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南相馬市長が取手市訪問

水曜日, 5月 25th, 2011

避難所の対応に感謝 南相馬市長が取手市訪問  ~茨城新聞2011.05.25~
 
福島県南相馬市の桜井勝延市長が24日、東京電力福島第1原発事故で市民が避難している取手市を訪問、避難所の対応などで藤井信吾市長に感謝の言葉を述べた。桜井市長は、今月末で閉鎖される同市白山の避難所、取手競輪場選手宿舎も訪れ、市の取り組みを報告し被災者を励ました。

取手市役所で藤井市長に面会した桜井市長は冒頭、「避難時、バスで出迎えてもらったほか、職員や市民ボランティアの避難所での温かい対応に感謝します」とあいさつ。「6万人だった避難市民のうち、4万人が戻っている。入院や介護施設、学校の大幅不足で厳しい環境だが、新たな産業導入などで一刻も早く元通りにしたい」と述べた。藤井市長は「持続的な支援の在り方を探るため、職員と南相馬市を訪ねたい」と応えた。

取手市は3月19日、災害時相互応援協定を結んでいる南相馬市から128人を3避難所に迎えた。現在は18世帯、49人に減少。避難所閉鎖後は、市内の小中高校に通う子供たちがいる家庭など10世帯、30人が市内の一般住宅などに移るという。

もったいないの視点を変えて老前整理

月曜日, 5月 23rd, 2011

単に不要なものを捨てることではない

使えるものは眠らせずに使います

来客用の食器・・・年に何回使いますか?普段の食事に使ったら家族が豊かな気持ちになります

来客用の布団・・・年に何回使いますか?臭くないですか?

物を保管し続けるのはことのほか手がかかります

家で使わないものは必要な方に使っていただきたい

もちろんスペースもMOTTAINAI

空間を占領して主役が狭いスペースで生活していませんか?

視点を変えて老前整理をしていきたい 

 

          常陽新聞コラムより

ナタネ油の製造で特産物づくり 取手

日曜日, 5月 22nd, 2011

~常陽新聞20110522~

菜の花、ヒマワリで特産品づくり

取手市がNPOと協働

耕作放棄地で菜の花 (ナタネ) やヒマワリを栽培し食用油を製造している

NPO 「バイオライフ」(龍ケ崎市佐貫町、松田敬治理事長、 会員20人) が、

 取手市と協働で、 地域循環型の特産品づくりに乗り出す。

2011年度から本格始動する農業者戸別所得補償制度で

ナタネが対象に加わったことから、 市内の農家に耕作放棄地での

ナタネ栽培を呼び掛けているほか、 05年に廃校になった

旧高須小学校の特別教室棟内に、 近く搾油作業所を開設する。
 
同NPOは08年秋から、 取手市戸頭や下高井の耕作放棄地3㌶で

ナタネやヒマワリを栽培し食用油を生産している。

09年からは同市内の学校給食に提供しているほか、一部は瓶詰めにして、

 県南地域の農産物直売所などで200㍉㍑入り750円で販売している。
 
ナタネは、 多量摂取すると体に悪いとされるエルシン酸を含まず、

グルコシノレート含有量も低い 「キラリボシ」 という品種を栽培、

 ヒマワリは体に良いオレイン酸やビタミンEの含有量が多い 「春りん蔵」 という

品種を栽培しているのが特徴だ。

キラリボシを使った揚げ物は、 からっと揚がるほか、

 ヒマワリ油の味はくせが無いという。
 
今年は同市内4・5㌶の耕作放棄地でナタネとヒマワリを栽培し、

市内の農家にも栽培を呼び掛けている。 

旧高須小に新たに開設する搾油作業所は、

これまで河内町内に設置していた作業所が手狭だったことから移設する。

開設を前に、 22日午前11時から午後3時まで同市高須の旧高須小で、

ナタネ油とヒマワリ油を使った揚げ物やサラダドレッシングなどの試食会を開催し、

 今後の取り組みなどをPRする。
 
同NPOの塩川富士夫理事(52)は

「将来、 栽培面積が増えれば、 生産量を増やし食用油の販売価格を値下げして、

 地元の人が地元で作ったものを消費する地産地消が成り立つようにしたい」 とし、

 「新しく開設する搾油作業所は、 どこで取れたものをどのように作ったかなど

製造工程をオープンにして、 自分で栽培したナタネやヒマワリで

搾油体験ができる施設にもしたい」 と話している。
 

常陽新聞20110522

 

