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Dr.中川のがんの時代を暮らす

日曜日, 1月 29th, 2012
Dr.中川のがんの時代を暮らす:/24 食品での被ばくは微量
食品に含まれる放射性セシウムの基準が今年4月から大幅に厳しくなります。現在運用されている「暫定規制値」は、東京電力福島第1原発事故直後に定められたもので、食品に含まれる放射性セシウムによる内部被ばくを年間5ミリシーベルト以内にすることを目標としています。新しい基準は、これを1ミリシーベルトと5分の1に引き下げることを目指します。その結果、野菜、肉、魚などの一般食品では、現在の1キロあたり500ベクレルの上限値が、5分の1の100ベクレルに引き下げられます。
この数字は米国の基準の12分の1という厳しい値ですが、牛乳や乳児用食品はさらに少ない1キロ50ベクレルとなります。飲料水は10ベクレルと、欧州連合(EU)の20分の1、米国と比べれば120分の1となります。
一方、食品による内部被ばくが実際にはわずかであることが分かってきました。朝日新聞は1月19日朝刊で、福島と全国の家庭で、「陰膳」方式で、食べ物に含まれる放射性セシウムの量とそれによる内部被ばく量を調査した結果を報じています。食卓に並べたものと同じ食事を1食分余計に作ってもらい、3食分をまるごとミキサーにかけた上で乾燥させ、精密に測定したのです。
3食分の検出値を順に並べた真ん中の値(中央値)は、福島県で4・01ベクレル、関東地方で0・35ベクレル、西日本ではほぼゼロと、予想通りとはいえ、非常に低い数字となりました。福島県の4ベクレルは核実験が盛んだった50年前の食品中の放射能レベルに近い数字です。
福島での食事を毎日1年間食べ続けた場合の被ばく量は、中央値で0・023ミリシーベルトにとどまり、国の新基準の40分の1以下です。ホウレンソウなどに含まれる天然の放射性物質であるカリウム40による内部被ばくと比べても、その10分の1程度ですから、健康に影響が出る量ではありません。
食品からの内部被ばくは現在でも非常にわずかですから、新基準に変えても、被ばく量の減少は微量です。しかし、基準を厳格にすることで、福島の生産者は大打撃を受ける可能性があります。福島は、電力と食品の生産地として、東京と日本全体を支えてきました。今後は、東京をはじめ全国が、福島を支える番ではないかと思います。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:23 遺体の永久保存
北朝鮮の朝鮮労働党政治局は12日、金正日総書記の遺体を、父親の故金日成主席の遺体が安置されている平壌の錦繍山(クムスサン)記念宮殿に、「生前の姿で」永久保存すると発表しました。
ロシア革命の指導者レーニンの遺体は、現在もモスクワのレーニン廟(びょう)で、生前の姿のまま「展示」されています。中国の毛沢東やベトナムのホー・チ・ミンも同様です。ただし、親子2代で遺体が永久保存された例は聞いたことがありません。
私たちの身体は約60兆個の細胞からできています。そして腸の中には、100兆個ともいわれる膨大な数の細菌が「感染」しています。しかし、免疫の働きによって、生きている間は人体と細菌は「共生関係」にあり、身体が「腐る」ことはありません。しかし、死亡すると免疫の働きが失われ、死後1時間くらいすると、細菌が増殖し始め、遺体は腐っていきます。腐敗を「穢(けが)れ」と忌み嫌う日本人が、葬儀後早々に火葬をする理由の一つです。
ところが、遺体の腐敗を恐れる結果、死者に別れを告げる葬儀が慌ただしいものになってしまうという問題もあります。このため、欧米の国々では「エンバーミング」という遺体処置の方法が普及しています。キリスト教では、死者は「最後の審判」の日によみがえるという教義を持つため、遺体は重視され、「生前の姿」で土葬されるのが普通です。
エンバーミングは、古代エジプトのミイラ作りに起源をもつ遺体の防腐処置で、動脈から体内に防腐剤を注入します。これによって、2週間程度までは常温での保存が可能になります。
さらに、もっと徹底した処理を行えば保存可能な期間をさらに延ばすこともできますし、防腐剤の交換など、定期的なメンテナンスを行えば、半永久的な保存も可能になります。北朝鮮の「永久保存」も、レーニンや毛沢東らの遺体の処置をしたロシアのチームが担当している模様です。
しかし、初期の防腐処理だけで約100万ドル(約7700万円)、その後の維持に毎年80万ドル(約6200万円)もかかるといわれています。金親子は死後も北朝鮮国民にツケを回していることになります。

