読売新聞 元旦 編集手帳
年の瀬の商店街で親子連れとすれ違ったとき、小さな男の子が「ナミダクジ」と言った。
手をひいたお母さんが「ア・ミ・ダ…」と笑った。
前後の会話を聞いていないので何の話題であったかは知らない。
おさな子の唇に言い間違いから生まれ、たちまち消えた行きずりの一語が耳に残っている。
そういう言葉はないが、無理に漢字をあてれば「涙籤」だろう。
真ん中を選んだつもりが、予期せぬ横棒1本に邪魔されて端っこにたどり着いたり、
逆に、思いもよらぬ幸運にめぐり合ったり、人の世の浮き沈みは涙籤かも知れない。
あの人に出会わなければ、別の仕事を選んでいた。
この町にいなかった。甘い酒の味を、あるいは苦い酒の味を、知らずにいた。
誰しも過去を顧みれば、人生の曲がり角に「あの人」が立っている。
年賀状という風習の成り立ちは不勉強で承知していないが、
自分を今いる場所に連れてきてくれた“横棒たち”に再会する意味もあるのだろう。
つらい「辛」も、心弾む「幸」も、横棒1本の差でしかない。
迎えた年が皆さんにとり、うれしい横棒の待つ感涙のナミダクジでありますように。