Archive for the ‘記事’ Category

ダブルダッチ

木曜日, 6月 2nd, 2011

雨上がりに初々しいツガイ 癒されちゃう

お店からパシャッ! Σp[【◎】]ω・´)

つがい

~毎日新聞20110601~

縄跳び:世界選手権出場の女子高生チーム「DIANA」、知事に技を披露

2本のロープを使い縄跳びの技を競う「ダブルダッチ」の世界選手権に出場する取手市の女子高校生チーム「DIANA」(ディアナ)のメンバーが30日、県庁に橋本昌知事を表敬訪問した。

ダブルダッチは17世紀に米国で生まれ、1970年代にはニューヨークのスラム街で少年の非行防止のためのスポーツとして広まった。DIANAは、同じ小中学校出身の高校3年生4人組。県立取手二高、相沢めぐみさん▽県立伊奈高、赤塚あずささん▽同、坂巻歩美さん▽県立守谷高、金子有沙さん--が、週3回ほど練習に取り組んでいるという。

この日は、橋本知事らが見守る中、知事室前で「フリースタイル」などの技を披露。集まった多くの職員から大きな拍手が送られた。世界選手権は6月16~18日、米サウスカロライナ州で開かれる。【

~毎日新聞20110601~

東日本大震災:取手の避難所閉鎖 競輪場選手宿舎 福島に戻れず職探し

東京電力福島第1原発事故の被災者を福島県南相馬市などから受け入れていた取手市白山の取手競輪場選手宿舎が31日、閉鎖された。取手市によると、南相馬市から受け入れが始まった3月19日当時は128人。最終的には9世帯28人が、互いに助け合いながら生活していた。被災者たちは、引っ越しに備え車に荷物を積み込んだり、部屋の後片付けに追われた。

「避難所を転々としてきた被災者も多く、当初はとても落ち込んでいた」。同宿舎で4月9日から被災者の相談に応じている南相馬市立中央図書館の早川光彦館長補佐はこう振り返る。だが日がたつに連れて徐々に落ち着きを取り戻し、「現在は前向きに進もうとしている人がほとんど」という。

ただ、南相馬市には戻れず、子どもたちを取手市内の学校に通わせることになった主婦たちは「とにかく仕事が欲しい」「パートでもいいですから」と職探しに必死だ。また、南相馬市での職を失った男性(39)は「家族を養うため、どんな仕事でもやる。ふるさとに戻る日を励みにして」と、言葉少なだった。

被災者たちはこの日、ここで最後の夕食を一緒に食べ、6月1日朝に宿舎を後にする。同宿舎は今後、地震で痛んだ外壁や道路などを補修し、取手競輪開催に備えるという。【

~毎日新聞2011.0531~

東日本大震災:高校や私立中でも放射線量測定を 取手一高教諭、市長に要望書

県立取手第一高校(取手市台宿)の村田有教諭(56)が30日、取手市の藤井信吾市長に「学校における児童生徒の放射線被曝(ひばく)回避措置についての要望」を提出した。県立高校や私立中学校・高校も対象に放射線測定を実施するよう要望。さらにその際、グラウンドだけでなく通学路など身近な場所も測定してほしい、などとしている。

村田教諭は10日から計10回、同校で計5人で簡易測定器で測定したところ、グラウンド北側で、最高値で毎時1・00マイクロシーベルトを記録。校舎北側軒下や側溝などでも0・60~0・30マイクロシーベルトの高い数値を計測したという。

村田教諭は測定は校舎内の約10カ所、屋外では最大30カ所で実施したと説明。「屋外では測定位置を数十センチ変えただけで数値が大きく変動するので細かい測定が必要だ」としている。これについて同市教委は「よく内容を読んで市長部局と検討する」としている。

