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型破りな老健の試み

木曜日, 4月 5th, 2018

【ゆうゆうLife】
ある老健の試み(上) ビュッフェ、幼児の世話、ビール… 環境整備で意欲喚起 自分らしく生きて死ぬには? 

 介護の必要な高齢者が、日中を過ごす通所系サービス。事業所によって活動内容はさまざまで、“正解”はない。だが、家族や介護職からは「転倒防止のため車いすから立たせない事業所もある」と不満も漏れる。自分らしく生きて死ぬには何が必要で、また、何がそれを難しくしているのか。利用者の意欲を呼び覚ますため、「生きていくにはリスクもある」という、型破りな事業所を2回に分けてリポートする。

 埼玉県春日部市にある介護老人保健施設「しょうわ」の昼食時間帯はにぎやかだ。通いや泊まりの利用者が、歩行器でビュッフェの列に並ぶ。この日のメニューは、カレーライスや南蛮漬けなど和洋折衷。利用者が午前中に作ったマカロニサラダやレーズンパン、すいとんは、またたく間になくなった。

 職員にトレーを持ってもらい、林孝史さん(89)仮名は歩行器でテーブルに移動した。しょうわの事業所内保育所に通う幼児2人も同じテーブル。職員は「このあたりには、子供好きの人が座るから大家族の雰囲気。林さんは大人気で、子供たちの“林さん待ち”が出るくらい」という。

 子供が食事中に飽きて遊び始めると、林さんがスプーンで口に運ぶ。「子供はすぐに『これは食べる』とか『食べない』とか言って…」と苦言を漏らしつつ楽しそうだ。

 老人保健施設は、家での暮らしを支援する施設。全国に約4200カ所あり、約36万人が利用する。医療機関から退院後に家へ帰るためのリハビリをしたり、利用者が施設にいる間、家族が介護の息抜きをしたりする。

 ただ、しょうわのケアは一風変わっている。掲げるのは「常識にとらわれない、非常識な介護」。利用者には行動制限はもちろん、食事制限もしない。施設長の佐藤龍司医師(54)は「意欲が出れば体が動く。介護は、本人の心を動かすサービスが必要だ」と言う。そのために、プログラムは多種多様だ。特に男性に人気はグラウンドゴルフ。男性は介護事業所に通いたがらないが、これが利用のきっかけになっている。参加すると「しょうわ通貨」を稼いで、ビールを飲めるからだ。そのために、歩行器を使い始めた人は少なくない。

脳出血の後遺症で体の左側にまひのある男性(65)は、ジョッキを片手にゴキゲンだ。「家では飲ませてもらえない。今日はホールインワンだったから中ジョッキなんだ」。乾杯相手の男性(53)は右側にまひがある。火曜と木曜に一緒になる友人同士だ。

 WHO(世界保健機関)が言う健康状態は、心身の機能維持▽活動▽参加-が相互に影響しあってできる。「周囲ができるのは、本人が『参加したい』と思える環境をつくることだ」(佐藤医師)

 しょうわでは、午前中に料理をするグループもある。認知症の女性は懇切丁寧に調理台を拭き続け、その横で男性が「料理はなんでも得意だよ。ぼくは、ここで働いているの」と快活に話す。スタッフは「利用者さんですが、ご本人は働きに来ているつもりで、夜も『今日は泊まり勤務か』と納得すると、穏やかに過ごされます」。

 佐藤医師の原点は、20年以上前に勤めた老人病棟での経験。「入院患者は、罵声(ばせい)や徘徊(はいかい)で家族がみられなくなった認知症の人たち。病院は入院させると薬で鎮静し、患者はぼーっとして表情を失う。オムツにして、動かないようにして寝たきりを作り、患者は褥瘡(じょくそう)ができて、誤嚥(ごえん)性肺炎で死んでいく」

 それが嫌で、認知症を勉強してこれまでと違ったケアのしょうわを作った。自分らしく生きて死ぬことを目指し、利用者には「今できること」をしてもらう。転倒するかもしれないが、立って歩くことを推奨し、施設には鍵をかけない。ふらりと出て行く人を、後ろからスタッフが上着を持って追いかける。

 利用開始時には、歩けない人もいる。寝返り、起き上がり、座る、立つ、歩くの基本動作から始め、次が食事や着替えなどの日常生活動作。それから電話をかけたり、外出したりの活動や参加ができ、その過程でやりがいやプライド、意欲が生まれる。

 「転ぶかもしれないが、歩いたり立ったりできる環境が必要。人が生きているときは、そういうリスクの中で生きている」

 「機能回復進むケアを」

  宮島俊彦・兵庫県立大学大学院経営学研究科客員教授の話

  介護施設は、ともすると“管理”が優先しがちだ。安全第一でスタッフの都合が優先すると、みんなで歌を歌わせて、一斉に食事をする「集団処遇」になる。

 個々の意思を尊重する事業所は増えており、今は過渡期だ。東京都町田市の通所介護事業所「DAYS BLG!」では、利用者が自動車ディーラーで洗車をしたり、青果市場で野菜の選別をしたりする。謝金が少し出ると、「今日は働いた」という充実感が生まれ、「家族に今川焼きでも買って帰ろう」という気持ちになる。神奈川県藤沢市の「あおいけあ」や、山口市を拠点とする「夢のみずうみ村」も、利用者の希望にそってプログラムを組む。

 意思や意欲が尊重されれば、人は自然と力が発揮され身体が動く。それがリハビリになり自立につながる。あたりまえのことだ。ケアの方法を変えると自立支援につながる。介護事業所は福祉的なサービスだけでなく、本人の機能回復が進む方向にサービスを変えていく必要がある。