茨城新聞 20160924
Archive for the ‘記事’ Category
取手朗読奉仕会「ぶんぶん」
土曜日, 9月 24th, 2016サイクルアートフェスティバル
金曜日, 9月 23rd, 2016茨城新聞 動画ニュース20160923
アートと自転車のコラボレーションイベント「サイクルアートフェスティバル」が22日、取手市白山の取手競輪場で開かれ、多くの家族連れらでにぎわった。
あいにくの空模様の下、メーンスタンド内のアート&クラフトマーケットや、謎解きイベント「不思議の国のバンク」、選手会ブースのイケメングランプリ、各種グルメブースなど、競輪場内のさまざまな場所で多彩な催しが実施され、来場者を楽しませた。
東京芸大生が自転車のホイールやハンドルを活用して作ったバスドラムやマラカスなど、オリジナルの楽器を含む楽隊で会場内を練り歩く音楽パレードも行われた。同大1年の根本駿介さん(19)は「雨が降って(パレードを)屋外でできなかったのは少し残念だったた、楽器は想定以上に良い音が出た」と出来栄えに満足した様子で語った。
奇跡の栗 ぽろたん 愛樹マロン
木曜日, 9月 22nd, 2016奇跡の栗と言われている「ぽろたん」
皮に切り込みを入れて3分程度茹でる。
アツアツのうちに皮を剥けば、栗がぽろっと出てくる。
この状態ではまだ硬いので・・・調理に向いています。
調理の段階で渋皮をはがす技術が「ぽろたん」を生んだのですね。

生栗焼いちゃいました。

ぽろたんと生栗を比べてみた。



今夜は、真空にして冷凍庫へ
さぁ 何にしていただこうかしら?

ぽろたん焼栗は
熟成過程終了の10月**より販売します。
笠間の栗さんより

しゃらりんTシャツ発見
月曜日, 9月 19th, 2016茨城新聞動画 20160916
茨城国体成功へ 歌やダンス披露
水戸でPRイベント
2019年の茨城国体と全国障害者スポーツ大会の開催決定を記念したイベントが18日、水戸市小吹町のケーズデンキスタジアム水戸で開かれ、あいにく降ったりやんだりの天候となったが、多くの家族連れらでにぎわった。
両大会の正式決定を祝うセレモニーで、橋本昌知事は「夢と感動を与える大会にしたい。3年後に向けて県民総参加で盛り上げていきたい」とあいさつ。水戸市出身のシンガー・ソングライター、磯山純さんが両大会のイメージソング「そして未来へ」を熱唱し、歌声に合わせてオリジナルダンスも披露された。大会マスコットキャラクター「いばラッキー」や学生らによる広報ボランティアも登場し、両大会をPRした。
会場ではアーチェリーやパワーリフティングなど両大会で実施される各種競技の体験コーナーも設けられ、熱心に指導を受ける子どもたちの姿が目立った。イベントは19日も行われる。
つり革に複製コロッケ 関鉄竜ヶ崎線
金曜日, 9月 16th, 2016茨城新聞クロスアイ 20160915
まるで揚げたてのような本物そっくりのレプリカコロッケを列車内のつり革に取り付けた〝コロッケ列車〟が、龍ケ崎市内を走る関東鉄道竜ケ崎線に登場した。ほぼ連日、全線約4・5キロを運行。日常風景の中にコロッケをとけ込ませることで、市民らの〝コロッケ熱〟を高め、10月2日に同市で開かれる「第4回全国コロッケフェスティバルin龍ケ崎」に来場者を呼び込む。
同フェスは同市の本町商店街通り約0・8キロなどを歩行者天国にして開催。全国から集まった35店が自慢のコロッケを売る。同市からは、市内飲食店などがメンバーの「コロッケクラブ龍ケ崎」、市商工会女性部有志でつくる「まいんコロッケ」、県立竜ケ崎二高が出店。同市と協定を結ぶ静岡県三島市、富山県高岡市をはじめ、北海道から九州までのご当地コロッケを味わうことができ、投票で〝全国一のコロッケ〟を決める。関係者は2013年に龍ケ崎市で開かれた第1回のフェスを上回る延べ6万人以上の来場者を目指している。
