Archive for the ‘記事’ Category

ゆめあかり ブログの更新で文字消失 

水曜日, 11月 23rd, 2011

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幻想的な紙袋キャンドル 取手収穫祭@藤代庁舎 ~産経新聞20111124~

 取手市藤代の市役所藤代庁舎で23日、初めての「取手収穫祭@藤代庁舎」が開かれた。夜には会場に紙袋キャンドルが灯され、辺りには一足早いクリスマスムードが漂っていた。

 収穫祭は、昼の部でフードコート・マルシェやライブパフォーマンスなどが行われ、市民たちは食べたり音楽を聴いたりして楽しいひとときを過ごした。

 夜の部は、ゆめまっぷの会(雨宮由利子代表)が主催し、約2800個の紙袋キャンドルを灯す「キャンドルアート“ゆめあかり”」を開催。25枚1000円で販売した紙袋に名前や願いごとなどを書き込み、ろうそくを灯すと、幻想的な灯りの世界が広がった。

 同会では、紙袋の売上金の一部を、東日本大震災被災者の義援金に充てることにしている。

放射能NO!ネットワーク取手結成

日曜日, 11月 20th, 2011

放射能の不安ない街に 取手で市民団体結成  ~常陽新聞20111120~

市民の力を結んで、 取手を不安なく子育てできる街にしようと、 市民団体 「放射能NO!ネットワーク取手」 (本木洋子代表) が19日結成された。 同日取手市寺田の市福祉交流センターで開かれた結成記念講演会には市民約100人が参加した。 今後、 放射線の勉強会や市内の放射線測定などに取り組み、 市に放射線対策などを要望していくという。
 
同市ではすでに放射能に不安をもつ母親らが 「放射能汚染から子どもを守ろう@取手」 を結成している。 「ネットワーク取手」 は、 市内の各団体と連携し、 将来は共同行動を取りたいとしている。
 
19日は 「チェルノブイリの子どもを救おう会」 (日立市) 代表の久保田護茨城大名誉教授が 「チェルノブイリと福島―放射能から体を守るために」 と題して講演した。 チェルノブイリ原発事故の汚染地ベラルーシで住民がどのように暮らしているかなどを詳細に話し、 「自分が生活する周りを細かく測定することが大事」 「空間線量率測定器や食品放射能測定器ばかりでなく、(内部被ばくを測定する) ホールボディーカウンターも行政などに働き掛けて整備し、 自分たちで測定し自分たちで判断していくことが大事」 などと話した。
 
ベラルーシでは学校の先生が子どもたちに内部被ばくを抑える生活方法を指導しているなどの例を挙げて 「先生や親の指導力で、 子どもの内部被ばくは変わる」 と強調した。

取手市商工会女性部 鶴のオブジェ制作

金曜日, 11月 18th, 2011

東日本大震災:復興祈願、鶴のオブジェ制作 ~毎日新聞20111118~

取手市商工会女性部 /茨城

 取手市商工会女性部(田中園子部長、210人)は東日本大震災の復興を祈る「震災復興祈願のオブジェ」を制作しており17日、市商工会(同市取手)で約20人がオブジェにつるす鶴の最終仕上げを行った。

 オブジェは、ひと針ひと針、復興への願いを込めて作った150羽の鶴のつるし飾り。背景に四季折々の美しい花々をあしらい、震災犠牲者の冥福を祈り、スイレンの花があしらわれる。22日に全体を組み立て、12月1日に市商工会館ロビーに飾った後、来年2月11日~3月3日まで開かれる「第8回 取手宿ひなまつり」で展示される予定だ。

東日本大震災:復興祈願、鶴のオブジェ制作

東日本大震災:復興祈願、鶴のオブジェ制作

東日本大震災:復興祈願、鶴のオブジェ制作

東日本大震災:復興祈願、鶴のオブジェ制作

取手市自治会と汚染マップ作成

火曜日, 11月 15th, 2011

取手市、自治会と汚染マップ作成へ  ~常陽新聞20111115~

放射線測定器81台を貸し出し

福島第1原発事故による放射線対策について、市全域を除染する方針を決めた取手市は14日、新たに簡易型の空間放射線量率測定器81台を市政協力員に貸し出し、自治会などと協働で市全域の詳細な汚染マップを作成すると発表した。11月下旬ごろから道路や公園、側溝、民家などを対象に詳細に測定を始めてもらい、測定結果をもとに、12月中に市が汚染マップと除染計画を作成する。  

