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取手市立永山小学校 新校舎で授業再開

木曜日, 1月 12th, 2012
木の香り漂う校舎で新学期 茨城・取手市立永山小
2012.1.11 02:19
木の香りが漂う新校舎で3学期が始まった永山小=取手市下高井(石田努撮影)
県内のほとんどの小中学校で10日、3学期が始まり、取手市下高井の市立永山小(米山正彦校長)では昨年12月に完成した県産材を使った新校舎での授業開始となった。
同小校舎は築49年が経過して老朽化し、平成22年から建築を進めていた新校舎が昨年12月14日に完成した。同時に校舎に隣接して子どもクラブとコミュニティースペースも新築。今後は体育館の改築などを行って25年度末に完成の予定。
新校舎は、鉄筋コンクリート3階建て、延べ床面積約5700平方メートル。県産材をふんだんに使い、各教室の隣には教室と同規模の広さのオープンスペースを設けた。また、吹き抜け空間などを設けて自然光による明るさと暖かさを取り込むようになっている。
児童たちが木の香りがする教室やオープンスペースで楽しそうに勉強を開始。6年生の男子児童は「気持ちがいい。いい思い出になります」と話していた。

木の香り漂う校舎で新学期 茨城・取手市立永山小 ~産経新聞20120112~

県内のほとんどの小中学校で10日、3学期が始まり、取手市下高井の市立永山小(米山正彦校長)では昨年12月に完成した県産材を使った新校舎での授業開始となった。

同小校舎は築49年が経過して老朽化し、平成22年から建築を進めていた新校舎が昨年12月14日に完成した。同時に校舎に隣接して子どもクラブとコミュニティースペースも新築。今後は体育館の改築などを行って25年度末に完成の予定。

新校舎は、鉄筋コンクリート3階建て、延べ床面積約5700平方メートル。県産材をふんだんに使い、各教室の隣には教室と同規模の広さのオープンスペースを設けた。また、吹き抜け空間などを設けて自然光による明るさと暖かさを取り込むようになっている。

児童たちが木の香りがする教室やオープンスペースで楽しそうに勉強を開始。6年生の男子児童は「気持ちがいい。いい思い出になります」と話していた。

茨城県 青果物、8年連続で全国一

木曜日, 1月 12th, 2012
青果物、8年連続で全国一
東京都中央卸売市場で本県産取扱高
東京都中央卸売市場で、2011年の本県産青果物取扱高(金額)が前年に比べ94億円減少したものの、458億円で8年連続の全国1位となった。東日本大震災や福島第1原発事故の影響などから、春レタスやホウレンソウ、みず菜などの取扱高が減少した。
本県の青果物取扱高は458億円で、市場全体(9市場)の取扱高4946億円の9・2%(前年比1・3%減)を占めた。2位の千葉県の取扱高との差は前年の110億円から50億円と縮小した。
取扱数量は10年に初めて千葉県を抜いて全国一となったが、前年に比べ1568㌧減少の22万4547㌧で、11年は2位に後退した。1位の千葉県は前年比で7912㌧増やし、23万932㌧だった。
主に増加した品目は、イチゴ類が前年比2・6%増の27億円、ミニトマトが13・2%増の7億円、こだますいかが11・0%増の6億円、ナガナスが15・5%増の4億円―などとなっている。
一方、減少した品目は、レタス類35・9%減の31億円、ハクサイ23・2%減の29億円、みず菜25・9%減の21億円、ホウレンソウ42・5%減の10億円―となっている。

青果物、8年連続で全国一  ~常陽新聞20120112~

東京都中央卸売市場で本県産取扱高

東京都中央卸売市場で、2011年の本県産青果物取扱高(金額)が前年に比べ94億円減少したものの、458億円で8年連続の全国1位となった。東日本大震災や福島第1原発事故の影響などから、春レタスやホウレンソウ、みず菜などの取扱高が減少した。

本県の青果物取扱高は458億円で、市場全体(9市場)の取扱高4946億円の9・2%(前年比1・3%減)を占めた。2位の千葉県の取扱高との差は前年の110億円から50億円と縮小した。

取扱数量は10年に初めて千葉県を抜いて全国一となったが、前年に比べ1568㌧減少の22万4547㌧で、11年は2位に後退した。1位の千葉県は前年比で7912㌧増やし、23万932㌧だった。

主に増加した品目は、イチゴ類が前年比2・6%増の27億円、ミニトマトが13・2%増の7億円、こだますいかが11・0%増の6億円、ナガナスが15・5%増の4億円―などとなっている。

一方、減少した品目は、レタス類35・9%減の31億円、ハクサイ23・2%減の29億円、みず菜25・9%減の21億円、ホウレンソウ42・5%減の10億円―となっている。

母ちゃんお誕生日おめでとう

水曜日, 1月 11th, 2012

値段  ~産経新聞朝の詩20120111~

卵百五十円

キャベツ八十円

豚肉三百八十円

人間の都合で

値段をつけられた命が

スーパーに並んでいる

それらを食べる

わたしには

いくらの価値がありますか?