ゆめみ野駅

日曜日, 5月 29th, 2011

新しい街の魅力をPR  ゆめみ野駅で開業イベント-取手  ~常陽新聞2011.05.29~

3月12日開業した取手市野々井の関東鉄道常総線ゆめみ野駅前で28日、

地域交流会が開かれた。

 駅周辺の史跡などを巡る10㌔ウオーキングや、

地元の新鮮な農産物などを販売する朝市などが催され、 参加した約300人に、

 同市や関東鉄道、 UR都市機構などが、 新しい街の魅力をPRした。
 
駅開業が東日本大震災発生の翌日となり、

当初予定されていた開業イベントが延期されていたことから、

 2カ月半遅れの開催となった。
 
駅前の仮設広場では、 毎月2回、

近くで朝市を開いている地元の下高井地域振興協議会が特別に朝市を開催し、

取りたてのコマツナやキュウリ、 トマトなどを販売。

乗降客らが立ち寄り新鮮な野菜を買い求めていた。
 
ウオーキングには、 市内のほか都内などからも計約150人が参加し、

茨城百選に認定されている小貝川の岡堰や、

 幹に空いた穴に子育て地蔵尊が安置されている

樹齢1600年のケヤキの大木がある高源寺などを巡った。
 
都内から参加した男性会社員 (45) は

 「仕事で常総線に乗った際、 ウオーキングのポスターを見掛けて参加した。

 つくばエクスプレス開通で人の流れが変わり、

ゆめみ野は新しい街として都市化するのではないか」 などと話していた。

フクロウ表現のすしづくり挑戦

日曜日, 5月 29th, 2011

フクロウ表現のすしづくり挑戦 /茨城取手松陽高 ~毎日新聞2011.05.29~ 

 取手市小文間、県立取手松陽高校(宮内健治校長、757人)の

「家庭クラブ」に所属する2年生12人が27日、家庭科の研究活動として、

同市の鳥・フクロウをあしらった郷土食の稲荷ずし

「ふくろういなり」と「ふくろうのりまき」づくりに初挑戦した。

 ふくろういなり・のりまきは、同市本郷のラッピングコーディネーター、

雨宮由利子さん(62)が「ご当地グルメで街おこしをしよう」と、昨年夏に考案した変わり種ずし。

「可愛くておいしい」と評判になり弁当の一品として人気がある。

 生徒たちは雨宮さんの指導で、油揚げを折った耳に雑穀米の酢飯を詰めて、

黒豆でつぶらな瞳を表現。キュウリなどの具で色を付け、のりでフクロウの顔を表現した。

同校では今後、授業にも取り入れる方針で、

生徒たちは「可愛い顔ができた」と、うれしそうに試食した。

毎日新聞20110529

「笑遊館・蔵」オープン

金曜日, 5月 27th, 2011

「笑遊館・蔵」オープン―稲敷・江戸崎  ~常陽新聞2011.05.27~

民家の蔵を活用、地元有志らが改修

稲敷市江戸崎の江戸崎商店街で、地元有志の手で改修された古い蔵が

「笑遊館(しょうゆうかん)・蔵」として開設された。

商店街活性化のための情報発信や訪れる人の交流などに使う。

リニューアル工事で休館中の同商店街にあるまちづくり拠点

「えどさき笑遊館」の代替施設も兼ねる。

失われつつある歴史的な蔵の保存・活用を図ろうと、

「えどさき街創り協同組合」(鴻野忠理事長)を中心にボランティア、

行政関係者らが協力。改修作業は昨年11月に始まり、

今年3月までに終えた。蔵の建築年代は江戸~明治時代ごろとみられ、

持ち主の厚意で借り受けた。

広さは2階建て約60平方㍍。古い柱や梁(はり)を生かし、

眠っていた家具やレトロなラベルも室内に飾った。

1階部分は、交流スペースやまちづくりの情報発信、

催しなどに使う。笑遊館番頭の江戸文字職人・梅八さんや

地元ボランティアが来客を迎える。

開設間もない3月11日に巨大地震が発生。当時室内にいた梅八さんによると

「ミシミシとすごい音がして上から砂がバラバラと落ちてきた」。

きれいに改修した外壁部分の一部は壊れてしまったが、

建物は無事。翌日には片付けながら開設していたという。

梅八さんは「建物のすごさに改めて感服した」と話す。

「えどさき笑遊館」は来春の再開に向けて、リニューアル工事が進んでいる。

同市企画課の担当者は「リニューアル後には、

二つの施設を結ぶといろいろな仕掛けもできる」と今後に期待した。

 