同市は、来年1月に本格施行の放射性物質汚染対処特措法に基づいて市全域を「汚染状況重点調査地域」に指定し、2年間かけて除染を行い、市全域の空間線量率を毎時0・23マイクロシーベルト以下に低減させる方針を既に決めている。汚染マップは、国に提出する除染計画を作成する際の資料となる。

市は14日、自治会などに貸し出す81台を含む放射線測定器90台分と、除染作業員が携帯する予定の線量率測定器15台分の購入費計1058万円を専決処分した。財政調整基金を取り崩して財源に充てる。

測定器81台は来年3月まで貸し出す。第1段階として12月中に自治会役員などに通学路や公園、側溝などを測定してもらう。来年1月以降は第2段階として、自治会会員らに直接、民家などを測定してもらう。自治会などに加入していない市民に対しては、90台の購入分のうち残り9台程度を、市が直接住民に貸し出す。

測定場所の選定や何メートル間隔で測定するかなどは、自治会などに任せ、地区の実情に応じて取り組んでもらう。地区によって測定箇所にむらが出ることが予想されるが、汚染マップ作成に当たっては市も別途、測定するという。

測定の際、毎時1マイクロシーベルトを超えた場合は、すみやかに市に報告してもらう。さらに周囲に比べて高い放射線量が測定された箇所については、注意喚起の表示を設置したり除染を行うなどするという。

Dr.中川のがんの時代を暮らす

火曜日, 11月 15th, 2011

Dr.中川のがんの時代を暮らすは、毎日新聞日曜日に連載中です。

2週間分毎に転載させていただいています。

Dr.中川のがんの時代を暮らす:13 見直し進む食の安全基準

 内部被ばくの恐怖が収まりません。お母さん方の心中を思うと、僕もつらい気持ちになります。ただし、半減期30年のセシウム137を摂取しても排せつによって、子供は数週間、大人も約3カ月で体内の量自体が半減します。

 実際、福島の住民を対象とした検査の結果、セシウムによる内部被ばくも、危惧されたレベルではないことが明らかになりつつあります。9月末までに検査をした福島県民4463人の内部被ばく量は、生涯で約3ミリシーベルトと推定される2人の値が最大でした。そのほか、8人が2ミリシーベルト、6人で1ミリシーベルト、残りの4447人は1ミリシーベルト未満でした。いずれもがんが増えるレベルではなく、ほっとしました。

 チェルノブイリでは、事故の公表と食品規制が遅れたため、放射性ヨウ素による小児甲状腺がんが増えましたが、放射性セシウムが直接原因となった発がんの増加は、これまでのところ確認されていません。チェルノブイリと比べて、福島での被ばく量は少ないので、福島では放射性物質が直接原因となるがんは、どんながんでも増えないだろうと思います。

 さらに、セシウムによる内部被ばくにつながる食品の放射性物質について、安全基準がさらに厳しくなります。小宮山洋子厚生労働相は10月28日、「年5ミリシーベルト」としている放射性セシウムの暫定上限を「年1ミリシーベルト」に引き下げる方針を明らかにしました。

 これは、内閣府の食品安全委員会が、食品から受ける被ばくについて、放射線による健康への影響が見いだされるのは「生涯の累積線量が100ミリシーベルト」とする評価書を出したことを受けたものです。

 食品安全委員会の議論には、僕も、専門参考人として参加しました。100歳まで生きる人を想定すると、「生涯100ミリシーベルト未満」を目指すためには食品からの被ばくの上限は年1ミリシーベルトになります。例えば、野菜の現在の暫定規制値は1キロあたり500ベクレルですが、単純に5分の1にするならば100ベクレルが上限になります。これは、米国の基準の12分の1に相当し、生産者にとっては非常に厳しい数字となります。一方、この見直しによって、内部被ばくの心配はさらに少なくなりますから、国民の安心は広がるはずです。

 

Dr.中川のがんの時代を暮らす:14 自然被ばくとは

東京電力福島第1原発の事故を許すことができないことに、だれも異論はありません。ただし、この事故がなかったとしても、私たちだれもが毎日、放射線による被ばくをしていることも現実です。

 大地からガンマ線が出ていますし、宇宙線は常に地球へ降り注いでいます。さらに、天然の放射性物質は大気にも食べ物にも含まれますから、私たちの体内にはかなりの量の放射性物質が存在しています。これら自然環境からの被ばくを「自然被ばく」と呼びます。