コロッケ列車は市商工会などによる同フェス実行委が企画。同委メンバーで、中心となって取り組む日本コロッケ協会(東京)の竹内琢俊事務局長は「フェスを盛り上げるためにインパクトがあることがしたかった。公共交通機関の列車内にコロッケがあれば、目を引くので関心が高まると思う」と狙いを話す。
コロッケが付いたつり革は、同線を運行する3両中2両に計約100個を設置(17日以降は計約160個)。 レプリカを完成させたという。壁などには、「いつもこうだ。コロッケの具が人を悩ませる」「あの日。好きと言う代わりにコロッケを渡した」などのフレーズが書かれたステッカーも貼られ、車内はコロッケ一色になっている。
通勤のために毎日同線を利用する龍ケ崎市、ショップ店員、清宮麻衣さん(19)は「最初見たときは本物かと思って、触って確認した。つり革の写真をツイッターにアップしたら、関西の知り合いから『すごい。いい感じ』と評判だった。このつり革を見ると、お腹がすいて、コロッケが食べたくなる」と話した。
女の気持ち ああ年金生活
水曜日, 9月 14th, 2016女の気持ち ああ年金生活
毎日新聞 20160915
72歳まで十分すぎるほど働いてきた夫が完全に仕事を辞めて半年。月給が入らないのはさみしいわ。年金生活の始まりであります。私のパート代なんぞおかず代ですから、全くあてにはできません。夫いわく「取り崩し人生」です。時には大きな出費もあります。貯金を下ろすばかりでつまらん。風船がしぼむようなむなしさを感じる。
まあ、親の面倒を見て、夫婦2人で子供の世話にもならずに暮らせるのは幸いかしら。と、きれいごとを言ったところで、浮世の義理には、まず現金が必要です。そこで夫と2人、出るものはケチらず、おおらかに太っ腹で進んで出しましょう。ただし、私らの暮らしはモノより心豊かに自給自足を率先してやっていこうと決めました。
老いてから食いっぱぐれがないのは、夫婦仲良く生きることって偉い先生が言っていた。いやになるほど仲良くイチャイチャしてやっぺと2人で決めた。
あれほど欲しかったブランドバッグより、今は効き目のいい肥料とかバラの苗とか野菜の種がわんさか欲しい。安いもんです。今年はキュウリもスイカも捨てるほど実りました。夫と2人でキュウリの古漬けにチャレンジして、見事、大成功です。
これから、たくあんでも白菜漬けでも何でもつくろうと、夫と楽しみにしている。作るならプロ並みにおいしく作っぺと思っている。2人とも何かをやっていたいタイプで、学ぶことが好きなんです。お金よりおもしろいことたくさん見つけて、元気でイチャイチャするぞ!
『幸せのたね』でエアロビック初披露
土曜日, 9月 10th, 2016散歩道
体育祭で国体競技エアロビ 取手 茨城取手
毎日新聞2016年9月11日
取手二中(生徒数524人)の体育祭が10日開かれ、開会式の準備運動で2019年茨城国体のデモンストレーションスポーツとして実施されるエアロビックのダンスに全校生徒が励んだ。同競技のテーマ曲「幸せのたね」(奥村多恵子さん作詞・作曲)に合わせて軽快にこなした。
茨城国体で取手市はエアロビックを含む5競技の会場になる。県エアロビック連盟(宮本真理子理事長)は競技普及のため、昨年から市内の小中学校の体育教諭に指南。同中では今春から授業で教えている。
矢作進教育長は開会式で「二中から発信し、市内の小中学校に広めていきたい」とあいさつした。



平成31年、2019年の9月茨城国体が行われます。
取手市では、正式競技の他にグリーンスポーツセンターにて
公開競技「武術太極拳」とデモンストレーションスポーツ「ダンススポーツ」が開催予定。
「取手で開催されることを記念して、小中学校の運動会や体育祭、体育の授業等での準備運動などに活用し、体力向上に生かしていきたいと思います。」教育長さんの言葉
数年前から 「エアロビックで幸せのたね」を、まき続けた
茨城県エアロビック連盟理事長宮本さん(取手市)の想いと