Dr.中川のがんの時代を暮らす:24 食品での被ばくは微量

食品に含まれる放射性セシウムの基準が今年4月から大幅に厳しくなります。現在運用されている「暫定規制値」は、東京電力福島第1原発事故直後に定められたもので、食品に含まれる放射性セシウムによる内部被ばくを年間5ミリシーベルト以内にすることを目標としています。新しい基準は、これを1ミリシーベルトと5分の1に引き下げることを目指します。その結果、野菜、肉、魚などの一般食品では、現在の1キロあたり500ベクレルの上限値が、5分の1の100ベクレルに引き下げられます。

この数字は米国の基準の12分の1という厳しい値ですが、牛乳や乳児用食品はさらに少ない1キロ50ベクレルとなります。飲料水は10ベクレルと、欧州連合(EU)の20分の1、米国と比べれば120分の1となります。

一方、食品による内部被ばくが実際にはわずかであることが分かってきました。朝日新聞は1月19日朝刊で、福島と全国の家庭で、「陰膳」方式で、食べ物に含まれる放射性セシウムの量とそれによる内部被ばく量を調査した結果を報じています。食卓に並べたものと同じ食事を1食分余計に作ってもらい、3食分をまるごとミキサーにかけた上で乾燥させ、精密に測定したのです。

3食分の検出値を順に並べた真ん中の値(中央値)は、福島県で4・01ベクレル、関東地方で0・35ベクレル、西日本ではほぼゼロと、予想通りとはいえ、非常に低い数字となりました。福島県の4ベクレルは核実験が盛んだった50年前の食品中の放射能レベルに近い数字です。

福島での食事を毎日1年間食べ続けた場合の被ばく量は、中央値で0・023ミリシーベルトにとどまり、国の新基準の40分の1以下です。ホウレンソウなどに含まれる天然の放射性物質であるカリウム40による内部被ばくと比べても、その10分の1程度ですから、健康に影響が出る量ではありません。

食品からの内部被ばくは現在でも非常にわずかですから、新基準に変えても、被ばく量の減少は微量です。しかし、基準を厳格にすることで、福島の生産者は大打撃を受ける可能性があります。福島は、電力と食品の生産地として、東京と日本全体を支えてきました。今後は、東京をはじめ全国が、福島を支える番ではないかと思います。

Dr.中川のがんの時代を暮らす:23 遺体の永久保存

北朝鮮の朝鮮労働党政治局は12日、金正日総書記の遺体を、父親の故金日成主席の遺体が安置されている平壌の錦繍山(クムスサン)記念宮殿に、「生前の姿で」永久保存すると発表しました。

ロシア革命の指導者レーニンの遺体は、現在もモスクワのレーニン廟(びょう)で、生前の姿のまま「展示」されています。中国の毛沢東やベトナムのホー・チ・ミンも同様です。ただし、親子2代で遺体が永久保存された例は聞いたことがありません。

私たちの身体は約60兆個の細胞からできています。そして腸の中には、100兆個ともいわれる膨大な数の細菌が「感染」しています。しかし、免疫の働きによって、生きている間は人体と細菌は「共生関係」にあり、身体が「腐る」ことはありません。しかし、死亡すると免疫の働きが失われ、死後1時間くらいすると、細菌が増殖し始め、遺体は腐っていきます。腐敗を「穢(けが)れ」と忌み嫌う日本人が、葬儀後早々に火葬をする理由の一つです。

ところが、遺体の腐敗を恐れる結果、死者に別れを告げる葬儀が慌ただしいものになってしまうという問題もあります。このため、欧米の国々では「エンバーミング」という遺体処置の方法が普及しています。キリスト教では、死者は「最後の審判」の日によみがえるという教義を持つため、遺体は重視され、「生前の姿」で土葬されるのが普通です。

エンバーミングは、古代エジプトのミイラ作りに起源をもつ遺体の防腐処置で、動脈から体内に防腐剤を注入します。これによって、2週間程度までは常温での保存が可能になります。

さらに、もっと徹底した処理を行えば保存可能な期間をさらに延ばすこともできますし、防腐剤の交換など、定期的なメンテナンスを行えば、半永久的な保存も可能になります。北朝鮮の「永久保存」も、レーニンや毛沢東らの遺体の処置をしたロシアのチームが担当している模様です。

しかし、初期の防腐処理だけで約100万ドル(約7700万円)、その後の維持に毎年80万ドル(約6200万円)もかかるといわれています。金親子は死後も北朝鮮国民にツケを回していることになります。