 日本の自然放射線は、国際的に見ると少ない方で、世界平均の年間約2・4ミリシーベルトに対して、日本は1・5ミリシーベルト程度です。これはウラン鉱石などの資源が少ないためですが、同じ日本国内でも地域差があります。西日本は東日本より自然被ばくが多い傾向があります。放射性物質を多く含む花こう岩などが多く、大地からの被ばくが増えるのです。しかし、西日本で、がん患者が多いというデータはありません。

 ウラン鉱石などの資源が多い米国では、自然被ばくは年間3ミリシーベルトと、日本の倍です。上空では、宇宙線を「遮蔽(しゃへい)」する空気が薄くなり、成田からニューヨークを航空機で往復すると0・2ミリシーベルトの被ばくになります。7往復すれば日本国内の年間自然被ばくに達しますが、米国駐在の商社マンに、がんが多いわけではありません。

 世界には、もっと自然放射線が高い場所があります。イランのラムサールというラジウム温泉で有名な保養地では、年間の線量が最大で200ミリシーベルト以上にもなりますが、やはりがんの増加は認められてはいません。

 そもそも、日本人が(僕もですが)愛してやまない温泉は、自然放射線が高いのです。たとえば名湯として有名な有馬温泉(兵庫県)もラドンを含む「放射能泉」の一つです。

 わずかな放射線を徐々に浴びる場合、身体への悪影響はほとんどないと多くの専門家が考えています。「1ミリシーベルトを超える被ばくはすべて危険だ」と言う人もいますが、科学的な根拠はありません。実際、平均的な日本人は年間5ミリシーベルトを超える被ばくをしています。自然被ばくに加え、「医療被ばく」もあるからです。次回はこの点をお話しします。

Dr.中川のがんの時代を暮らす

火曜日, 11月 15th, 2011

Dr.中川のがんの時代を暮らすは、毎日新聞日曜日に連載中です。

2週間分毎に転載させていただいています。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:11 積算放射線量を測る
 
 「毎時1マイクロシーベルトの公園に、1年間ずっといたらおよそ9ミリシーベルトの被ばくになる」という計算が紹介されることがありますが、現実にはあり得ない想定です。そもそも、外部被ばくの量は、数メートル離れるだけで大きく違ってきます。風に乗って運ばれた放射性セシウムは、雨に溶けて土などに吸着していますから、空間放射線は、風向きや雨といった天候や、地形、地表の性質などによって大きく異なるからです。

 東京電力福島第1原発の事故によって放出された放射性物質は、3月15日と22日の風に乗って、首都圏まで達しました。15日の方が運ばれたセシウムの量は多かったのですが、幸いにも雨が降らなかったため、「素通り」になりました。一方、22日は雨が降り、セシウムが地表に沈着することになってしまったのです。

 線量が局所的に高い地点は「ホットスポット」と呼ばれます。ホットスポットは、福島第1原発から放出されたセシウムを乗せた風が流れ込んだときに雨が強く降った場所、とりわけ公園など土の多い場所にあたります。

 屋外と比べ、屋内での被ばくはぐっと少なくなります。木造家屋でも、屋外の4割程度、マンションなどの鉄筋コンクリートの建物の中では、2割以下になります。結局、個人が受ける外部被ばく量は、「線量計」を携帯して測らなければ分からないことになります。

 この個人の被ばく線量の測定に便利なのが「ガラスバッジ」です。特殊なガラスに放射線があたると、化学反応が起きて積算量が「記憶」される性質を利用したもので、病院などでも利用されています。ガラスを入れた小さなケースを常時身につけて、被ばく量を測定します。

 このガラスバッジによる測定結果が、明らかになってきています。福島県川俣町の約2500人の7~9月の3カ月の積算放射線量は、最大で約1ミリシーベルトと報じられています。同県伊達市の約8400人の8月、1カ月間の計測の結果からも、年間の被ばく量は最大でも5ミリシーベルト程度にとどまることが分かりました。

 年間5ミリシーベルトは、住民の平時の「被ばく限度」である1ミリシーベルトを超えますが、これによってがんの発症が増えるレベルではありません。

 

Dr.中川のがんの時代を暮らす:12 ジョブズ氏を悼む
 

米アップル社の共同創業者で前最高経営責任者のスティーブ・ジョブズ氏が、今月5日、膵臓(すいぞう)がんのため、56歳の若さで亡くなりました。私は「パソコン依存症」ですが、同社のマッキントッシュ(Mac)以外のマシンを使ったことがありません。4年前にはシリコンバレーの本社を訪問したほど、アップルをこよなく愛してきましたので、予想はしていたものの、ジョブズ氏の死は大変ショックでした。