母の誕生日

娘と電話をかける

「お誕生日おめでとう」

案の定

誕生日か?

「だよ」

今夜は全員そろわないので明日お祝いしようね~

それぞれにプレゼント探しに必死(笑)

一緒に過ごせる瞬間が何よりのプレゼントなのだと思います

茨城新聞日曜版テイストより

水曜日, 1月 11th, 2012

コーヒーファクトリーたつデザインカプチーノ

流石です コーヒーファクトリーのデザインカプチーノ

作ったのは、バリスタの古橋見洋さん

時間帯にっては目の前で作ってくれることもあります。

たつのバリエーションや鏡餅デザインで正月気分満喫できそう

弟子入りしたい(笑)

茨城新聞日曜版テイスト1月8日

気仙沼市の海岸では、津波によって枝の一部が流された松の木が、

ことしのえとの「辰(たつ)」のように見えると話題になっています NHK ブログにULされた画像

北極海の氷が消滅したら・・・

月曜日, 1月 9th, 2012

石原慎太郎さんのエッセイから ~産経新聞 日本よ 20120109~

昔々一休和尚は、正月には杖の柄の先に骸骨を載せて辻説法をし、「正月は冥土への道の一里塚」と説いたそうだが、年の明けた今昨年暮れのある出来事を思い返すと新年早々縁起でもない話だが、やはりこの地球は間もなく滅びるような気がする。昨年十二月のダーバンでのCO2に関する世界会議の体たらくはどういうことなのか。会議を延長して得られた合意とは、重病の病人に手当てをしないことへの合意としかいいようない。
地球温暖化の元凶であるCO2の多量排出国であるアメリカ、シナ、インドの三国がごねた末のごね得の所産以外の何ものでもありはしない。彼らが納得するための案を今後四年かかって二〇一五年に作成し、それをさらにその五年先に稼働させるという決定が何の足しにもなりはしないことは自明であって、その間、これから九年の間温暖化は加速されて進み、異常気象は最早異常なものではなしに正常なものとなっていく、いや既になっている。
昨年日本やタイを襲った豪雨禍やアメリカ東部の豪雪など枚挙に暇のない自然災害は、想定外のものではなしに至極当然のことでしかない。世界中の氷は溶け続け、NASAのハンセン教授の予測通り北極海の氷も後十年わずかで消滅するだろう。
それによって大洋は水かさを増し続け、増えた水は地球の自転の遠心力で赤道付近に集まり、ツバルのような砂州国家は水没し、他の島々も海水で浸食され海浜の破壊は続けられる。増えた水は当然その分だけ以前に増して蒸発して陸地に注がれ、従来に増した降雨降雪となって災害をもたらすというごくごく当たり前の循環の変化でしかありはしない。
そして、今まで何度となく引用してきた、私が四十年前東京での講演で聞いた天才宇宙学者ホーキングの予言、「地球のように文明の進んだ惑星は宿命として自然の循環が狂い、この地球もまた宇宙時間からすれば瞬間的に、地球時間からすればおよそ百年ほどでその生命体は消滅するだろう」という言葉が恐ろしい余韻で思いおこされる。
福田和也氏の名論文『なぜ日本人はかくも幼稚になったのか』の中の至言として「幼稚な人間とはIQが低いとか常識がないということではなしに、何が肝心かが分からぬ、そして肝心なことについて考えようとしない者だ」とあったが、自らの存在の基盤であるこの地球という天体が、宇宙原理のもたらす氷河期などという巨きなサイクルなどとは関わりなしに、人間自身がもたらした文明の進展の結果損なわれ、自らの、あるいは子孫の生命が損なわれようとしているのに、それを左右する最も肝心なことについて、さまざまな利害損得にかまけて考えようとしないのはまさに恐るべき幼稚さとしかいいようない。
その生命の存在をも否定しかねない幼稚さの所以とは、文明が育んだ人間たちの我欲に他ならない。世界が物理的時間的に狭小となり、情報を氾濫させる文明の中で、周囲を相対的に意識することで人間や国家の我欲は増幅され抑制が効かなくなる。それは人間の発想を狭めて目先の利益を求め大局の把握を阻害してしまい、昨年末のあのダーバンの国際会議での虚ろな結論をもたらすことにもなる。
COP会議に限らず、先進国の最高首脳が集うサミットでも、この地球をいかに救うか、あるいは見捨てるのかという問題が真剣に討論されたことなどありはしない。過去三年間、サミットの後各国のスポークスマンは口を濁しながら、それでも半歩は前進したと口を揃えて唱えてきた。三年かかって一歩半という進展?が、刻一刻進んでいる温暖化による地球の毀損を防ぎ得ないのは自明のことなのに。
過去の歴史を振り返れば、人間の欲望はさまざまな創意によって文明の進歩をもたらし先進国には豊穣な生活を育みはした。その収穫の平均化を、かつては収奪に晒されてきた途上国が求めるのは当然だろうし、それは新しい歴史のうねりとして許容されるべきだろうが、然し実は我々の生命的存在がこの今、互いの間である譲歩がなされなければ、国家の我欲の相剋の中で時間は空費され我々の生命的存在はツバルの海岸線を浸食している海水のように蝕まれ、予想よりも早い終末を迎えることになりかねまい。
昔読んだ外国の有名な宇宙小説に、宇宙全体を管理するいくつかの惑星の生命体たちがもぬけの殻になっている地球にやってきて、この星が実は後僅かで崩壊の危険にさらされているのに気づく。慌てて脱出したその宇宙船は、航海の途中であの地球という星を脱出して他の新しい天体に移住するべく、人間以外の動物も乗せて巨大な宇宙船団を作って飛行中の人間たちに出会って祝福するという筋書きだった。やがて遠い将来のいつかいつかそんなこともあり得るのかなという子供心の関心で読んだが、この今、欲望にかまけて実は幼稚化してしまった人類にはまだとてもその能力もなければ発想もありはしない。
人間にとって、地球にとって今必要なことは、極めて悪しき「肝心なこと」が我々の身近で刻一刻進みつつあるということを真摯に見つめて向かい合うことでしかありはしまい。