奥村多恵子さんの『幸せのたね』でエアロビックを踊る生徒たちにうっとり
夢は叶えるものですね。
今後、取手市内の小中学校で踊られる予定だそうです。
茨城県立竜ヶ崎一高 毎日新聞
金曜日, 9月 9th, 2016ぐるっと首都圏・母校をたずねる
茨城県立竜ケ崎一高 2
怠惰と決別、外交官に 北沢寛治さん /東京
毎日新聞2016年9月9日
*元コンゴ大使・北沢寛治さん
1966年度卒
リオデジャネイロ五輪で結成された難民選手団に、コンゴ民主共和国(旧ザイール)出身の選手もいた。内戦と飢餓と病による犠牲者が500万人も出たともされる国だ。竜ケ崎一高では「怠惰な生徒だった」と振り返る元コンゴ大使、北沢寛治さん(68)=1966年度卒=は、貧困と紛争との連鎖を断ち切ろうと途上国支援に外交官人生をささげた。【根本太一】
私が入学した頃の竜ケ崎一高は、地元で少しだけ成績の良い生徒が進学する学校でした。校内での競争は厳しくて、国語と数学、英語の実力試験が毎月あり、上位50人の名が廊下に張り出されるんです。1年の時はそこそこ勉強し、2年に進級すると授業の前に「起立、礼」の号令を掛ける栄誉にあずかりました。
しかし「そこまで」です。2年時以降はなぜか意欲をなくし、美術の部活もやめて、授業が終わると自転車を20分こいで自宅に帰るか、友人の家でだらだら過ごすか。当然、廊下の張り出しに載らない回数も増えていきました。
むしろ高校との縁は卒業後。大学でカントリーウエスタンのバンドに入ったんです。担当はフィドル(バイオリン)。楽譜が読めず、耳で覚えて何とか弾きました。そしたら、竜ケ崎一高の同級生や先輩にも楽器をやっている連中がいてね。なら地元でもと「ヒルビリー・キッズ」という名のバンドを組みました。街のダンスパーティーで小遣いを稼いだりして。最後に皆で演奏したのは、74年の私の結婚披露宴でしたかね。
その後、外務省での約半分は在外公館勤務でした。研修語学はフランス語で、選んだ分野も経済協力中心でしたから、赴任先の多くがアフリカ大陸の途上国です。政府開発援助(ODA)で貧しい国の人を支援する。日本外交の最も重要で有効な手段であり、達成感もある仕事です。
リオの難民五輪選手団にも出身選手がいた旧ザイールに着任したのは87年。約2年間の勤務でしたが、当時は日本の経済成長は衰えを知らず、ODA予算も増えて相手国民から感謝されました。しかし91年に治安が悪化し、ODAも大きく減って、日本の存在感は薄れていきました。
2008年に約20年ぶりに赴任した時にはショックを受けました。道路はでこぼこ。上下水道も未整備。発展どころか後退です。しかも中国が大規模援助を実施し、銅など鉱物資源の確保にも力を入れる。「目に見える援助」の実現に尽力し、09年度の援助額は07年度に比べて3倍の69億円になりました。日本は高い評価を得て、第一線で活動できる喜びを感じました。
実は私は大学を出て1年ほど、語学教材販売などのサラリーマン生活をしていました。安保闘争の影響で3、4年はろくに授業も受けられずに卒業し、もんもんとした日々。そんな折、就職先の研修のため出国する友人を羽田空港で見送ったんです。初めて「海外」を意識しました。確か、誰かが外交官試験という制度があると言っていたなと。
会社を辞めて自宅にこもり、独学で挑みました。結果は不合格。仕方ないですね。大学で全く勉強していないんです。「だが待てよ。お前は絶対に外交官になると決めたんじゃないのか? 外交官に人生を懸けた。懸けた勝負なら、勝てよ」。自らの強い意志が支えてくれました。
そうなんです。怠惰な高校生だった私も大学受験では、入試前3カ月はしゃかりきに勉強しました。毎日5〜6時間は机に向かったもんです。あの時に培った集中・瞬発力が外交官試験でも生きたのか。大学合格を担任の南畝清志先生に電話で伝えたら、とっても喜んでくれて。今でも鮮明に覚えています。
49年に校名を龍→竜 文化祭では旧字体踏襲