 1980年代に社内抗争によってジョブズ氏が追放されると、アップル社は業績が悪化し倒産の危機に直面しましたが、彼の復帰後は、その強烈なカリスマ性によってiPodやiPhoneなど、時代を先取りする商品を矢継ぎ早に世に送り出し、今年8月、ついに株式の時価総額が世界一となりました。

 ジョブズ氏は、亡くなる前日まで、仕事をしていたようです。その精神力と使命感に驚くとともに、がんが実は「ピンピンコロリ」型の病気だということを実感させられます。このことは、胆のうがんで亡くなった、プロ野球元日本ハム監督の「親分」こと大沢啓二さんが、亡くなる2週間ほど前まで、テレビに出演していたことでも分かることです。

 膵臓がんは、手ごわいがんの代名詞です。完治する人はまれで、生存期間も平均で1年程度です。ところが、ジョブズ氏の場合、最初の手術から亡くなるまで7年が経過しています。大富豪ゆえに特別な治療が施された、というわけではないと思います。

 実は、ジョブズ氏の膵臓がんは「膵内分泌腫瘍」で、一般的な膵臓がんとタイプが違います。これは、膵臓の中で、インスリンなどのホルモンの内分泌をつかさどる細胞が「がん化」した腫瘍です。膵内分泌腫瘍は、膵臓がん全体の2%程度と非常に珍しいものですが、治癒率は普通の膵がんと比べると格段に高く、早期で手術すれば、ほぼ完治します。

 しかし、ジョブズ氏の場合、診断後も食事療法などの代替療法を続け、手術が9カ月も遅れてしまいました。本人も後悔していたと報じられていますが、天才経営者の「判断ミス」が、ITの歴史を変えてしまわないように祈ります(合掌)。

書籍セット『ほしいも学校』が人気です

水曜日, 11月 9th, 2011

ほしいも学校の書籍と干しイモの詰め合わせが「賞味期限のある書籍」として注目を浴びています

地域で何を大切にし何をどう伝えていくか考えるインパクトのある商品として

『グッドデザイン賞』に選ばれました

 

 ~茨城新聞201180~

 
グッドデザイン賞:ほしいも学校のイモと書籍、詰め合わせ商品に 販路拡大へ /茨城

 日本デザイン振興会(東京都港区)が認定する今年度のグッドデザイン賞に、干しイモを軸に町作りを進めるプロジェクト「ほしいも学校」の書籍と干しイモの詰め合わせ商品が選ばれた。9日に表彰式が行われる。関係者は「“食糧供給地”茨城が新たな分野を開拓できるチャンス」と意気込んでいる。

 「ほしいも学校」はひたちなか市や東海村を中心とした生産者、アイデアマンらが組合を設立し、地場産業と地域の人々をつなぎ、将来の可能性を探るプロジェクト。その成果物として「ほしいも学校」の名前を冠し、袋入りの干しイモと433ページの解説本を組み合わせた商品を開発。昨年10月から売り出したところ「賞味期限のある書籍」と書店で注目を浴びている。

 グッドデザイン賞には今年、全国から3162件の応募があり、1112件が受賞。「ほしいも学校」は「地域で何を大切にし、どう伝えていくべきか考えるインパクトのある商品」と評価された。

 事務局のひたちなか商工会議所工業振興課長、小泉力夫さん(49)は「これを機に我々の活動や販路を広げたい」という。広報担当の関山大介さん(28)は「干しイモをコンテンツとしてスイーツや音楽と結びつけ、若者や高齢化しつつある生産者との連帯を深められたら」とアイデアを膨らませていた。

 

アイディアですよね

つるし飾りの作り方DVDと実物つるし飾りセットなんて需要があるかしら?

いばらきドリプラ 夢と勇気と笑顔に溢れた世界をつくる

火曜日, 11月 8th, 2011

20日に「いばらきドリプラ」―水戸 11人が本気で夢を語る ~常陽新聞20111108~

自らが描く夢を語り、事業の価値を説明する「いばらきドリームプランプレゼンテーション2011」(ドリプラ)が20日午後1時から、水戸市千波町の水戸プラザホテルで開かれる。エントリーした11人が、持ち時間の10分間に本気で夢を語るイベントだ。県内では初めての開催に、実行委員長の前川航太朗さん(30)は「感動と共感のプレゼンテーションができれば真の仲間が集まり、夢の実現につながる。ドリプラをきっかけにまちづくりや茨城を盛り上げることにつなげたい」と期待する。  