バイオライフさんからの情報は毎月Toride Mainichiで紹介させていただいております。

22日午前11時から午後3時まで同市高須の旧高須小にお出かけください。

取手避難所が今月末で閉鎖

金曜日, 5月 20th, 2011

取手避難所が今月末で閉鎖  ~常陽新聞2011.05.20~

南相馬市への帰宅者は2割

東京電力の福島第1原発の事故で、同県南相馬市などから120人が避難していた

取手市白山の取手競輪場選手宿舎の避難所が5月末で閉鎖となる。

19日現在の避難者は半数の57人。閉鎖後は、

4割が取手や龍ケ崎市内の民間アパートや雇用促進住宅、

URの集合住宅などに転居し新しい生活を始めるほか、

4割が次の避難先となる水戸や日立、つくば市などのホテルや旅館に移る。

南相馬市の自宅に帰宅できるのは2割にとどまるという。 

同原発から20㌔圏内に自宅がある無職、佐藤誠治さん(69)は、

長男と2人で、次の避難先の水戸市内のホテルに移る。

事故当初、次男夫婦も含め家族7人で南相馬市内の避難所に避難していたが、

次男夫婦は新潟県内に避難し、家族は今もばらばらだ。

佐藤さん自身、避難所を転々とし、次の水戸のホテルが7カ所目となる。

事故後、長男は勤め先を解雇され、まだ次の仕事が見つかっていない。

現在、南相馬市内に建設中の仮設住宅に入居を申し込んでいるが、

いつ入れるのか分からない。

佐藤さんは「自分の家があるのに、いつ帰れるのか分からないのが一番不安」と話す。

取手競輪場で避難者の世話をする南相馬市職員の早川光彦さんによると、

帰宅する2割は、職場が再開した人と、60歳を超えた高齢者という。

小・中・高校生の子どもをもつ家族は全員が、

取手や近隣市に民間の賃貸住宅を借りて転居する。

避難所では食事なども無料で提供されたが、転居後は家財道具を自分でそろえ、

食材も自分で購入しなくてはならない。

東電から100万円の補償金と、日本赤十字から40万円の義援金が支給されたが、

「先が見えない中、経済的にも精神的にも大変」と早川さんは心を痛める。

避難所の閉鎖により、2カ月間、互いに支え合って生活してきた

120人はばらばらになる。

早川さんは「避難者に情報が行き渡らなくなるのが心配だ」と課題を話す。

国民健康保険証の期限が切れたときの手続きはどうするのかなど、

今後は市のホームページ(HP)で情報をチェックし、

必要書類などはHPからダウンロードして手続きをしなくてはならないという。

しかし津波でパソコンが流されたり、自宅に機器を置いてきたままの避難者が多く、

「これからは近くの公共施設のパソコンで各自が情報を取ってほしい」

と呼び掛けているという。

一方、受け入れてくれた取手市に対し「仕事探しから、

保険・年金の相談、市民ボランティアの協力まで、大変良くしていただいた」と強調。

2カ月を超える避難生活の中、ダンボール紙1枚で隔てられた

福島県内の体育館に避難している避難者の中には、

ストレスが高じ、けんかが絶えない避難所もあると伝えられる中、

トラブルなくやって来られたのは取手市のおかげだとし、

「将来、取手市職員になりたい」と言うようになった

中学3年生の女子生徒もいると明かす。

 

とうきゅう

笠間市箱田の鳳台院のシャクナゲ12000本

木曜日, 5月 19th, 2011

~茨城新聞20110519~

笠間市箱田の国見山鳳台院(松田童龍住職)で、

庭内のシャクナゲが見頃を迎え始めている。

約40年前から住職が増やしてきた西洋シャクナゲと日本シャクナゲ

合わせて約100種1万2千本などが植えられている。

住職によると例年に比べ1カ月ほど見頃が遅れている。

「100年以上シャクナゲが生き続けるようなるべく自然な状態で育てている」

という枝ぶりは力強く、赤やピンクの鮮やかな花を輝かせている。

茨城新聞20110518

例年より1カ月ほど遅れて見頃を迎えつつあるシャクナゲ

 