^ ^*「梅八さん懐かしいなぁ 娘さん講談師デビューされたね」

龍ケ崎私立八原小学校毎日更新HPの話題

木曜日, 5月 26th, 2011

ホットな学校情報、HPで積極発信 竜ケ崎市八原小学校
 
龍ケ崎市藤ケ丘の同市立八原小(久保田憲校長)で、

ホームページ(HP)を活用して学校情報を毎日発信し、

父母や地域住民から注目を集めている。少しでも関心を持ってもらうため、

校内で見つけた「ちょっといい話」を盛り込むなど、内容も一工夫。

「その日の夕方にはアップできるように」と速報性を重視し、

久保田校長らは児童たちの様子に気を配りながら“取材”活動にも余念がない。

同小は30学級、児童数913人と県南地区でも最大というマンモス校。

これまで学校生活や行事などについては、

月2回発行の「学校便り」で知らせていたが、

父母から「学校の様子が伝わってこない」などの声が寄せられていた。

このため、校内の情報を積極的に外に発信していこうと、

HPを「情報発信の窓口」と位置付け、

昨年9月から、HPを活用した新たな取り組みを始めた。

情報は鈴木俊之教頭が一元的に管理し、久保田校長自ら取材。

児童が特定されないよう気を配りながら、生活ぶりをカメラに収め、

夕方にはパソコンに入力する。

内容は(1)学習活動や生活、行事(2)校長の教育観(3)心温まる、

ちょっと見つけたいい話-を柱に、写真もふんだんに盛り込んでいる。

例えば、6年算数の授業で、「一辺の長さ1センチを10倍にすると、

体積は何倍に?」という問題で、答えの「1000倍」を理解させるため、

教員手作りの立方体の模型を使った授業風景を紹介。

落ち葉掃除を児童が自主的に手伝ってくれたことや、竜ケ崎幼稚園を訪ね、

園児と交流している様子など、こぼれ話や校外活動にも触れている。

校長の教育観では、きちんと靴が並べられている写真を載せ、

「保護者へのアンケートで『廊下にごみが落ちている』という記述があっても、

靴箱が整頓されているという記述がないのは寂しいこと」と、

所感を掲載するなど、単なる紹介にとどまらない。

久保田校長は「子どもたちの生き生きとした学校生活を多くの人に見てもらうとともに、

父母とのコミュニケーションの手段として、

今後も活用していきたい」と話している。アドレスは

http://www.city.ryugasaki.ibaraki.jp/yaharasyou

取手市「ウエルネスプラザ」発進

木曜日, 5月 26th, 2011

常陽新聞20110526

取手駅西口地区構想案策定  ~常陽新聞2011.05.26~

ウエルネスプラザ整備へ、凍結の自由通路建設も

取手市は25日、JR取手駅西口地区約6・5㌶で進めている駅北土地区画整理事業

(1993~2013年度、事業費約177億円)の土地利用構想案を発表した。

4月の市長選で2期目の当選を果たした藤井信吾市長が公約に掲げた

健康・医療・福祉・環境による中心市街地活性化のシンボルとなる仮称

「ウエルネスプラザ」を14年度までに駅前の県学生寮跡地に建設する計画を

盛り込んだほか、JR東日本が昨年、取手駅の橋上駅舎化計画を

断念したことを受けて市が整備を凍結していた駅西口と東口を結ぶ

橋上の東西自由通路建設計画も盛り込んだ。