竜ケ崎一高は、龍ケ崎市にある。いずれも「りゅう」の読み方は同じだが、漢字は異なる。公的な組織・施設もバラバラで、警察署や税務署、関東鉄道の路線・駅は「竜」。対して法務局や労働局、自衛隊の出先事務所は「龍」を使っている。
市が公的な文書での表記を「龍」に統一したのは1996年度。市制施行した54年の官報の記述「龍ケ崎市とする旨、茨城県知事から届け出があった」が根拠だ。ただ常用漢字の「竜」でも間違いではないことから、両方を容認し、統一に42年を要した。
一方の竜ケ崎一高も発足は旧「龍ケ崎中学」だった。48年の学制改革で「龍ケ崎高校」となったが翌49年、県が県立校名から「女子」を外したのを機に現在の校名に改められた。この時「龍ケ崎女子高」は竜ケ崎二高に変更された。唯一の「龍ケ崎高校」の卒業生は50人だったという。
毎日新聞は常用漢字を重視し「竜ケ崎市」と表記していたが、2013年に市名、市の行政機関に限り旧字体の「龍ケ崎」に変更した。同校の生徒や卒業生は「旧字体の方が『趣』や『貫禄』がある」と感じているようで、74年に生徒会が始めた文化祭は「白龍祭」と名付けられ、現在も「龍」の字を踏襲している。
茨城県立竜ケ崎一高 1 「未来」は自ら切り開く 宮嶋宏幸さん /東京
毎日新聞2016年9月2日
*ビックカメラ社長・宮嶋宏幸さん
1977年度卒
「母校をたずねる」は今月から、茨城県立竜ケ崎第一高校(龍ケ崎市平畑)編をお届けします。県南部の田園地帯にあり、政治や文化、スポーツ界など幅広い分野に卒業生を送り出してきた伝統校。初回は、家電量販大手ビックカメラの社長、宮嶋宏幸さん(56)=1977年度卒=が、「竜一」での思い出や卒業後を振り返ります。【根本太一】
信州(長野県)の、NHK大河ドラマ「真田丸」で名が知れた上田市から中学3年への進級前、父の仕事の都合で茨城県取手市に引っ越して来ました。「竜一」(竜ケ崎一高)を選んだのは、伝統と丘の上に建つ風格を感じさせる校舎が気に入ったからです。私鉄、国鉄(現JR)、さらに私鉄の乗り継ぎで片道1時間ほどと、自宅からは遠かったのですが。
高校は、バスケットボール漬けの3年間でした。部員が少なくて同級生も2人だけでしたが、目標は県大会ベスト8。結果的に16強止まりでしたけど、休みは盆と正月の数日だけでした。体育館が狭くて、バレーボール部と半々に使って、隅っこでは体操部が練習していたほどです。
なのに雨が降ると体育館は野球部に占領されてしまう。廊下を走るだけで、ボールを持つ練習もできない。まあ、仕方ないというか、野球部は強かったですから。私が入学した1975年には夏の甲子園にも出場したんです。
学校行事で最大のイベントが文化祭でした。3年に1度しか開催されないんです(現在は毎年)が、ちょうど私が3年生の時に開かれ、全体スローガンは「友よ! 限りない未来へ旅立とう!」。燃えましたね。バスケ部も「あなたはどんな青春の中に生きていますか」なんて掲げてました。
ただ、輝いた青春時代とは言っても、将来に確かな夢を抱いていたわけではありません。1浪して大学の英文科に入ったのは「何となく教諭になりたい」と考えたからでした。日本経済の右肩上がりは永遠に続くと信じて疑わなかった時代。だったら、いろいろな世界を見ようとアルバイトに明け暮れました。
宮大工、塾講師、就職情報誌の営業……。閣僚経験のある地元選出参院議員の秘書も務め、地元の結婚式に代理で出席してあいさつしたり、選挙ではパンフレットを配って票田で頭を下げて歩いたり。そんな中で性に合っていると思えたのが、小売業でした。実家近くの大型スーパーで、高額の冷蔵庫がほぼ毎日1台、売れたんです。モノを売る喜びに震えました。
卒業時にたまたま出会った別の大学の先生に紹介されたのが、ビックカメラでした。先生が言うには「お前みたいな男は大手に就職しても歯車止まりだ。ベンチャーのような小さな会社で、とにかく3年間は踏ん張れ」と。その言葉が妙に気に入ったんです。