^ ^*お花の話題はいいですね

今夜のお通夜は悲しみに包まれていました

若い方の死は特に辛いです

チャリティーアートマーケット in田中酒造

木曜日, 5月 19th, 2011

被災者支援へチャリティー展―取手

田中酒造の画廊で、芸術家が協力

東日本大震災の被災者を支援する展示販売会「―ハート・アート・マート」が、

取手市取手、蔵元「田中酒造店」(小川せいこ社長)2階のやねうら画廊で開かれている。

市内などに住む芸術家約20人が出品協力を申し出た水彩画や書、

陶器など約50点を販売し、売上金全額を日本赤十字社を通じて被災地に寄付する。

同酒造店が、インターネットやチラシなどを通して市内外の芸術家などに呼び掛けたところ、

書家の豊田法子さん、彫刻家の島田忠幸さんら市内在住の作家のほか、

埼玉、福岡、京都在住の作家ら計約20人が作品を提供。

ほかに、花びん、キャンドル、Tシャツなども販売されている。

販売価格は100円~2万円で、5000円前後が主流。

同画廊の浅野香保里さん(24)は

「自分たちが出来ることを何かしたいという思いから始めた。

たくさんの作家やお客さんに協力いただいた」と話している。

同展は29日まで。

22日午後2時からは同酒造店店頭で、

鈴木祐子さんによるフルートコンサートも開かれる。入場無料。

常陽新聞20110519

クリムソンクローバー

木曜日, 5月 19th, 2011

深紅のクローバー見頃―つくば  ~常陽新聞2011.05.18~

自然農法で水田の緑肥に

筑波山ろく南西のつくば市北太田にある田んぼで、

クリムソンクローバーが見頃になっている。

まるで深紅のじゅうたんを敷き詰めたような風景だ。

クリムソンクローバーはヨーロッパ南部原産で、和名はベニバナツメクサ。

花がイチゴの実に似ているため、

ストロベリートーチやストロベリーキャンドルとも呼ばれている。

クリムソンクローバーが植えられている田んぼは、周辺に約10㌶。

生産者は化学肥料や農薬を使わない自然農法で、緑肥にしてコメを作る。

近くには霞ケ浦に流入する桜川が流れる。

霞ケ浦の水質浄化に向けて負荷軽減を図る市の農業対策事業の一環で、

数年前から2~3件の生産者が秋に種をまいている。

今月下旬ごろまで見ることができる。

生産者は花が終わった後にトラクターですき込み、田植えに入る。

 

つくば市北太田

つくば市北太田

つくば市北太田

つくば市北太田

 

