藤代在住写真家 平林克己さん Facebook
RYUさん 友情出演 ミニコンサート
《平林克己写真展「陽-HARU-」in取手》
・2014.03.05-11(JR藤代駅)
・2014.03.08-16(取手市役所藤代庁舎内)
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RYUさん 友情出演 ミニコンサート
《平林克己写真展「陽-HARU-」in取手》
・2014.03.05-11(JR藤代駅)
・2014.03.08-16(取手市役所藤代庁舎内)
「ぼくはねこじゃらし歌い隊」
取手市在住のシンガーソングライター奥村多恵子さん作曲
ゆめあかり3.11イメージ
3月
お気軽にお出かけくださ
ゆめまっぷの会事務局 取手市本郷2-6-31 029
「被災地ずっと見守るよ」 元気の出る応援歌完成 東京新聞茨城版 20140219
取手市在住のシンガー・ソングライター奥村多恵子さん(39)が、東日本大震災被災地への応援歌「ぼくはねこじゃらし」を作詞作曲した。被災地の鎮魂と復興を願って三月八日、取手市役所藤代庁舎前で開かれる「ゆめあかり3・11~続ける祈り、繋(つな)がる想(おも)い~」で、ゆめあかりのイメージソングとして奥村さんが披露する。 (坂入基之)
奥村さんはポップス音楽を手掛け、東京を中心に活動している。イベントを主催する「ゆめまっぷの会」(雨宮由利子代表)のメンバーが経営する喫茶店の常連でもあり、店を訪れた雨宮代表らから「元気が出るような取手の歌を作ってほしい」と依頼された。
昨年十一月、絵本「ぼくはねこじゃらし」(絵と文・亀井きよみさん)をイメージして作詞し、曲を付けた。
この作家の「草は華美でもなく、人にも注目されたりしないけど、大地に根を張りたくましく生きている」とのメッセージに感動し、楽曲を思い立った。
「目立たない草にだって 役目はあるのさ」「見慣れた街角や公園で ゆれて ゆれて」「静かに君を見守るよ こんな小さな僕だけど」
昨年末、出来上がったばかりの歌をメンバーにピアノの弾き語りで聞かせたところ、「できることは限られているけど被災地をずっと見守っているよ」との意味にもとれる歌詞が皆の心に響いた。
奥村さんは、さらに十数年前から楽曲を共に制作し、家族ぐるみで交流する米国の作・編曲家ペリー・ラ・マルカさん(53)に「子どもから大人まで楽しめる曲にしてほしい」と編曲を頼んだ。
マルカさんはハリウッドで映画音楽に携わり、レコーディングのため十三回も来日している親日家。「東日本大震災の被災者の力になれるのなら」と快く引き受けた。
曲は、ポップス調の軽快なリズム。思わず踊りだしてしまいそうな曲に「被災者や被災地を元気にできる」とメンバー全員の意見が一致。ゆめあかりのイメージソングに決めた。「海を越えたマルカさんの思いと、私たちの思いを込めたイメージソングです。紙袋キャンドルの灯とともに被災地に届けられたらうれしい」と奥村さんは願う。
「ゆめあかり3・11」は、震災から三回目となる。今回は、市内の全小中学校の児童・生徒約七千二百人が東日本大震災の被災者へのメッセージやイラストなどをしたためたものを含む、一万一千個の紙袋キャンドルを会場でともす。
雨宮代表やメンバーは「鎮魂と復興を願う紙袋キャンドルが引き継がれ、イメージソングが歌い継がれるのが、私たち、ゆめまっぷの会の『ゆめ』です」と口をそろえる。
藤代庁舎 水と緑と祭りの広場のステージ、かなり本格的?
