女の気持ち 還暦
毎日新聞2017年5月31日 東京朝刊
今月、私は60歳の還暦を迎えた。誕生日の前夜、夫は「明日はどうしたいの」としきりに聞いてきた。私は返事をせずに話題を変えた。
当日の朝、再び夫が「今日どうするんだ」という。「給料日前でボーナスもまだ、家計がピンチでどうにもならないから」と答えた。すると夫は「何もプレゼント用意していなくて少しだけど」と言って、封筒を手渡してくれた。1万円入っていた。
もう3年も洋服を買っていない。2人の子供に大金がかかっているから、すべて我慢の連続だった。
夏のズボンがほしかった。車で30分の所に、大学生の息子もついてきた。私は2年半前から歩行障害で、カートにつかまりながら店内を巡り、手ごろな品を購入できた。夫はその間、車内で昼寝。買い物を終え3人で昼食をとった。上品な皿が数点並ぶお膳で、おいしかった。
息子が勘定をさっと取りレジへ。「春休みのバイト代が入ったから」。わあ! ごちそうさま。
世の中、上を見ればきりがない。下を見てもきりがない。高級ホテルで会席料理を食べる人もいるだろうが、還暦祝いができない人もいる。私は足こそ悪くなったけれど手は動くし、夫はいやいやでも働いてくれる。息子もよい青年になりつつある。これ以上望んだらバチが当たる。感謝せねば、2人ともありがとう。
多くの知人にも祝いを受け、お金で得られない宝を、私は60年でつかんだ。