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石塚英彦さん福島避難者と交流 取手

月曜日, 5月 16th, 2011

常陽新聞110516-2

~常陽新聞 20110516~

石塚英彦さん福島避難者を激励

取手でフットサルなど楽しむ

お笑いタレントの石塚英彦さん(49)が15日、取手市を訪れ、

同市白山の取手競輪場選手宿舎に避難している

福島県南相馬市の住民らを激励した。

同市教育委員会指導主事の石塚康英さんといとこ同士という縁で激励に訪れた。

これまでも、同宿舎に避難している子どもたち全員に、

励ましの言葉を添えたサイン入り色紙を贈るなどしてきたという。

同日、東京芸大美術学部先端芸術表現科の学生ら約50人が、

同市小文間の同大取手キャンパスで開いた激励会に参加し、

避難者約40人と一緒に、フットサルやバーベキューを楽しんだ。

サッカーボールを食べるそぶりをしながら「まいうー」

を連発するなど会場を沸かせていた。

石塚英彦さんは「(津波で)家が無いとか、(放射能で)自分の家に戻れないなど、

家がある自分にとっては想像の世界でしかないので軽々しく

『頑張れ』とは言えないが、ほんの一瞬でも1㍉でも(激励が)プラスになれば」とし、

「今後、まちが復興して観光客を呼ぼうという段階になったら、

テレビ番組を通してまちを盛り上げる方に協力させていただきたい」と話している。

福島第1原発から20㌔圏内の南相馬市内で美容院を経営し、

事故後、家族5人で取手競輪場に避難している鈴木安子さん(61)は

「小学1年生の孫も石ちゃんから色紙をいただき、

きょう会えるのをとても楽しみにしていた。感激している」と話していた。
 

~産経新聞2011.05.16~
タレント・石塚さん、避難者と交流 
 
 ギャグ連発「笑い」で激励

 タレントの石塚英彦さん(49)が15日、

取手市白山の取手競輪場選手宿舎や同市小文間の東京芸大キャンパスを訪れ、

福島県南相馬市からの避難者と交流した。

 同市教委にいるいとこの職員の仲介で訪問。

オーバーオールにTシャツというおなじみのスタイルの石塚さんは、

最初に取手競輪場選手宿舎ではお年寄りたちと交流。このあと、

東京芸大キャンパスで小中学生らとフットサルを楽しんだ。

ゲームが始まる前には「さぁ、サッカーバージョンになるぞ」

といって黄色いタオルをほおかぶりすると、周囲から大きな笑い声。

練習中には「まいうー」とギャグを連発し、避難者や学生らを喜ばせた。

 石塚さんは「『がんばれ』とは軽々しくいえない。

ほんの一瞬でもプラスになればいいなと思っています。

復興したらいの一番に(被災地を)訪れたい」と話していた。

根古屋川にコブハクチョウひな6羽

日曜日, 5月 15th, 2011

散歩道 ~毎日新聞2011.05.11~

 竜ケ崎市庄兵衛新田の牛久沼に注ぐ根古屋川で10日、

コブハクチョウのひな6羽が生まれたのが確認された。

ひなは親鳥に見守られながら、気持ち良さそうに泳いでいる。

近所の人たちは新しい「アイドル」誕生を喜んでいる。

 近くで餌を与えている六笠木谷さん(83)によると、

牛久沼から泳いできた2羽のつがいと仲良く遊んでいるひなの姿を8日に見つけたという。

体長約15センチで、灰色のフワフワした羽毛が初々しい。

 ボランティアでひなの世話をする牛久沼漁業協同組合理事の菊地義正さん(62)は

「一度に6羽も生まれるのは珍しい。

まだ卵を温めている親鳥がおり『白鳥の湖』に期待したい」と静かに見守っている。

本日の女の気持ちより

土曜日, 5月 14th, 2011

街の明かり 
 
仕事を終え帰路に就く時、私は毎日泣きそうになる。それは街の明かりのせいだ。

 今、私の住む街の夜は、以前に比べてずいぶん暗い。個人の家からお店の看板、照明に至るまで、以前のまぶしさがうそのようだ。

 通り慣れた街の変容を目にするたびに思う。この暗い街には、少ない電気をみんなで分け合おうという思いやりが表れている。この国は何て優しい国なのだろう。

 コンセントを差せば電気が通る、それが当たり前だと思っていた。電気には限りがある。だからみんなで大切に使わなくてはいけない。やっとそのことに気付いた。もっと早く気付くことができれば良かったと後悔している。

 福島第1原発の事故で、福島から遠く離れて暮らす人が、東京電力に厳しい言葉を放っているのを見ると心が痛む。さまざまな意見はあるが、私たちのために現場で必死に作業してくれている人たちを責めるのは、ちょっと違うと思う。

 誰かを責めることは簡単だ。けれど、電力会社が作っていた電気を使っていたのは紛れもない私たちである。

 東京電力への厳しい言葉を口にしている人たちも含めて、それぞれの方法で街を暗くし、電気を分け合っている。いつもより暗い街は、ほかにもあちこちにあるだろう。日本は優しい国だと私は信じたい。

 暗い街で、たくましく輝く希望の星をともに見上げよう。

 

心の交流が必要 (主婦・78歳)

 2001年9月11日、世界貿易センタービルに旅客機が突っ込んだ。10年前のあの時のテレビ映像が今でも脳裏に浮かび上がる。

 先日、ウサマ・ビンラディン容疑者殺害のニュースを知った1000人もの市民が世界貿易センタービルの跡地、グラウンド・ゼロに集まり、歓声を上げている様子が報じられた。これでテロがなくなればいい。

 しかし、テロは再び指導者が代わり、負の連鎖が繰り返される。国際社会である今日、あの時の犠牲者約3000人の内の24人が日本人だった。犠牲者の1人、白鳥敦さんの父、白鳥晴弘さんのコメントに心を打たれた。白鳥さんは今も骨つぼを枕元に置いて床に就き、自分が死んだら息子と一緒にニューヨークかアフガニスタンに散骨してほしいと考えているとのことで、驚いた。

 白鳥さんは「テロの連鎖は武力では終わらない。心の交流が必要なのだ」と、これまで続けてきたアフガンの子供たちに教育資源や衣料などの支援を今まで通り続ける決意を新たにされた。教育を受け、子供たちの自立心が育てば少しは変わるであろうと。

 白鳥さんはアフガンやパキスタンを何度も訪れ、「あなたの正義とは何か?」とビンラディン容疑者に手紙を送ったが、今回の容疑者殺害によってその答えが返ってこなくなり、残念だと思う。

 宗教的な問題か、米国への反抗か。真相が分からぬ今、犠牲者家族の無念に心が痛む。