昔々一休和尚は、正月には杖の柄の先に骸骨を載せて辻説法をし、「正月は冥土への道の一里塚」と説いたそうだが、年の明けた今昨年暮れのある出来事を思い返すと新年早々縁起でもない話だが、やはりこの地球は間もなく滅びるような気がする。昨年十二月のダーバンでのCO2に関する世界会議の体たらくはどういうことなのか。会議を延長して得られた合意とは、重病の病人に手当てをしないことへの合意としかいいようない。

地球温暖化の元凶であるCO2の多量排出国であるアメリカ、シナ、インドの三国がごねた末のごね得の所産以外の何ものでもありはしない。彼らが納得するための案を今後四年かかって二〇一五年に作成し、それをさらにその五年先に稼働させるという決定が何の足しにもなりはしないことは自明であって、その間、これから九年の間温暖化は加速されて進み、異常気象は最早異常なものではなしに正常なものとなっていく、いや既になっている。

昨年日本やタイを襲った豪雨禍やアメリカ東部の豪雪など枚挙に暇のない自然災害は、想定外のものではなしに至極当然のことでしかない。世界中の氷は溶け続け、NASAのハンセン教授の予測通り北極海の氷も後十年わずかで消滅するだろう。


それによって大洋は水かさを増し続け、増えた水は地球の自転の遠心力で赤道付近に集まり、ツバルのような砂州国家は水没し、他の島々も海水で浸食され海浜の破壊は続けられる。増えた水は当然その分だけ以前に増して蒸発して陸地に注がれ、従来に増した降雨降雪となって災害をもたらすというごくごく当たり前の循環の変化でしかありはしない。

そして、今まで何度となく引用してきた、私が四十年前東京での講演で聞いた天才宇宙学者ホーキングの予言、「地球のように文明の進んだ惑星は宿命として自然の循環が狂い、この地球もまた宇宙時間からすれば瞬間的に、地球時間からすればおよそ百年ほどでその生命体は消滅するだろう」という言葉が恐ろしい余韻で思いおこされる。

福田和也氏の名論文『なぜ日本人はかくも幼稚になったのか』の中の至言として「幼稚な人間とはIQが低いとか常識がないということではなしに、何が肝心かが分からぬ、そして肝心なことについて考えようとしない者だ」とあったが、自らの存在の基盤であるこの地球という天体が、宇宙原理のもたらす氷河期などという巨きなサイクルなどとは関わりなしに、人間自身がもたらした文明の進展の結果損なわれ、自らの、あるいは子孫の生命が損なわれようとしているのに、それを左右する最も肝心なことについて、さまざまな利害損得にかまけて考えようとしないのはまさに恐るべき幼稚さとしかいいようない。

その生命の存在をも否定しかねない幼稚さの所以とは、文明が育んだ人間たちの我欲に他ならない。世界が物理的時間的に狭小となり、情報を氾濫させる文明の中で、周囲を相対的に意識することで人間や国家の我欲は増幅され抑制が効かなくなる。それは人間の発想を狭めて目先の利益を求め大局の把握を阻害してしまい、昨年末のあのダーバンの国際会議での虚ろな結論をもたらすことにもなる。

COP会議に限らず、先進国の最高首脳が集うサミットでも、この地球をいかに救うか、あるいは見捨てるのかという問題が真剣に討論されたことなどありはしない。過去三年間、サミットの後各国のスポークスマンは口を濁しながら、それでも半歩は前進したと口を揃えて唱えてきた。三年かかって一歩半という進展?が、刻一刻進んでいる温暖化による地球の毀損を防ぎ得ないのは自明のことなのに。

