金子哲雄さん、病床で見事な「終活」 ~産経新聞 産経抄20121004~
いつからだろう。新聞の訃報欄を読みながら、故人の年齢を自分のと比べるようになったのは。それにしても、流通ジャーナリスト、金子哲雄さんの41歳は若すぎる。つい最近までテレビで活躍していた印象が強いから、余計に驚いた。
ジーンズからミサイルまで、あらゆる製品の流通過程に精通していた金子さんのもうひとつの肩書は「国際値切リスト」だ。たとえば車の購入は、決算期前がおすすめだという。販売ノルマを達成するために、割引される可能性が高いからだ。あらゆる情報から「底値」のヒントを探す「値切り術」を、小紙でも披露している。
半生をつづった『ボクの教科書はチラシだった』(小学館)によると、その原点は「買い物担当大臣」だ。金子さんが小学2年生のときに、両親から任命された。手伝いとして、買い物を任されただけではない。毎日、母親から買い物リストとお金を渡され、そのおつりが小遣いになる仕組みだ。
毎朝チラシをチェックしていると、いつのまにか、近所の店の情報を知り尽くすようになった。それを母親や近所のおばさんに教えると、評判がいい。テレビに出て、もっとたくさんの人にお買い得情報を伝えたい。
そんな少年時代の夢をかなえた金子さんを病魔が襲う。肺カルチノイドという、発症率が10万人に1人の珍しい病気らしい。入退院を繰り返しながら、仕事への情熱を失わなかった。先月出たばかりの最新刊でも、病気について一切触れられていない。
亡くなる前日にも電話取材に応じている。一方で、病床から葬儀や墓の手配まで済ましていたという。「終活」も見事だった。それを支え、自宅でみとった奥さまにも頭が下がる。