「湯苺」を使ったケーキ販売中

土曜日, 1月 28th, 2012
温水かけ減農薬「湯苺」のケーキ 龍ケ崎の洋菓子店で発売
茨城大農学部で研究栽培
【写真説明】湯苺ケーキをPRする洋菓子店「おかしの森プレジール」の稲田里英さん=龍ケ崎市役所
イチゴにお湯をかけて栽培した「湯苺(ゆいちご)」を使ったケーキが、龍ケ崎市内の洋菓子店で商品化され、人気を集めている。茨城大農学部(阿見町)が研究栽培している湯苺で、イチゴにお湯をかけることで免疫力が上がるため、農薬の使用量は通常の栽培に比べて「3分の1に抑えられる」(佐藤達雄同学部准教授)という。
商品化したのは同市松ケ丘の「おかしの森プレジール」(稲田亮代表)。同店は1年前、茨城大と共同研究契約を結び、大学側から湯苺の提供を受け、店は研究開発費などの名目で研究を支援してきた。
湯苺を初めて栽培した佐藤准教授によると、栽培は収穫まで週1回程度、50度のお湯をイチゴに20秒間噴射する。これによってイチゴ自体の免疫力が高まり、病害から身を守る効果があるという。
農薬をかけることで薬剤耐性菌ができ、農薬が効かなくなることから、農薬に代わりお湯を使用。現在、ハウス内540平方メートルで栽培している。
湯苺の使用期間は生ケーキの場合、11月後半から4月後半までで、湯苺のケーキを製造、販売しているのは全国でも同店だけ。
同店統括マネジャーの稲田里英さん(34)によると、湯苺ケーキは、より甘い上、つや出しののりも良く、日持ちもするという。評判が広がり、今では湯苺のデコレーションケーキが「休日だと1日30個は売れる」(稲田さん)人気商品となった。価格は4号サイズ1800円から。
佐藤准教授(48)は「茨城の農産物は量では勝っているが、ブランド力という点では劣る。皆さんにかわいがってもらえるようなブランドになればうれしい」と期待を寄せている。

温水かけ減農薬「湯苺」のケーキ 龍ケ崎の洋菓子店で発売 ~茨城新聞20110128~

茨城大農学部で研究栽培

イチゴにお湯をかけて栽培した「湯苺(ゆいちご)」を使ったケーキが、龍ケ崎市内の洋菓子店で商品化され、人気を集めている。茨城大農学部(阿見町)が研究栽培している湯苺で、イチゴにお湯をかけることで免疫力が上がるため、農薬の使用量は通常の栽培に比べて「3分の1に抑えられる」(佐藤達雄同学部准教授)という。

商品化したのは同市松ケ丘の「おかしの森プレジール」(稲田亮代表)。同店は1年前、茨城大と共同研究契約を結び、大学側から湯苺の提供を受け、店は研究開発費などの名目で研究を支援してきた。

湯苺を初めて栽培した佐藤准教授によると、栽培は収穫まで週1回程度、50度のお湯をイチゴに20秒間噴射する。これによってイチゴ自体の免疫力が高まり、病害から身を守る効果があるという。

農薬をかけることで薬剤耐性菌ができ、農薬が効かなくなることから、農薬に代わりお湯を使用。現在、ハウス内540平方メートルで栽培している。

湯苺の使用期間は生ケーキの場合、11月後半から4月後半までで、湯苺のケーキを製造、販売しているのは全国でも同店だけ。

同店統括マネジャーの稲田里英さん(34)によると、湯苺ケーキは、より甘い上、つや出しののりも良く、日持ちもするという。評判が広がり、今では湯苺のデコレーションケーキが「休日だと1日30個は売れる」(稲田さん)人気商品となった。価格は4号サイズ1800円から。

佐藤准教授(48)は「茨城の農産物は量では勝っているが、ブランド力という点では劣る。皆さんにかわいがってもらえるようなブランドになればうれしい」と期待を寄せている。