過去の歴史を振り返れば、人間の欲望はさまざまな創意によって文明の進歩をもたらし先進国には豊穣な生活を育みはした。その収穫の平均化を、かつては収奪に晒されてきた途上国が求めるのは当然だろうし、それは新しい歴史のうねりとして許容されるべきだろうが、然し実は我々の生命的存在がこの今、互いの間である譲歩がなされなければ、国家の我欲の相剋の中で時間は空費され我々の生命的存在はツバルの海岸線を浸食している海水のように蝕まれ、予想よりも早い終末を迎えることになりかねまい。

昔読んだ外国の有名な宇宙小説に、宇宙全体を管理するいくつかの惑星の生命体たちがもぬけの殻になっている地球にやってきて、この星が実は後僅かで崩壊の危険にさらされているのに気づく。慌てて脱出したその宇宙船は、航海の途中であの地球という星を脱出して他の新しい天体に移住するべく、人間以外の動物も乗せて巨大な宇宙船団を作って飛行中の人間たちに出会って祝福するという筋書きだった。やがて遠い将来のいつかいつかそんなこともあり得るのかなという子供心の関心で読んだが、この今、欲望にかまけて実は幼稚化してしまった人類にはまだとてもその能力もなければ発想もありはしない。

人間にとって、地球にとって今必要なことは、極めて悪しき「肝心なこと」が我々の身近で刻一刻進みつつあるということを真摯に見つめて向かい合うことでしかありはしまい。

産経抄より

月曜日, 1月 9th, 2012
5日付の朝日新聞夕刊の1面トップ記事には驚いた。日本を代表する観光地である栃木県日光市には、毎年首都圏の多くの小学生が修学旅行に訪れる。ところが一部の市民団体が、放射線量への不安を理由に、旅行先の変更や宿の食材の産地公表を求めているという。
これに対して日光市は、下見に訪れた学校教員らに「ご要望があれば関西産の食材も使います」などと説明しているそうだ。地元でとれた野菜を食べ、子供たちを屋外で遊ばせている日光市民がこの記事を読んで、どう思うだろうか。
岩手、宮城両県のガレキの受け入れに反対している一部の団体と根っこは同じだ。こんな動きに理解を示し行政や学校が振り回されていたら、被災地の復興どころか、日本人の分断化が進むばかりではないか。暗澹(あんたん)たる気持ちを引きずったまま週末、若者たちの演説を聴いた。
今年の土光杯は予想通り、ほとんどの弁士が東日本大震災をテーマに取り上げていた。いち早く被災地に駆けつけてボランティアに参加したり、ツイッターの呼びかけで集まり被災者のために何ができるか話し合ったり、現代の若者たちのたくましさには感心させられる。
岩手大学大学院生の松田敬子さん(24)は、真心こめた「もの作り」で海外に打って出ようと訴えて、土光杯に輝いた。震災によって、自らが学ぶ福祉工学の重要性を再認識したという。ただ風評被害や将来のエネルギー問題を含めて、東京電力福島第1原発事故に正面から取り組む弁論が聴けなかったのは、残念だった。
放射線を心配する母親に止められ、被災地行きを断念した弁士がいた。その是非を突き詰めて論じていたら、小欄は最高点を付けたはずだ

~産経新聞20120109~

5日付の朝日新聞夕刊の1面トップ記事には驚いた。日本を代表する観光地である栃木県日光市には、毎年首都圏の多くの小学生が修学旅行に訪れる。ところが一部の市民団体が、放射線量への不安を理由に、旅行先の変更や宿の食材の産地公表を求めているという。

これに対して日光市は、下見に訪れた学校教員らに「ご要望があれば関西産の食材も使います」などと説明しているそうだ。地元でとれた野菜を食べ、子供たちを屋外で遊ばせている日光市民がこの記事を読んで、どう思うだろうか。

岩手、宮城両県のガレキの受け入れに反対している一部の団体と根っこは同じだ。こんな動きに理解を示し行政や学校が振り回されていたら、被災地の復興どころか、日本人の分断化が進むばかりではないか。暗澹(あんたん)たる気持ちを引きずったまま週末、若者たちの演説を聴いた。

今年の土光杯は予想通り、ほとんどの弁士が東日本大震災をテーマに取り上げていた。いち早く被災地に駆けつけてボランティアに参加したり、ツイッターの呼びかけで集まり被災者のために何ができるか話し合ったり、現代の若者たちのたくましさには感心させられる。

岩手大学大学院生の松田敬子さん(24)は、真心こめた「もの作り」で海外に打って出ようと訴えて、土光杯に輝いた。震災によって、自らが学ぶ福祉工学の重要性を再認識したという。ただ風評被害や将来のエネルギー問題を含めて、東京電力福島第1原発事故に正面から取り組む弁論が聴けなかったのは、残念だった。