前川さんによるとドリプラは「たった10分で夢の価値とあきらめない理由を伝える、感動と共感の体験型プレゼンテーション大会」という。起業家支援のコンサルティング会社「アントレプレナーセンター」(東京)の福島正伸社長が発起人で、国内では2007年に東京で開催され、以後徐々に増え、10年には全国40カ所で実施され、延べ2万人以上が来場。11年は50カ所の開催が予定されているという。ドリプラのテーマは、自立・創造▽相互支援▽感動・共感―の三つだ。

前川さんは昨年、東京で行われた大会を見に行き、参加者8人のプレゼンに感動。「ぜひ、茨城でもやりたい」と、今年3月に5人の仲間と実行委員会を立ち上げた。現在は20代を中心に小学生から50代の約40人が実行委員に。経営者や公務員、学生など職業は様々。大会当日はボランティアも含め80人程度で運営する予定という。

いばらきドリプラには約20人が応募し、書類審査で社会貢献性などから11人を選んだ。障害者の社会参加やハーブガーデン作り、フルーツの輸入会社、小劇場の建設など、自らの体験などから発想したバリエーションに富んだ夢を語り、その事業が社会に広まった時に「どんなシーンが起きるか」を伝える。うち小学生1人が持ち時間5分で特別参加する。

前川さんはドリプラ開催の目的について、夢を忘れた人が夢を追いかけていた頃のワクワクする気持ちを思い出す▽来場者が夢にチャレンジするきっかけの場▽夢を堂々と本気で語る姿を見てもらうことで来場者に元気や勇気を与える―とし、「ドリプラにかかわる全ての人の人間的成長、相互支援の考え方の普及につながれば」と話す。今後も長く継続して実施していきたいとしている。

入場料は大人2500円(当日3000円)、学生1000円(同1500円)で定員1000人。チケットはホームページ、ローソンチケットLoppiで購入(Lコード:35059)。問い合わせは「いばらきドリームプラン・プレゼンテーション事務局(NPO法人雇用人材協会内)」(電話029・300・1738)、メールdrepla.ibaraki@gmail.comまで。

 

一人一人の意識が変われば大きな波が押し寄せますね

ドリプラを立ち上げた日が今年3月10日って、不思議です

被害伝える「桜ライン311」植樹が始まりました

火曜日, 11月 8th, 2011

東日本大震災:被害伝える「桜ライン311」 松田町民、陸前高田で植樹 /神奈川版 ~毎日新聞20111107~
 
早咲き「河津」、来年の開花に願い
 
 松田町の住民ら約100人が6日、東日本大震災で津波に襲われた岩手県陸前高田市を訪れ、桜28本を植樹した。津波の到達点を桜の木でつないで被害を後世に伝えていく「桜ライン311」への支援。来年、震災のあった3月11日ごろに淡いピンクの花が咲くようにと願いを込め、甚大な被害を受けた市中心部に、同町寄(やどりき)地区で育った早咲きの河津桜も植えた。

 陸前高田市の戸羽太市長が松田町生まれという縁から、町民らは義援金や物資を送ったり、現地でのボランティア活動などの支援を続けている。戸羽市長が震災後に出版した本の中で「出来る限り、大震災の日付に近いタイミングで開花する桜があれば」と書いたことに、同町の島村俊介町長が応える形で提供を申し出たという。

 同町がこの日の「第1回桜ライン植樹」に合わせて運び込んだ20本の河津桜は、町内の松田山などでは2月上旬ごろからが見ごろ。陸前高田では5月の連休ごろにソメイヨシノが咲き始めるが、河津桜だと3月中には花を咲かせそうだという。

 桜ラインは津波の到達線(総延長約173キロ)に、10メートルおきに桜を植える計画だ。市内の若者らでつくる実行委員会代表の橋詰琢見さん(34)は「後世に津波の被害を伝えていくことが責務だと思う。長い時間かかっても、ラインができるまでは続けていきたい」と話し、1万本以上の植樹を目標にしている。

 桜は海岸から1・7キロ離れた浄土寺を含む15カ所に合計28本が植えられた。町民らは津波に襲われた同寺で黙とうをささげ、成木3本を植えた。島村町長は「来年の震災の日に必ず咲く桜を持ってきました。どうか楽しみにしてください」と呼びかけ、被災者を激励した。河津桜の提供は今後も続けていくという。

陸前高田市に植えられた桜

濃いピンクの松田の河津桜が来春ここで咲くのです

桜好きとしては、HappyNewsでした

つくば市岩田製菓店田舎まんじゅうは1個40円から

月曜日, 11月 7th, 2011

岩田製菓店

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茨城新聞日曜版テイスト~ 岩田製菓店 つくば市谷田部5633