桜川市がフェイスブック開設

水曜日, 1月 25th, 2012
桜川市がフェイスブック開設 イベントや観光物産PR
【写真説明】桜川市のフェイスブックのウオール
桜川市は、県内で初めてインターネットの交流サイト「フェイスブック」に市のページを開設した。当面はイベントや市のPR、物産・特産品、キャンペーンなどの情報発信に利用する方針だ。17日から運用し、すでに常時サイトを訪問するファンが108人(24日現在)になり、その中心が30〜40代の男性。同市情報政策課では「これまで市政に関心の薄い層にも情報を発信できる」と話していた。
フェイスブックは、ホームページやブログに比べると、実名によるリアルタイムの情報交換ができるのが特徴という。同市では、市の新鮮な情報をいち早く同市に興味を持った人たちに届けるため、市のフェイスブックページを立ち上げた。
トップページは、同市のホームページを使い、市のさまざまな情報にアクセスできる。ウォールと呼ばれる場所には、同市から新鮮な情報を提供していくという。
フェイスブックの閲覧者は、ウォール上の「いいね」ボタンを押すことでファンに登録され、意見を書き込むことができるようになる。同市情報政策課では「ファンを囲い込むことで、桜川市に興味を持つ人を増やしていくことができる」とする。2月4日から「真壁のひなまつり」も開幕し、ひなまつりに関する情報もリアルタイムで発信することで、さらにファンの増加を期待している。
昨年の東日本大震災では、電話などの通信網は寸断状態だったが、フェイスブックなどの交流サイトなどが被災地の情報発信に力を発揮した。同課では「外部情報をどう生かすかが課題。災害時の対応でフェイスブックを活用できるか、研究したい」と話している。

桜川市がフェイスブック開設 イベントや観光物産PR ~茨城新聞20120126~

桜川市は、県内で初めてインターネットの交流サイト「フェイスブック」に市のページを開設した。当面はイベントや市のPR、物産・特産品、キャンペーンなどの情報発信に利用する方針だ。17日から運用し、すでに常時サイトを訪問するファンが108人(24日現在)になり、その中心が30〜40代の男性。同市情報政策課では「これまで市政に関心の薄い層にも情報を発信できる」と話していた。

フェイスブックは、ホームページやブログに比べると、実名によるリアルタイムの情報交換ができるのが特徴という。同市では、市の新鮮な情報をいち早く同市に興味を持った人たちに届けるため、市のフェイスブックページを立ち上げた。

トップページは、同市のホームページを使い、市のさまざまな情報にアクセスできる。ウォールと呼ばれる場所には、同市から新鮮な情報を提供していくという。

フェイスブックの閲覧者は、ウォール上の「いいね」ボタンを押すことでファンに登録され、意見を書き込むことができるようになる。同市情報政策課では「ファンを囲い込むことで、桜川市に興味を持つ人を増やしていくことができる」とする。2月4日から「真壁のひなまつり」も開幕し、ひなまつりに関する情報もリアルタイムで発信することで、さらにファンの増加を期待している。

昨年の東日本大震災では、電話などの通信網は寸断状態だったが、フェイスブックなどの交流サイトなどが被災地の情報発信に力を発揮した。同課では「外部情報をどう生かすかが課題。災害時の対応でフェイスブックを活用できるか、研究したい」と話している。

取手市 碁盤目状の放射能汚染地図作成へ

土曜日, 1月 21st, 2012
10㍍間隔で7万カ所測定―取手市
碁盤目状の放射能汚染地図作成へ
放射性物質汚染対処特措法に基づく汚染状況重点調査地域に指定された取手市は20日、除染実施計画書の策定に向けて、市内全域に車を走らせて10㍍間隔などで計約7万700カ所の空間放射線量を測定し、500㍍ごとに碁盤目状の放射能汚染地図を作成すると発表した。
車に放射線測定器を搭載して住宅地などを含め市内の主な道路651㌔をくまなく走行し約10㍍間隔で6万5100カ所を測定する。ほかに市が放射線測定器を自治会などに貸し出して12月からすでに実施している測定結果と、市が測定した計約5600カ所のデータを合わせて、500㍍間隔で汚染地図を作成する。
除染は、作成した汚染マップに基づいて、空間放射線量が毎時0・23マイクロシーベルト以上の地域で実施する計画だ。
汚染地図は市ホームページ(HP)などで公開する予定で、除染実施後も、どの程度、放射線量が下がったかなどを測定し市HPの地図上に公開する。
2月上旬に車を走らせて測定し、3月末までに作成を終えたい意向だ。制作途中の3月上旬にも汚染地図を公表したい考え。
市は20日、放射能測定と汚染マップ作成費用計約1942万円を専決処分した。費用はすべて国が負担する。

10㍍間隔で7万カ所測定―取手市 ~常陽新聞20121020~

碁盤目状の放射能汚染地図作成へ

放射性物質汚染対処特措法に基づく汚染状況重点調査地域に指定された取手市は20日、除染実施計画書の策定に向けて、市内全域に車を走らせて10㍍間隔などで計約7万700カ所の空間放射線量を測定し、500㍍ごとに碁盤目状の放射能汚染地図を作成すると発表した。