放射線を心配する母親に止められ、被災地行きを断念した弁士がいた。その是非を突き詰めて論じていたら、小欄は最高点を付けたはずだ

毎日新聞 今日の女の気持

日曜日, 1月 8th, 2012
おめでとう75年 東京都東大和市・近藤恵子(家事手伝い・48歳)
毎日小学生新聞の創刊75年おめでとう。
振り返れば出合いは私が幼稚園児のころ。大人の新聞を読んでいて、分からない漢字があると「この漢字何て読むの」と何度も尋ねるので、働いていた両親はうんざりして、小学生新聞に変えてくれた。4コマ漫画やいろいろな記事、投稿欄があり、毎朝届けられるのが楽しみになった。
作文を書いて投稿したところ、自分の名前が載ったのを見てうれしかったなあ。後日、掲載記念のメダルを学校経由でもらったっけ。作文だけでなく、詩や俳句も投稿し続けた。
記事に載っていた小学生に手紙を書いて文通が始まったり、私の詩が教育映画の原作の一つになり、記者が我が家に取材に来て、新聞に掲載されたこともあった。その時の記者さんとは、年賀状のやり取りが続いていて、人の縁を結んでくれたこともあった。
一人っ子の私にとって「毎小」は自分の居場所の一つだった。いろいろなことを教えてくれ、興味を持って調べる大切さを学んだ。今でも新聞で知ったことを共有したくて、学ぶ・育てる欄の記事などを友人に送っている。
小学校の頃に戻って、また新聞にいろいろ投稿してみようかな。
インターネットで調べれば、すぐに答えが分かる時代に、毎小が続いているのは素晴らしいことだと思う。これからも80歳、100歳の誕生日を迎えていってほしいと願う。

おめでとう75年 ~毎日新聞20120107~

毎日小学生新聞の創刊75年おめでとう。

振り返れば出合いは私が幼稚園児のころ。大人の新聞を読んでいて、分からない漢字があると「この漢字何て読むの」と何度も尋ねるので、働いていた両親はうんざりして、小学生新聞に変えてくれた。4コマ漫画やいろいろな記事、投稿欄があり、毎朝届けられるのが楽しみになった。

作文を書いて投稿したところ、自分の名前が載ったのを見てうれしかったなあ。後日、掲載記念のメダルを学校経由でもらったっけ。作文だけでなく、詩や俳句も投稿し続けた。

記事に載っていた小学生に手紙を書いて文通が始まったり、私の詩が教育映画の原作の一つになり、記者が我が家に取材に来て、新聞に掲載されたこともあった。その時の記者さんとは、年賀状のやり取りが続いていて、人の縁を結んでくれたこともあった。

一人っ子の私にとって「毎小」は自分の居場所の一つだった。いろいろなことを教えてくれ、興味を持って調べる大切さを学んだ。今でも新聞で知ったことを共有したくて、学ぶ・育てる欄の記事などを友人に送っている。