楽器が濡れる心配がなくなりますね。
故郷離れ3年… 取手で集い今年も 原発事故 福島浜通り 東京新聞20140119
取手市の戸頭町会と東京電力福島第一原発事故で、福島県内から同市内に避難する人たちの「取手・南相馬・双葉浜通りの集い」が十八日、戸頭公民館で今年初めての集会を開いた。原発事故から間もなく三年を迎える福島の人たち。町会の人たちの温かな支援を受け、厳しい現実に直面しながら、今を大切に生きる姿があった。 (坂入基之)
二十四回目となる集会に参加したのは、福島県南相馬市や双葉町、楢葉町などから、取手市内の団地やアパートなどに避難している人たち約三十人。
水戸市内原の学童・幼児保育施設「四葉学園」に通所する小中高生三十人のダンスチームのダンスを楽しんだ後、町会が準備した昼食を食べながら、チームのメンバーらを交え故郷の話に花を咲かせた。
「集い」は、南相馬市から取手市内の戸頭団地に避難した古内忠さん(86)が、戸頭町会(若松八郎会長)の活動拠点「戸頭おやすみ処(ところ)」に、立ち寄ったのがきっかけ。
居合わせた若松さんが、古内さんから避難した人たちが見知らぬ土地で苦労している話を聞き、避難者同士の交流を提案。二〇一一年十一月、若松さんの協力で集いを結成、古内さんを初代代表に第一回の集会を開いた。今は若松さんが代表を務める。幼児から八十歳代まで約六十人が登録している。
この日参加した人たちの三年を迎える思いは複雑。ダンスチームが手話で歌「奇跡~大きな愛のために」を語りかけながら披露すると、ハンカチで目頭を押さえていた松本理恵さん(51)は「(歌詞の中の)坂道をのぼるのはあなた独りじゃないと、踊る姿に感動しました」と一言。
松本さんは避難指示解除準備区域の南相馬市原町区から避難、夫(53)と義母(81)の介護をしながら暮らす。昨年、千葉県内に避難する長女(28)が幼い子供二人を残し、急性心不全で亡くなった。「避難生活の心労が原因。原発事故さえなかったら」と顔を曇らせた。
同準備区域の楢葉町から避難した西川芳子さん(67)は、自宅からわずか八キロ先に、除染作業で出た土砂の中間貯蔵施設ができる。「放射能が心配。そんなところに住めという方がおかしい」と国や東電を非難する。
事故前は、世帯は別だが子や孫と同じ町内に住んでいた。自宅は住めるような状態ではなく、町に国費による解体を申請したという。「この年で建て替えは無理。老後の計画もすっかり狂ってしまった」と不安を隠さない。
同準備区域の南相馬市小高区から避難した集いの世話人、三浦邦夫さん(70)は「着の身着のままで避難してきた私たちに支援の手を差し伸べ、支援を続けてくれる町会の人たちには感謝しても感謝しきれない」と話す。
福島県から取手市内に避難した人の数はピーク時で百八十人。現在は百三十人に減った。「帰還希望者は三、四割。それぞれにコミュニティーもでき、決められずにいる人が大部分です」と三浦さんは結んだ。
ニュースBOX:取手市、永山公民館の利用中止 毎日新聞 20131211
取手市教育委員会は5日から、1976年建築の
永山公民館(同市下高井、鉄骨造り平屋建て818平方メートル)の利用を一時中止した。
耐震診断調査の結果、倒壊の危険性が大きいと判定された。
来年1月から改修工事を始め、3月上旬に完了する予定。
東日本大震災で損傷はなかったものの、
同調査で構造耐震指標(Is値)が0・22と診断され、
震度6強の地震で倒壊や崩壊の危険が大きいとされる基準(0・30未満)を下回った。
住宅地の放射線量測定開始 市内3万5000戸対象 産経新聞20131203
国の費用負担で除染を行う汚染状況重点調査地域に指定されている取手市は2日、住宅地での放射線量測定を始めた。住宅敷地内の放射線量の平均値が、1時間当たり0・23マイクロシーベルト以上の場合は除染作業を行う。
対象となるのは市内約3万5千戸で、この日は住宅の玄関前や庭の中央、駐車場など1戸当たり2~5カ所で測定。また、放射線量の値が周辺よりも高く、マイクロスポットと呼ばれる雨どいの下や軒下といった場所も調査した。
雨どいの下などが基準値を超えた場合には、個別に除染の対象となる。
除染費用の総額は約23億5千万円。市では、除染作業が必要となるのは全体の16%に当たる約5500戸を想定しており、年度内には作業を終了させる予定。
「原発ゼロ」で支障なし 茨城新聞デスク日誌20131004
国内の「原発ゼロ」が続いている。関西電力大飯原発4号機が9月15日に定期点検に入り、全ての原発が停止して約1カ月半。日常生活には何の支障もない
昨年の原発ゼロは約2カ月で終わった。野田佳彦首相(当時)が大飯原発3、4号機の再稼働を決めたからだ。とは言え、東京電力福島第1原発事故以降、再稼働した原発はこの2基だけだ
原発がなければ電力が不足し、社会生活は大混乱に陥る-。こうした筋立ては「虚構」で、あおり立てられた「不安」の正体は電力会社の経営問題に過ぎなかったことになる
単に電力会社の収支改善のため、原発を動かし続けることを社会は許容するか。脱原発を訴える村上達也さんが村長退任会見で語った言葉が全てを表す。「(脱原発を目指す)おれたちの勝ちなんだ」