め掛けた参加者約130人が神秘的な日の出を楽しんだ。

毎年この時期、結城市北部からは、筑波山の男体山と女体山の間から朝日が昇る光景を見ることができるという。結城ガーデンでは十数年前から多くの人にダイヤモンド筑波山を見てもらいたいと同会を開き、口コミで広まってきた。

筑波山周辺の空は夜明けが近づくとともに朱色に染まり、午前7時5分ごろ、男体山と女体山の真ん中付近から太陽が顔を出すと、集まった人たちは神秘的な日の出の光景を喜び、「こんなに天気のいい日はなかった。雲もなく拝めたのは4年ぶりだ」と話していた。

多田社長は「今年はとてもいい日の出拝めた。去年は東日本大震災が発生し、3年間はあまりいい年でなかった。今年はいい年になる予感がするし、ぜひいい年になってほしい」と願っていた