小学校の頃に戻って、また新聞にいろいろ投稿してみようかな。

インターネットで調べれば、すぐに答えが分かる時代に、毎小が続いているのは素晴らしいことだと思う。これからも80歳、100歳の誕生日を迎えていってほしいと願う。

染五郎さんのお誕生日によせて

日曜日, 1月 8th, 2012

105年ぶりに前段上演している河竹黙阿の絶筆『奴凧廓春風 (やっこだこさとのはるかぜ)』で

主演3役と振付も担当している染五郎さん

お正月らしい曽我物でにぎやかに

糸が切れて飛んでいく、未だかってない宙乗りに挑戦している

TV中継があったらいいのにな

同じく国立劇場で上演している『通し狂言 三人吉三巴白浪 (さんにんきちさともえのしらなみ)』は

1月3日に放送終了

出演中の染五郎さんの長男金太郎ちゃんも可愛い

ネット時代故

初日の会場内の様子等がブログで伺え

まるで出かけたかのような錯覚に陥る

ことしも幸せアンテナがいっぱい立っているらしいいるらしい^ ^*

幸せってなんだろう ~毎日新聞20120107~
学ぶ・育てる:教えて!デスク 「人の幸せ」とは  澤圭一郎(さわ・けいいちろう 毎日新聞東京本社社会部デスク)
2012年が始(はじ)まりました。昨(さく)年(ねん)は東日本大(だい)震(しん)災(さい)や原(げん)子(し)力(りょく)発(はつ)電(でん)所(しょ)事(じ)故(こ)の悲(かな)しいニュースがありました。今(こ)年(とし)はみんなが幸(しあわ)せになる年になってほしいですね。ところで「人の幸せ」ってどんなものでしょう?
◆欲を多く持ちすぎず、自分を他人と比べない。満足する心が大事。
*ブータンに学ぶ
お父(とう)さんやお母(かあ)さん、学校の先生に質(しつ)問(もん)をしてみてください。「これだ!」と同じ答えが出てこないと思います。なぜなら「幸せだ」と感(かん)じるものは、人によって違(ちが)うからです。人は皆(みな)「幸せになりたいなあ」と考えています。なので、もしそれが分かって実(じつ)現(げん)できたなら、その人は良(よ)い人生を送(おく)っているといえます。
昨年の秋に、ブータンという小さな国の王(おう)様(さま)と王(おう)妃(ひ)様(さま)が日本に来(き)て話(わ)題(だい)になりました。ブータンに住(す)む人たちの多くが「幸せだ」と感じている、ということでも大きな話題になったのです。ブータンは、中国とインドに挟(はさ)まれた九(きゅう)州(しゅう)くらいの面(めん)積(せき)の国。人口69万人ぐらいです。7年前に国(こく)民(みん)に聞いたところ97%の人が「幸(こう)福(ふく)だ」と答えました。決(けっ)してお金(かね)持(も)ちの国ではありません。テレビやインターネットは13年前に入ってきたばかりで、日本やアメリカのようにモノがたくさんあるわけでもありません。ではなぜ、「幸福だ」と感じているのでしょう。
ブータンの人は「チベット仏(ぶっ)教(きょう)」という宗(しゅう)教(きょう)を信(しん)じています。「あれもこれも欲(ほ)しい」という欲(よく)はよくないことだとされ、多くのものごとを求(もと)めず、人びとが助(たす)け合う精(せい)神(しん)が根(ね)付(づ)いているようです。そんな人がたくさんいれば差(さ)別(べつ)も出にくく、いろいろなことに感(かん)謝(しゃ)をしながら生活できるでしょう。そういう考え方を「足るを知る」といいます。満(まん)足(ぞく)することを知っているという意(い)味(み)です。ブータンの人はそれを知っているのでしょうね。
*成長につながる欲もある
皆さんは「スマートフォンが欲しい」とか「もっとお金が欲しい」「勉(べん)強(きょう)や運(うん)動(どう)がもっとできるようになりたい」と思いませんか? そう思っても、それが実現しないと「幸せではない」と思いがちですね。「幸せだ」と感じるかどうかは、心の問(もん)題(だい)なのです。他(た)人(にん)と比(くら)べすぎたり、欲がたくさんあったりすると、なかなか満足できなくなってしまいます。一方で、欲がまったくなくなると、人は「より良くなろう」という気(き)持(も)ちもなくなって成(せい)長(ちょう)しません。バランスが大(だい)事(じ)なのです。
お金はないと生活できないので困(こま)ってしまいますが、大金持ちの人が幸せとは限(かぎ)りません。私(わたし)は、健(けん)康(こう)で、生活ができる程(ほど)のお金があって、他人から感謝され、家(か)族(ぞく)や友(とも)達(だち)と仲(なか)良(よ)くできれば「幸せ」なのではないか、と思います。
*国が「幸福感」調査へ
日本でも国が「国民にどれだけ幸福感(かん)があるか」を調(しら)べることになり、その物(もの)差(さ)しを作ろうとしています。お金や仕(し)事(ごと)、健康、人とのつながりなどを組み合わせて、子(こ)供(ども)から大人(おとな)まで点数を出そうという計画です。日本はお金もあり、モノも豊(ほう)富(ふ)で、医(い)療(りょう)も進(すす)んでいます。ですが、年間に3万人も自ら命(いのち)を絶(た)ってしまったり、多くの人が心を病(や)んでいたりします。なので、国として「国民が幸せになるにはどうしたらいいか」を考えようというのです。アメリカやヨーロッパの国でも同じような考え方が出てきています。
今から100年ぐらい前、フランスのアランという人がこんなことを言っています。「人に幸福を与(あた)えるためには自分自(じ)身(しん)のうちに幸福を持っていなければならない」。みなさんも考えてみてください。「幸せってなんだろう」って。

幸せってなんだろう ~毎日新聞20120107~

学ぶ・育てる:教えて!デスク 「人の幸せ」とは  澤圭一郎(さわ・けいいちろう 毎日新聞東京本社社会部デスク)

2012年が始(はじ)まりました。昨(さく)年(ねん)は東日本大(だい)震(しん)災(さい)や原(げん)子(し)力(りょく)発(はつ)電(でん)所(しょ)事(じ)故(こ)の悲(かな)しいニュースがありました。今(こ)年(とし)はみんなが幸(しあわ)せになる年になってほしいですね。ところで「人の幸せ」ってどんなものでしょう?

