+2℃の世界 温暖化に「適応」する未来
毎日新聞2018年4月26日
このまま温暖化が進んだら?2100年ごろの日本 夏の東京40度 熱中症対策必須
東京都(千代田区)では、最高気温が30度以上の「真夏日」が1年に計90日以上。夏の涼しさが観光客らに人気だった北海道でも真夏日が増え、今世紀末の日本は、春や秋であっても「夏みたい」と感じる日が多い、亜熱帯の世界になっているかもしれない。
温室効果ガス排出削減の効果的な対策を取らない最悪のシナリオに基づく気象庁の予測によると、今世紀末の年平均気温は、20世紀末と比べて全国平均で4・5度上昇する。東京都は、8月の最高気温(平均)が34度を超えると予測され、数年に1度は最高気温が40度を超える可能性がある。また、最高気温が35度以上の「猛暑日」は25日以上にも。熱帯夜は現在より45日程度増える見通しだ。寝苦しく、疲れが残ったまま、じっとりと汗をかいて目覚める朝が増えそうだ。
気温の上昇は、緯度の高い地域ほど大きい。札幌市では真夏日が現在の年8日程度から35日以上に増加。10年に1日程度しかなかったような猛暑日も年5日程度に増えると予測される。若月泰孝・茨城大准教授(気象学)によると、札幌市は現在の水戸市の気温に、東京都は緯度で10度近くも南に位置する中国南部・桂林市の気温に近くなる可能性があるという。
熱中症のリスクも高まる。環境省研究班の予測によると、熱中症などによる死亡者数は、適応策を何も取らなければ全国的に2倍以上になる。熱中症対策として、人が通る場所には、日差しを遮る街路樹を計画的に植えるといった、街全体での対策がますます重要になる。また、単身世帯の増加を踏まえ、エアコンのある施設や大きな部屋に集まって過ごす「クールシェア」などの工夫を普及させることも必要だ。
日本の平均気温 100年で1.19度上昇
地球温暖化は着実に進行している。18世紀後半に英国で始まった産業革命以降、代表的な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の排出と蓄積につながる、化石燃料の大量消費が世界中で続いているためだ。大気中のCO2平均濃度は、産業革命前の約280ppm(ppmは100万分の1)に比べ、2016年は403・3ppmと約1・44倍に急増した。
大気の中で温室効果ガスの濃度が高まると、太陽の光で暖められた地球の表面から地球の外に向かう赤外線が、放出されずに熱として蓄積され、平均気温を上昇させる。実際、世界の平均気温は100年あたり0・73度のペースで上がっている。日本の平均気温は、日本近海の水温上昇率が世界平均よりも大きいため、同1・19度上がった。
世界中の科学者がまとめた国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の報告書は、産業革命前に比べて気温上昇を2度未満に抑えれば「不可逆的(元には戻せない)影響」を避けられると指摘。国際社会はこれを受け、2度未満に抑えることを共通の目標として、温室効果ガスの排出削減対策を進めている。しかし、2度未満に抑えられても、一定の影響は避けられない。既に産業革命前から平均気温が約1度上昇したことに伴う影響も出始めている。
気象庁の観測では、猛暑日は1931~2017年の間で10年ごとに0・2日ずつ増加。1時間に50ミリも降る豪雨は1976~2017年に10年ごとに20・5回ずつ増えている。一方、最低気温が0度未満の冬日は1931~2017年の間で10年ごとに2・1日ずつ減っている(いずれも全国平均)。
このような極端な気象による被害が全国で相次いでいる。17年7月の九州北部豪雨では、福岡県朝倉市で24時間の雨量が約1000ミリに達し、甚大な被害が出た。14年8月の広島土砂災害では、集中豪雨で土石流が発生し、住宅約400戸が全半壊し犠牲者も多数出た。
毎日新聞が今年2月に実施した全都道府県と政令市計67自治体を対象にしたアンケート調査でも、温暖化の被害は顕著だ。過去10年間で温暖化が影響しているとみられる被害が現れた分野を複数回答で尋ねたところ、自然災害50自治体▽農林漁業45自治体▽健康面など市民生活31自治体▽自然生態系や水資源30自治体--などの回答が寄せられ、現時点でも被害を軽減する適応策が急務となっている。
作物の品質低下 新たな品種導入
東北地方などでのコメ作りはかつて冷害との闘いの連続だった。だが今後は、全国的に暑さによる品質低下が深刻化し、収量自体が減る可能性もある。
コメは、穂が出た後、20日間ほどの平均気温が26~27度以上になると、でんぷんのつまりが悪く、白く濁って見える低品質の粒が増加する。「白未熟粒」といい、さらに32度以上だと亀裂が入った粒も増えてしまう。