車に放射線測定器を搭載して住宅地などを含め市内の主な道路651㌔をくまなく走行し約10㍍間隔で6万5100カ所を測定する。ほかに市が放射線測定器を自治会などに貸し出して12月からすでに実施している測定結果と、市が測定した計約5600カ所のデータを合わせて、500㍍間隔で汚染地図を作成する。

除染は、作成した汚染マップに基づいて、空間放射線量が毎時0・23マイクロシーベルト以上の地域で実施する計画だ。

汚染地図は市ホームページ(HP)などで公開する予定で、除染実施後も、どの程度、放射線量が下がったかなどを測定し市HPの地図上に公開する。

2月上旬に車を走らせて測定し、3月末までに作成を終えたい意向だ。制作途中の3月上旬にも汚染地図を公表したい考え。

市は20日、放射能測定と汚染マップ作成費用計約1942万円を専決処分した。費用はすべて国が負担する。

取手藤代南集会場完成 ~茨城新聞20121020~

約500世帯の町会に住民のコミュニケーションの場としてスタートした

毎日新聞女の気持

土曜日, 1月 21st, 2012
第一歩 東京都大田区・鳥居光代(小学校非常勤講師・65歳)
「65歳ですが、ボランティアに行っても迷惑になりませんか」。恐る恐る聞いてみると「年齢相応に動ける仕事がたくさんあります」との返事。
東日本大震災後、私には義援金を出すことしかできないのかと疑問を持ち続けていたので、思い切って被災地への新幹線ツアーに申し込んだ。そして先月、ボランティアへの第一歩を踏み出した。
40人の集団で、宮城県南三陸町のがれき撤去作業に参加した。泥にまみれた布、乾電池、茶わんのかけら、本、マージャンパイなどが姿を現す。生活が詰まっているがれきを、手作業で掘り出して分別していく。
1時間もすると、がれきの山が高くなり、家が建っていた跡地が奇麗になっていく。
40人の力はすごいなと思うと同時に、周囲に果てしなく広がっている、がれきの野原に目まいがする。
1泊2日のボランティア体験だったが、人のためにやっているというより、自分のためにやっているという感覚になるのはなぜだろう。
作業を終えると、ボランティアセンターの方が「見ての通り、復興などは先の先です。ボランティアの数が急減しています。皆さんが現状を多くの方に伝えてください」と訴えた。
一人の力は小さいけれど、人海戦術に加わるため、2月には気仙沼で第二歩を踏み出します。

第一歩 ~毎日新聞20120119~

「65歳ですが、ボランティアに行っても迷惑になりませんか」。恐る恐る聞いてみると「年齢相応に動ける仕事がたくさんあります」との返事。

東日本大震災後、私には義援金を出すことしかできないのかと疑問を持ち続けていたので、思い切って被災地への新幹線ツアーに申し込んだ。そして先月、ボランティアへの第一歩を踏み出した。

40人の集団で、宮城県南三陸町のがれき撤去作業に参加した。泥にまみれた布、乾電池、茶わんのかけら、本、マージャンパイなどが姿を現す。生活が詰まっているがれきを、手作業で掘り出して分別していく。

1時間もすると、がれきの山が高くなり、家が建っていた跡地が奇麗になっていく。

40人の力はすごいなと思うと同時に、周囲に果てしなく広がっている、がれきの野原に目まいがする。

1泊2日のボランティア体験だったが、人のためにやっているというより、自分のためにやっているという感覚になるのはなぜだろう。

作業を終えると、ボランティアセンターの方が「見ての通り、復興などは先の先です。ボランティアの数が急減しています。皆さんが現状を多くの方に伝えてください」と訴えた。

一人の力は小さいけれど、人海戦術に加わるため、2月には気仙沼で第二歩を踏み出します。

映画「天心」缶バッジのデザインは傍嶋賢さん

土曜日, 1月 21st, 2012
映画「天心」缶バッジのデザイン発表 茨城
2012.1.19 02:27
近代日本美術の発展に功績を残した岡倉天心の生涯を描く映画「天心」の実行委員会事務局(城之内景子事務局長)は、同映画をPRする缶バッジのデザインを発表した。
缶バッジは、映画主題歌を担当する北茨城市出身のミュージシャン、石井竜也さんが発案、取手市在住のアーティスト、傍嶋賢さんがデザインした。
バッジには「復興支援映画」や「天心」「START」などの文字と天心の横顔が入っている。
天心の横顔などは北茨城市の花、シャクナゲの色であるピンクのほか、同じシャクナゲの紫▽松の緑▽海の青▽自然薯(じねんじょ)のオレンジ-の4色で描かれた4種類がある。
缶バッジの値段や販売方法は検討中という。