「ウエルネスプラザ」は、介護予防・身体能力の回復・生活習慣病予防などを

目的としたトレーニング機能、子育て相談・サービス機能、高齢者の在宅医療を

支援する地域包括支援機能、多世代の健康相談窓口となる保健機能のほか、

貸し自転車による市内の観光の発着拠点機能、企業バスや送迎車の発着機能などを備える。

今年度中に施設計画や整備手法を検討し、12年度に設計、13年度に着工する計画だ。

合わせて駅に接する隣接街区に、各種の診療所などを集約した

医療福祉施設を整備する計画。整備手法については民間事業者から提案を公募し、13年度までに整備する計画だ。

橋上の東西自由通路は、駅前歩行者デッキと接続し、駅のコンコース部分を活用して整備する。

合わせて、駅西口の歩行者デッキを北側の医療福祉施設整備街区方面に

延伸する歩行者回遊経路を建設する。

同構想案の策定に合わせて市は、6月1日開会の6月議会に提案する補正予算案に

①ウエルネスプラザ整備計画策定調査費735万

②医療福祉施設建設街区の造成工事費3500万円

③同街区に歩行者回遊経路を延伸する実施設計費3150万円

④同街区に自転車駐輪場を整備する実施設計費1200万円―の

計約8640万円を計上する。

藤井市長は「空洞化が顕著に現われている取手駅周辺地区を

日も早く活性化させていくため、パブリックコメントの終了後、

速やかに事業に着手したい」としている。

同構想案は市ホームページなどで公表し、

6月1日~30日までパブリックコメントを実施する。

南相馬市長が取手市訪問

水曜日, 5月 25th, 2011

避難所の対応に感謝 南相馬市長が取手市訪問  ~茨城新聞2011.05.25~
 
福島県南相馬市の桜井勝延市長が24日、東京電力福島第1原発事故で市民が避難している取手市を訪問、避難所の対応などで藤井信吾市長に感謝の言葉を述べた。桜井市長は、今月末で閉鎖される同市白山の避難所、取手競輪場選手宿舎も訪れ、市の取り組みを報告し被災者を励ました。

取手市役所で藤井市長に面会した桜井市長は冒頭、「避難時、バスで出迎えてもらったほか、職員や市民ボランティアの避難所での温かい対応に感謝します」とあいさつ。「6万人だった避難市民のうち、4万人が戻っている。入院や介護施設、学校の大幅不足で厳しい環境だが、新たな産業導入などで一刻も早く元通りにしたい」と述べた。藤井市長は「持続的な支援の在り方を探るため、職員と南相馬市を訪ねたい」と応えた。

取手市は3月19日、災害時相互応援協定を結んでいる南相馬市から128人を3避難所に迎えた。現在は18世帯、49人に減少。避難所閉鎖後は、市内の小中高校に通う子供たちがいる家庭など10世帯、30人が市内の一般住宅などに移るという。

もったいないの視点を変えて老前整理

月曜日, 5月 23rd, 2011

単に不要なものを捨てることではない

使えるものは眠らせずに使います

来客用の食器・・・年に何回使いますか?普段の食事に使ったら家族が豊かな気持ちになります

来客用の布団・・・年に何回使いますか?臭くないですか?

物を保管し続けるのはことのほか手がかかります

家で使わないものは必要な方に使っていただきたい

もちろんスペースもMOTTAINAI

空間を占領して主役が狭いスペースで生活していませんか?

視点を変えて老前整理をしていきたい 

 