増冨祐司・茨城大准教授(農業気象学)によると、穂が出てから極端な暑さにさらされると、受粉・受精しづらくなり、収量低下につながる。環境省などがまとめた地球温暖化の影響予測に関する報告書によると、効果的な対策を取らない最悪シナリオの場合、品質低下のリスクが年々高まるだけでなく、今世紀末には収量減に転じてしまう。
果樹の場合、気温上昇に伴って栽培に適した地域が北上するため、今の主要産地で同じ作物を育てられなくなる可能性がある。ウンシュウミカンは年平均気温が15~18度の地域で栽培しやすいとされるが、2060年代には、九州や四国など主要産地の多くで上限の18度を超えてしまう。一方、東北地方南部などが適地になる可能性がある。適応策として、気温上昇によって栽培可能になる作物を新たに導入しようという試みがある。だが、果樹は新たに栽培を始めてから本格的に出荷できるようになるまで何年もかかり、産地を作るのは簡単ではない。
増冨准教授は「ウンシュウミカンのように栽培に適した温度帯が狭い品種の場合、温暖化のスピードが速ければ、一度栽培が可能になっても、暑くなり過ぎてすぐに栽培できなくなる恐れもある。いつまで栽培ができるかについても考慮する必要がある」と指摘する。
豪雨、台風、高潮 ソフト面も対策を
地球温暖化は雨の降り方も変える。滝のような強い雨が降る日が増え、洪水や土砂災害のニュースは珍しくない。一方で、雨の降らない日も多くなり、水不足に悩む農家も。さらに、強い台風が勢力を保ったまま北海道や東北地方に達し、農作物に被害が出る--。今世紀末には国内の年間水害被害額が20世紀末の約3倍の最大6800億円ほどになる可能性がある。
有効な対策を取らない最悪シナリオに基づく気象庁の予測によると、今世紀末には、大雨(1日の降水量が200ミリ以上)や、滝のように降る雨(1時間50ミリ以上)が1年間に起こる回数が全国平均で2倍以上になる。一方、雨の降らない日も増え、特に日本海側では20日以上増えるところもあると推定される。若月准教授は「晴れと大雨といったように両極端な天候が現れやすい気候にシフトする」と指摘する。
台風の発生回数は減るが、非常に強い「スーパー台風」が上陸する可能性もある。勢力を維持したまま北上すれば、北海道や東北などの地域にも、被害が及ぶことになる。
海水温は約2度上昇し、海水面は世界平均で最大82センチ上昇する。環境省研究班の報告書によると、国内では、海面が80センチ上昇すると砂浜の9割がなくなると予測。潮干狩りや海水浴といった海辺のレジャーはほとんど楽しめなくなる可能性もある。
海面上昇と強い台風の影響で、海水面が平常時よりも大きく上昇する「高潮」も起こりやすくなる。日本は浸水しやすい地域に人口が集中しているため、高潮で浸水被害も大きくなる。田村誠・茨城大准教授(環境政策論)は「堤防などのハード対策だけでは不十分だ。避難行動などソフト対策も含め総合的な適応策が必要だ」と話す。
法制化向け審議
政府は今国会に「気候変動適応法案」を提出し、審議が進む。法案では地域ごとに防災、農業、健康面などへの備えをまとめた「適応計画」の策定を自治体の努力義務と規定。また国立環境研究所(茨城県つくば市)が温暖化の影響や適応策に関する情報収集を新たな業務に加え、自治体の計画作りを技術的に支援する。
地球温暖化の影響と適応策
予想される影響 適応策の例
<農林水産業>
・米の品質低下や収量減少 → 高温耐性品種の普及
・果樹などの栽培適地が北上 → 亜熱帯・熱帯果樹への転換
・作物病害虫や家畜感染症の増加→ 検疫の強化、ワクチン開発
・回遊魚の小型化や漁獲減少 → 資源管理、漁場予測の高度化
<気象災害>
・高波や高潮の頻発化や大型化 → 海岸防災林や防潮堤の整備
・水不足の長期化や深刻化 → 節水、下水処理水の活用
・豪雨や洪水、土砂災害の増加 → 堤防や調整池などの整備
<健康被害>
・熱中症による死亡リスクの増加→ 屋外作業の軽減
・蚊を媒介にした感染症の増加 → 幼虫や成虫の駆除
<その他>
・世界的な食料不足 → 食料備蓄
・スキー場の雪不足 → 人工降雪機の活用
※政府の適応計画などを基に作成
適応のあり方、考えます
2020年以降の温暖化対策の国際ルール「パリ協定」では、世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べて2度未満に抑えることを目指しています。もし、温暖化が進んで2度を超えてしまったら、私たちの暮らしはどう変わってしまうのでしょうか。毎日新聞では、茨城大地球変動適応科学研究機関(ICAS)などの専門家の協力を得ながら、温暖化の影響に関する研究や、「+2℃の世界」への対策に挑む地域の取り組みなどを取り上げ、これからの適応のあり方を考えていきます。