◆欲を多く持ちすぎず、自分を他人と比べない。満足する心が大事。

*ブータンに学ぶ

お父(とう)さんやお母(かあ)さん、学校の先生に質(しつ)問(もん)をしてみてください。「これだ!」と同じ答えが出てこないと思います。なぜなら「幸せだ」と感(かん)じるものは、人によって違(ちが)うからです。人は皆(みな)「幸せになりたいなあ」と考えています。なので、もしそれが分かって実(じつ)現(げん)できたなら、その人は良(よ)い人生を送(おく)っているといえます。

昨年の秋に、ブータンという小さな国の王(おう)様(さま)と王(おう)妃(ひ)様(さま)が日本に来(き)て話(わ)題(だい)になりました。ブータンに住(す)む人たちの多くが「幸せだ」と感じている、ということでも大きな話題になったのです。ブータンは、中国とインドに挟(はさ)まれた九(きゅう)州(しゅう)くらいの面(めん)積(せき)の国。人口69万人ぐらいです。7年前に国(こく)民(みん)に聞いたところ97%の人が「幸(こう)福(ふく)だ」と答えました。決(けっ)してお金(かね)持(も)ちの国ではありません。テレビやインターネットは13年前に入ってきたばかりで、日本やアメリカのようにモノがたくさんあるわけでもありません。ではなぜ、「幸福だ」と感じているのでしょう。

ブータンの人は「チベット仏(ぶっ)教(きょう)」という宗(しゅう)教(きょう)を信(しん)じています。「あれもこれも欲(ほ)しい」という欲(よく)はよくないことだとされ、多くのものごとを求(もと)めず、人びとが助(たす)け合う精(せい)神(しん)が根(ね)付(づ)いているようです。そんな人がたくさんいれば差(さ)別(べつ)も出にくく、いろいろなことに感(かん)謝(しゃ)をしながら生活できるでしょう。そういう考え方を「足るを知る」といいます。満(まん)足(ぞく)することを知っているという意(い)味(み)です。ブータンの人はそれを知っているのでしょうね。

*成長につながる欲もある

皆さんは「スマートフォンが欲しい」とか「もっとお金が欲しい」「勉(べん)強(きょう)や運(うん)動(どう)がもっとできるようになりたい」と思いませんか? そう思っても、それが実現しないと「幸せではない」と思いがちですね。「幸せだ」と感じるかどうかは、心の問(もん)題(だい)なのです。他(た)人(にん)と比(くら)べすぎたり、欲がたくさんあったりすると、なかなか満足できなくなってしまいます。一方で、欲がまったくなくなると、人は「より良くなろう」という気(き)持(も)ちもなくなって成(せい)長(ちょう)しません。バランスが大(だい)事(じ)なのです。

お金はないと生活できないので困(こま)ってしまいますが、大金持ちの人が幸せとは限(かぎ)りません。私(わたし)は、健(けん)康(こう)で、生活ができる程(ほど)のお金があって、他人から感謝され、家(か)族(ぞく)や友(とも)達(だち)と仲(なか)良(よ)くできれば「幸せ」なのではないか、と思います。

*国が「幸福感」調査へ

日本でも国が「国民にどれだけ幸福感(かん)があるか」を調(しら)べることになり、その物(もの)差(さ)しを作ろうとしています。お金や仕(し)事(ごと)、健康、人とのつながりなどを組み合わせて、子(こ)供(ども)から大人(おとな)まで点数を出そうという計画です。日本はお金もあり、モノも豊(ほう)富(ふ)で、医(い)療(りょう)も進(すす)んでいます。ですが、年間に3万人も自ら命(いのち)を絶(た)ってしまったり、多くの人が心を病(や)んでいたりします。なので、国として「国民が幸せになるにはどうしたらいいか」を考えようというのです。アメリカやヨーロッパの国でも同じような考え方が出てきています。

今から100年ぐらい前、フランスのアランという人がこんなことを言っています。「人に幸福を与(あた)えるためには自分自(じ)身(しん)のうちに幸福を持っていなければならない」。みなさんも考えてみてください。「幸せってなんだろう」って。

木内幸男元監督に取手市から感謝状

土曜日, 1月 7th, 2012
木内幸男元監督に取手市から感謝状 各地で賀詞交換会 茨城
2012.1.7 02:09
県内各地で6日、賀詞交換会があり、取手勤労青少年体育センター(取手市寺田)で開かれた取手市の賀詞交換会では、藤井信吾市長から取手二高や常総学院高の野球部監督を務めた木内幸男さん(80)に感謝状が贈られた。
木内さんは、春夏の甲子園で計3度優勝を果たした名監督。“木内マジック”といわれる采配と独特の茨城弁でも知られ、昨夏、退任した。木内さんは「この年になってこんな立派な賞をもらうとは思いもよらなかった」と喜びを語った。
また、水戸プラザホテル(水戸市千波町)では、橋本昌知事や国会議員ら県内政財界関係者が参加する新春の集い「千鳥会」が開かれた。戦後復興を機に始まった集いは今年で62回目。世話人の一人、水戸市の高橋靖市長が東日本大震災を踏まえ「復興元年、輝かしい1年になりますように」と乾杯の音頭を取った。

木内幸男元監督に取手市から感謝状 各地で賀詞交換会 ~産経新聞他20120107~

県内各地で6日、賀詞交換会があり、取手勤労青少年体育センター(取手市寺田)で開かれた取手市の賀詞交換会では、藤井信吾市長から取手二高や常総学院高の野球部監督を務めた木内幸男さん(80)に感謝状が贈られた。