          常陽新聞コラムより

ナタネ油の製造で特産物づくり 取手

日曜日, 5月 22nd, 2011

~常陽新聞20110522~

菜の花、ヒマワリで特産品づくり

取手市がNPOと協働

耕作放棄地で菜の花 (ナタネ) やヒマワリを栽培し食用油を製造している

NPO 「バイオライフ」(龍ケ崎市佐貫町、松田敬治理事長、 会員20人) が、

 取手市と協働で、 地域循環型の特産品づくりに乗り出す。

2011年度から本格始動する農業者戸別所得補償制度で

ナタネが対象に加わったことから、 市内の農家に耕作放棄地での

ナタネ栽培を呼び掛けているほか、 05年に廃校になった

旧高須小学校の特別教室棟内に、 近く搾油作業所を開設する。
 
同NPOは08年秋から、 取手市戸頭や下高井の耕作放棄地3㌶で

ナタネやヒマワリを栽培し食用油を生産している。

09年からは同市内の学校給食に提供しているほか、一部は瓶詰めにして、

 県南地域の農産物直売所などで200㍉㍑入り750円で販売している。
 
ナタネは、 多量摂取すると体に悪いとされるエルシン酸を含まず、

グルコシノレート含有量も低い 「キラリボシ」 という品種を栽培、

 ヒマワリは体に良いオレイン酸やビタミンEの含有量が多い 「春りん蔵」 という

品種を栽培しているのが特徴だ。

キラリボシを使った揚げ物は、 からっと揚がるほか、

 ヒマワリ油の味はくせが無いという。
 
今年は同市内4・5㌶の耕作放棄地でナタネとヒマワリを栽培し、

市内の農家にも栽培を呼び掛けている。 

旧高須小に新たに開設する搾油作業所は、

これまで河内町内に設置していた作業所が手狭だったことから移設する。

開設を前に、 22日午前11時から午後3時まで同市高須の旧高須小で、

ナタネ油とヒマワリ油を使った揚げ物やサラダドレッシングなどの試食会を開催し、

 今後の取り組みなどをPRする。
 
同NPOの塩川富士夫理事(52)は

「将来、 栽培面積が増えれば、 生産量を増やし食用油の販売価格を値下げして、

 地元の人が地元で作ったものを消費する地産地消が成り立つようにしたい」 とし、

 「新しく開設する搾油作業所は、 どこで取れたものをどのように作ったかなど

製造工程をオープンにして、 自分で栽培したナタネやヒマワリで

搾油体験ができる施設にもしたい」 と話している。
 

常陽新聞20110522

 

バイオライフさんからの情報は毎月Toride Mainichiで紹介させていただいております。

22日午前11時から午後3時まで同市高須の旧高須小にお出かけください。

取手避難所が今月末で閉鎖

金曜日, 5月 20th, 2011

取手避難所が今月末で閉鎖  ~常陽新聞2011.05.20~

南相馬市への帰宅者は2割

東京電力の福島第1原発の事故で、同県南相馬市などから120人が避難していた

取手市白山の取手競輪場選手宿舎の避難所が5月末で閉鎖となる。

19日現在の避難者は半数の57人。閉鎖後は、

4割が取手や龍ケ崎市内の民間アパートや雇用促進住宅、

URの集合住宅などに転居し新しい生活を始めるほか、

4割が次の避難先となる水戸や日立、つくば市などのホテルや旅館に移る。

南相馬市の自宅に帰宅できるのは2割にとどまるという。 

同原発から20㌔圏内に自宅がある無職、佐藤誠治さん(69)は、

長男と2人で、次の避難先の水戸市内のホテルに移る。

事故当初、次男夫婦も含め家族7人で南相馬市内の避難所に避難していたが、

次男夫婦は新潟県内に避難し、家族は今もばらばらだ。

佐藤さん自身、避難所を転々とし、次の水戸のホテルが7カ所目となる。

事故後、長男は勤め先を解雇され、まだ次の仕事が見つかっていない。

現在、南相馬市内に建設中の仮設住宅に入居を申し込んでいるが、

いつ入れるのか分からない。

佐藤さんは「自分の家があるのに、いつ帰れるのか分からないのが一番不安」と話す。

取手競輪場で避難者の世話をする南相馬市職員の早川光彦さんによると、

帰宅する2割は、職場が再開した人と、60歳を超えた高齢者という。

小・中・高校生の子どもをもつ家族は全員が、

取手や近隣市に民間の賃貸住宅を借りて転居する。

避難所では食事なども無料で提供されたが、転居後は家財道具を自分でそろえ、

食材も自分で購入しなくてはならない。

東電から100万円の補償金と、日本赤十字から40万円の義援金が支給されたが、

「先が見えない中、経済的にも精神的にも大変」と早川さんは心を痛める。

避難所の閉鎖により、2カ月間、互いに支え合って生活してきた

120人はばらばらになる。

早川さんは「避難者に情報が行き渡らなくなるのが心配だ」と課題を話す。

国民健康保険証の期限が切れたときの手続きはどうするのかなど、

今後は市のホームページ(HP)で情報をチェックし、

必要書類などはHPからダウンロードして手続きをしなくてはならないという。

しかし津波でパソコンが流されたり、自宅に機器を置いてきたままの避難者が多く、

「これからは近くの公共施設のパソコンで各自が情報を取ってほしい」

と呼び掛けているという。

一方、受け入れてくれた取手市に対し「仕事探しから、

保険・年金の相談、市民ボランティアの協力まで、大変良くしていただいた」と強調。

2カ月を超える避難生活の中、ダンボール紙1枚で隔てられた

福島県内の体育館に避難している避難者の中には、

ストレスが高じ、けんかが絶えない避難所もあると伝えられる中、

トラブルなくやって来られたのは取手市のおかげだとし、

「将来、取手市職員になりたい」と言うようになった

中学3年生の女子生徒もいると明かす。

 

とうきゅう