当時の弊社は池袋に2店舗しかなく、世間でいう安定した企業とは、ほど遠かった。しかし「限りない未来」を目指した竜一高で染み込んだ精神が目覚めたというか、可能性をとことん追求してやろうと。チャンスは自らが切り開く。あの感覚を失いたくないから、私は社長室を持ちません。商品仕入れや営業本部のあるフロアで現場と同じ空気を吸っているんです。
「迷うことより実行」「劣等感は成長を止める」−−。これは、クラスの卒業文集を作るにあたって、日本史の先生が寄せてくれた一文です。今も文化祭の冊子と一緒に大事にしています。元同級生11人とは都内でたまに飲み会をするんですよ。職種も違う仲良し元同級生同士の会話から生まれた一つに、日本航空と弊社とのポイント(マイレージ)交換提携制があった点を付け加えさせてください。
地元期待、1900年創立 校章に2頭の竜
茨城県では明治中期、各地で激烈な中学(旧制)誘致運動が繰り広げられていたという。竜ケ崎一高は地元の期待を担って1900(明治33)年、土浦中学(現・茨城県立土浦第一高等学校)の分校として創立。02年に独立して旧制龍ケ崎中学となった。
第二次大戦後の48年、学制改革に伴い新制高校に改編。これまでに約2万4000人の卒業生を送り出してきた。かつて国の重厚長大政策を支えた日本鋼管の元社長・河田重氏や、総合商社・丸紅の初代社長の市川忍氏、あるいは元二科会常務理事の洋画家、服部正一郎氏らを輩出した。
運動部も輝かしい実績を持つ。64年の東京五輪では陸上部員が聖火リレー走者を務め、卒業生の一人は柔道で金メダルを獲得した。近年は出場機会を逸しているものの、野球部は旧制中時も含めて甲子園に春夏10回出場。射撃部も82年の全国大会での女子団体優勝を機に快進撃を続ける。
開校時の校訓は「誠実 剛健 高潔」。後に「協和」が加わり、今も引き継がれている。全国で多くの学校が校名や地域の頭文字を模した絵柄を校章に取り入れているが、竜ケ崎一高の校章は、2頭の竜がデザインされているのが特徴。現在も、美しいブロンズの校章が正門にはめ込まれ、2頭の竜が生徒たちを鼓舞している。
全国コロッケフェスティバル
水曜日, 9月 7th, 2016毎日新聞2016年9月7日
茨城県龍ケ崎市を走る関東鉄道竜ケ崎線に6日、本物そっくりの「コロッケ」をつり下げた車両が登場した。10月2日に開催される全国コロッケフェスティバルを盛り上げようと、実行委員会が企画した。
「コロッケ」はプラスチック製の食品サンプルで、運行中の気動車3両のうち2両のつり革に装着。「小判型」と「俵型」の2種類あり、今月中旬までに全てのつり革に取り付け、「コロッケ仕様」にする。
フェスは県内外の35店舗が出店し、市中心部で開かれる。駐車場が少ないため「ぜひコロッケ列車で来場を」と実行委。コロッケ列車は街の活性化にと、来年2月末まで運行される。
講演会 作家の柳田氏が取手で10日 原発事故など言及へ
水曜日, 9月 7th, 2016講演会 作家の柳田氏が取手で10日 原発事故など言及へ 取手 茨城
毎日新聞2016年9月7日
ノンフィクション作家の柳田邦男氏の講演会が10日午後2時、取手市新町の取手ウェルネスプラザで開催される。演題は「いのちを尊ぶ心−困難な時代を生きぬく」。市民団体「放射能NO!ネットワーク取手」が主催。
講演は東京電力福島第1原発事故、広島原爆、水俣病などに言及する予定。同ネットの小泉真理子事務局長は「原発事故で国は帰還政策を進めようとしているが、本当に国民の命を守ることなのか疑問だ。命を守るとはどういうことかを考えてほしい」と聴講を呼びかけている。
柳田氏は元NHK記者で、航空機事故をはじめ巨大事故や災害に詳しい。原発事故については政府事故調査委員会委員を務めた。毎日新聞に論説「深呼吸」を月1回連載している。
前売り券1000円、当日券1200円。問い合わせは小泉さん(0297・82・5615、午後8時以降)。