映画「天心」缶バッジのデザイン発表 ~産経新聞20110119~

近代日本美術の発展に功績を残した岡倉天心の生涯を描く映画「天心」の実行委員会事務局(城之内景子事務局長)は、同映画をPRする缶バッジのデザインを発表した。

缶バッジは、映画主題歌を担当する北茨城市出身のミュージシャン、石井竜也さんが発案、取手市在住のアーティスト、傍嶋賢さんがデザインした。

バッジには「復興支援映画」や「天心」「START」などの文字と天心の横顔が入っている。

天心の横顔などは北茨城市の花、シャクナゲの色であるピンクのほか、同じシャクナゲの紫▽松の緑▽海の青▽自然薯(じねんじょ)のオレンジ-の4色で描かれた4種類がある。

缶バッジの値段や販売方法は検討中という。

SOBASUTAブログ

鎧塚さんプロデュース茨城県産スイーツが渋谷デビュー

土曜日, 1月 21st, 2012
県産スイーツ、渋谷進出 人気パティシエ鎧塚さんプロデュース 茨城
2012.1.20 02:23
古民家スイーツ&カフェ「高萩茶房」で出された鎧塚俊彦さんプロデュースのスイーツ。手前から時計回りに、高萩のほおずきのフィザリス、日立のカボチャのパンプキンパイ、笠間のクリのモンブラン、日立のイチジクのコンポートフィグ=高萩市上手綱の県指定文化財「穂積家住宅」
■4月26日オープン、駅直結
人気パティシエ、鎧塚(よろいづか)俊彦さん(46)が手がける茨城産食材を使った「茨城コラボスイーツ」を販売する新店舗が4月26日、東京・渋谷に登場することになった。県産農産物の風評被害対策に苦慮する県は、この新店舗を足がかりに首都圏での消費拡大を目指したい考えだ。
新店舗は4月26日にオープンする渋谷の新しい複合商業施設「渋谷ヒカリエ」に出店する。「渋谷ヒカリエ」は東急電鉄グループが東急文化会館跡地を再開発した地上34階、地下4階建ての複合商業施設。渋谷駅に直結し、早くも東京の新たなランドマークとして注目を集めている。
利用客は20代後半から40代の“働く女性”を主なターゲットに想定。県では、女性からの人気が高い鎧塚さんの茨城産スイーツが首都圏の女性を中心に広がり、メロンやクリ、鶏卵など生産量日本一が多い茨城産農産物の知名度や消費が拡大する好機になると期待を寄せる。
鎧塚さんは昨年、高萩市上手綱の古民家を活用した期間限定カフェ「高萩茶房」で県産食材を使ったスイーツを提供した。
昨年12月、県庁で橋本昌知事を表敬訪問した際、鎧塚さんは産経新聞社の取材に対し、「平成24年春をめどに、茨城

県産スイーツ、渋谷進出 人気パティシエ鎧塚さんプロデュース ~産経新聞20110119~

古民家スイーツ&カフェ「高萩茶房」で出された鎧塚俊彦さんプロデュースのスイーツ。手前から時計回りに、高萩のほおずきのフィザリス、日立のカボチャのパンプキンパイ、笠間のクリのモンブラン、日立のイチジクのコンポートフィグ=高萩市上手綱の県指定文化財「穂積家住宅」

人気パティシエ、鎧塚(よろいづか)俊彦さん(46)が手がける茨城産食材を使った「茨城コラボスイーツ」を販売する新店舗が4月26日、東京・渋谷に登場することになった。県産農産物の風評被害対策に苦慮する県は、この新店舗を足がかりに首都圏での消費拡大を目指したい考えだ。

新店舗は4月26日にオープンする渋谷の新しい複合商業施設「渋谷ヒカリエ」に出店する。「渋谷ヒカリエ」は東急電鉄グループが東急文化会館跡地を再開発した地上34階、地下4階建ての複合商業施設。渋谷駅に直結し、早くも東京の新たなランドマークとして注目を集めている。

利用客は20代後半から40代の“働く女性”を主なターゲットに想定。県では、女性からの人気が高い鎧塚さんの茨城産スイーツが首都圏の女性を中心に広がり、メロンやクリ、鶏卵など生産量日本一が多い茨城産農産物の知名度や消費が拡大する好機になると期待を寄せる。