木内さんは、春夏の甲子園で計3度優勝を果たした名監督。“木内マジック”といわれる采配と独特の茨城弁でも知られ、昨夏、退任した。木内さんは「この年になってこんな立派な賞をもらうとは思いもよらなかった」と喜びを語った。

また、水戸プラザホテル(水戸市千波町)では、橋本昌知事や国会議員ら県内政財界関係者が参加する新春の集い「千鳥会」が開かれた。戦後復興を機に始まった集いは今年で62回目。世話人の一人、水戸市の高橋靖市長が東日本大震災を踏まえ「復興元年、輝かしい1年になりますように」と乾杯の音頭を取った。

^ ^*取手二高時代の木内さんを思い出し・・・おめでとうございます

「何が食べたい?」「お寿司」

土曜日, 1月 7th, 2012
そばや酒からカボチャのような野菜まで、江戸っ子は、初物に目がなかった。なかでも「宵越しの銭は持たない」のが自慢の彼らが、「女房を質に入れても」と熱狂したのが初鰹(はつがつお)だ。文化9(1812)年、江戸日本橋の魚河岸に到着した初鰹には、こんな逸話がある。
▼魚河岸から当時の人気役者、七代目市川団十郎と四代目沢村宗十郎に1本ずつ贈られた。それを知ったライバルの上方役者、三代目中村歌右衛門は残りの1本を三両、今の金額で27万円も奮発して手に入れ、団十郎より一足早く一座の者に振る舞った。
▼先を越された団十郎はよほどくやしかったのか、一生鰹を食わないと誓ったそうだ。演劇評論家の渡辺保さんはいう。「初鰹は『初』という字を買うのである。江戸っ子の、だれにもひけをとりたくないという意地っ張り、負けず嫌いな気質がそこにはあらわれている」(『芝居の食卓』柴田書店)。
▼すしチェーン店を率いる木村清さん(59)もまた、「初」という字を5649万円で買ったのだろう。東京・築地の中央卸売市場できのうの早朝初競りが行われ、1本269キロの青森県大間産クロマグロに、史上最高値がついた。
▼昨年まで3年連続、香港などでチェーン展開するすし店が、銀座のすし店と共同で競り落としてきた。「海外に持っていかれるより、国内で食べてほしい」と木村さんは話す。通常なら500万円程度というから、木村さんもよほどの「負けず嫌い」だ。それとも、宣伝効果で元は取れているということか。
▼江戸っ子の初物好きは、しばしば物価高騰を引き起こし、幕府が初物規制を敷いたほどだ。平成の初物騒ぎが、デフレ脱却につながってくれればいいが。

産経抄 ~産経新聞20110106~

そばや酒からカボチャのような野菜まで、江戸っ子は、初物に目がなかった。なかでも「宵越しの銭は持たない」のが自慢の彼らが、「女房を質に入れても」と熱狂したのが初鰹(はつがつお)だ。文化9(1812)年、江戸日本橋の魚河岸に到着した初鰹には、こんな逸話がある。

魚河岸から当時の人気役者、七代目市川団十郎と四代目沢村宗十郎に1本ずつ贈られた。それを知ったライバルの上方役者、三代目中村歌右衛門は残りの1本を三両、今の金額で27万円も奮発して手に入れ、団十郎より一足早く一座の者に振る舞った。

先を越された団十郎はよほどくやしかったのか、一生鰹を食わないと誓ったそうだ。演劇評論家の渡辺保さんはいう。「初鰹は『初』という字を買うのである。江戸っ子の、だれにもひけをとりたくないという意地っ張り、負けず嫌いな気質がそこにはあらわれている」(『芝居の食卓』柴田書店)。

すしチェーン店を率いる木村清さん(59)もまた、「初」という字を5649万円で買ったのだろう。東京・築地の中央卸売市場できのうの早朝初競りが行われ、1本269キロの青森県大間産クロマグロに、史上最高値がついた。

昨年まで3年連続、香港などでチェーン展開するすし店が、銀座のすし店と共同で競り落としてきた。「海外に持っていかれるより、国内で食べてほしい」と木村さんは話す。通常なら500万円程度というから、木村さんもよほどの「負けず嫌い」だ。それとも、宣伝効果で元は取れているということか。

江戸っ子の初物好きは、しばしば物価高騰を引き起こし、幕府が初物規制を敷いたほどだ。平成の初物騒ぎが、デフレ脱却につながってくれればいいが。

このにぎりずし

元を取るには、一カン赤身10000円 中トロ15000円~200000円 大トロ2~30000円ですってね

昨年のせりで12年連続で守ってきた最高値の座を北海道戸井に敗因した大間漁協が

指定席奪還の為に築地の初競りに間にあわせようと例年の休漁日を2日ほど繰り上げ、

水揚げされた最も大きな1本が最高値になった

大間のブランドも努力ある故ですかね

明治時代の