鎧塚さんは昨年、高萩市上手綱の古民家を活用した期間限定カフェ「高萩茶房」で県産食材を使ったスイーツを提供した。

昨年12月、県庁で橋本昌知事を表敬訪問した際、鎧塚さんは産経新聞社の取材に対し、「平成24年春をめどに、茨城の農産物を使ったスイーツを首都圏に紹介するプロジェクトを始める」と話し、「一歩踏み込んで茨城の“名物”を作っていきたい」としていた。

今回の新店舗は、その発想が具体化する形だ。県では茨城コラボスイーツの実現へ「具体的な準備を進めている」(県北振興室)という。

4月26日オープン

21日龍禅寺三仏堂内部を特別公開します

土曜日, 1月 21st, 2012
龍禅寺三仏堂:内部を特別公開 取手で21日 /茨城
取手市米ノ井の国指定文化財・龍禅寺三仏堂の内部が21日、無料で特別公開される。三仏堂は釈迦如来(しゃかにょらい)、阿弥陀(あみだ)如来、弥勒菩薩(みろくぼさつ)の三仏をまつった建造物。
939(天慶2)年の創建と伝えられ、現在の建物は、建築様式から室町時代後期に建てられたと推測されている。「平将門が生まれた」「同寺を参詣して、三仏堂を寄進した」などの伝説があるという。
市は文化財防火デーに合わせ同日、消防訓練を実施する予定で、訓練終了後の午前11時から公開。訓練が雨天中止の場合は、午前10時~午後4時まで公開する。問い合わせは市埋蔵文化財センター(0297・73・2010)へ。

龍禅寺三仏堂:内部を特別公開 取手で21日 ~毎日新聞20110119~

取手市米ノ井の国指定文化財・龍禅寺三仏堂の内部が21日、無料で特別公開される。三仏堂は釈迦如来(しゃかにょらい)、阿弥陀(あみだ)如来、弥勒菩薩(みろくぼさつ)の三仏をまつった建造物。

939(天慶2)年の創建と伝えられ、現在の建物は、建築様式から室町時代後期に建てられたと推測されている。「平将門が生まれた」「同寺を参詣して、三仏堂を寄進した」などの伝説があるという。

市は文化財防火デーに合わせ同日、消防訓練を実施する予定で、訓練終了後の午前11時から公開。訓練が雨天中止の場合は、午前10時~午後4時まで公開する。問い合わせは市埋蔵文化財センター(0297・73・2010)へ。

明日「とりで太鼓の祭典」で初舞台の難病の中学生

金曜日, 1月 20th, 2012
難病の中学生が太鼓演奏に挑戦
視力低下、音楽で誰かに勇気を
昨年春、急に目が見えなくなる難病を発症した取手市立藤代中学3年、山口凌河君(15)が8月末から、地域の太鼓愛好団体に加わり演奏に挑戦している。21日には、同市東の取手市民会館で開かれる「とりで太鼓の祭典」に出演し、初舞台を踏む。凌河君は「自分もいろいろな人に勇気づけられたので、自分ができることをやることで、誰かを勇気づけられれば」と話す。
凌河君は昨年6月まで同中野球部の主将を務め、捕手か三塁を守る4番打者だった。昨年3月、バッターボックスに立つと目の前で球が見えなくなる症状に突然襲われ、その後、視力が急激に低下、5~6月ごろにはほとんど見えなくなり、光を感じるだけになったという。治療を続けたが良くならず、8月に10万人に一人といわれる視神経が萎縮する難病「レーベル病」と診断された。
学校に行かなくなり、自宅に引きこもる日々が続いたという。この間、友人が自宅に遊びに来て「学校に行かなくていいから、おれんち来いよ」と声を掛けてくれた。友人の誘いをきっかけに外出できるようになり、再び学校にも通えるようになった。まだ視力が残っていたころ、自転車で外出する際は友人が両脇を併走するなどして危険から守ってくれた。「友達が優しくしてくれたことが、立ち直るきっかけになった」と振り返る。
凌河君は保育園の年長から小学4年まで5年間、太鼓クラブ「小貝川子ども太鼓」に所属し、地域の祭りや音楽祭などで太鼓をたたいてきた。5年になって少年野球クラブに所属したのをきっかけに太鼓を辞め、野球に打ち込んだ。
中学3年になったばかりで視力を失い、すべてにやる気を無くす一方、「何かやらなくては自分の将来が何もなくなってしまう」とあせる中、「以前やっていた太鼓だったらできるかな」と思い立ち、昨年8月、地域の社会人太鼓愛好団体「太鼓の衆 風舞(かざまい)」(根本和彦代表)に入会した。「太鼓が新たな目標になった」と凌河君は話す。
同会は母親の文子さん(49)も活動している団体だ。文子さんは凌河君が保育園で太鼓を始めたのをきっかけに、自身も太鼓を始め、凌河君が野球に打ち込んでからもずっと太鼓演奏を続けてきた。
昨年8月末から凌河君は毎週1回、母親らと一緒に練習を続けている。演奏する前に太鼓を触り大きさを測ってからたたく。最近は自宅のパソコンで太鼓演奏のDVDを聞きながら練習している。「風舞」の根本代表は「基本的な打ち方ができているので、他のメンバーと遜色ない」と話し、「明るい性格の凌河君が太鼓に打ち込む姿に、逆にメンバーが励まされている」と語る。
21日の「太鼓の祭典」では2曲を演奏し大太鼓とやぐら太鼓をたたく。凌河君は「上手にできれば」とし「野球をやっていたので大きな声を出したい」と意気込みを話す。舞台では母親とも初共演する。
卒業後は全寮制の筑波大付属盲学校(東京都文京区)に進学する予定だ。「点字を学び歩行訓練を習得したい。大学に進学し、音楽が好きなので将来は歌手になることを目指している」と夢を語る。

難病の中学生が太鼓演奏に挑戦  ~常陽新聞20110120~

視力低下、音楽で誰かに勇気を

昨年春、急に目が見えなくなる難病を発症した取手市立藤代中学3年、山口凌河君(15)が8月末から、地域の太鼓愛好団体に加わり演奏に挑戦している。21日には、同市東の取手市民会館で開かれる「とりで太鼓の祭典」に出演し、初舞台を踏む。凌河君は「自分もいろいろな人に勇気づけられたので、自分ができることをやることで、誰かを勇気づけられれば」と話す。

凌河君は昨年6月まで同中野球部の主将を務め、捕手か三塁を守る4番打者だった。昨年3月、バッターボックスに立つと目の前で球が見えなくなる症状に突然襲われ、その後、視力が急激に低下、5~6月ごろにはほとんど見えなくなり、光を感じるだけになったという。治療を続けたが良くならず、8月に10万人に一人といわれる視神経が萎縮する難病「レーベル病」と診断された。

学校に行かなくなり、自宅に引きこもる日々が続いたという。この間、友人が自宅に遊びに来て「学校に行かなくていいから、おれんち来いよ」と声を掛けてくれた。友人の誘いをきっかけに外出できるようになり、再び学校にも通えるようになった。まだ視力が残っていたころ、自転車で外出する際は友人が両脇を併走するなどして危険から守ってくれた。「友達が優しくしてくれたことが、立ち直るきっかけになった」と振り返る。

凌河君は保育園の年長から小学4年まで5年間、太鼓クラブ「小貝川子ども太鼓」に所属し、地域の祭りや音楽祭などで太鼓をたたいてきた。5年になって少年野球クラブに所属したのをきっかけに太鼓を辞め、野球に打ち込んだ。

中学3年になったばかりで視力を失い、すべてにやる気を無くす一方、「何かやらなくては自分の将来が何もなくなってしまう」とあせる中、「以前やっていた太鼓だったらできるかな」と思い立ち、昨年8月、地域の社会人太鼓愛好団体「太鼓の衆 風舞(かざまい)」(根本和彦代表)に入会した。「太鼓が新たな目標になった」と凌河君は話す。

同会は母親の文子さん(49)も活動している団体だ。文子さんは凌河君が保育園で太鼓を始めたのをきっかけに、自身も太鼓を始め、凌河君が野球に打ち込んでからもずっと太鼓演奏を続けてきた。

昨年8月末から凌河君は毎週1回、母親らと一緒に練習を続けている。演奏する前に太鼓を触り大きさを測ってからたたく。最近は自宅のパソコンで太鼓演奏のDVDを聞きながら練習している。「風舞」の根本代表は「基本的な打ち方ができているので、他のメンバーと遜色ない」と話し、「明るい性格の凌河君が太鼓に打ち込む姿に、逆にメンバーが励まされている」と語る。

21日の「太鼓の祭典」では2曲を演奏し大太鼓とやぐら太鼓をたたく。凌河君は「上手にできれば」とし「野球をやっていたので大きな声を出したい」と意気込みを話す。舞台では母親とも初共演する。

卒業後は全寮制の筑波大付属盲学校(東京都文京区)に進学する予定だ。「点字を学び歩行訓練を習得したい。大学に進学し、音楽が好きなので将来は歌手になることを目指している」と夢を語る。

藤代南町内の公園で新春ふれあいどんど焼き

水曜日, 1月 18th, 2012

i-20120117