電話番号が消える日…スマホ無料アプリで変わる「通話」
産経新聞 5月28日(月)7時55分配信
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従来の携帯電話と無料通話アプリ(写真:産経新聞)
近い将来、電話番号がなくなる日が来るかもしれない。東京都内のIT企業に勤める樋口克弘さん(34)は高機能携帯電話のスマートフォンを取り出し、無料通話アプリ(ソフト)「オンセイ」を使って電話をかけ始めた。画面にずらりと並ぶのは電話番号でなく、交流サイト「ツイッター」のアカウントだった。
「ツイッターでつながる知人とは、このアプリで話す。電話番号を知らない人もいるが、別に困らない」
アプリは昨年8月に公開され、20万人が登録する。利用者同士の通話料は無料だ。データ通信料はかかるものの、定額の料金プランなら上乗せはない。世界最大の交流サイト「フェイスブック」のアカウントを使った同種のアプリもある。
こうしたインターネットのデータ通信を使ったIP電話は「VoIP(ボイプ)」と呼ばれる。2003年にパソコン向けとして始まった「スカイプ」が月間2億4700万人の利用者を持つが、常に持ち歩く携帯向け無料通話の登場で一気に普及が始まった。
電話帳に登録した人と無料で話せる米国の「バイバー」は10年12月に公開され世界中で7千万人が利用する。同じ仕組みの日本製アプリ「ライン」は昨年6月の提供開始から11カ月で全世界の利用者が3500万人を超え、このうち日本国内は1600万人。ラインを開発したNHNジャパン事業戦略室の舛田淳室長(35)は「年末までに1億人を目指す」と話す。
オンセイの開発者の一人、片山崇さん(37)は昨年の東日本大震災の発生直後、携帯電話がなかなかつながらない中、バイバーとツイッターはデータ通信のため利用できた。
「そのとき、あえて電話番号が必要なのか考えた。そもそも携帯に表示される番号自体に意味はない。番号は裏側で128桁のコードに変換されているからだ。電話番号がなくなるとまでは思わないが、別の何かでもいいのではないか」
携帯電話を買ってもらえない子供が、携帯プレーヤー「アイポッドタッチ」へアプリを入れ長電話を始めた。同窓会で再会した旧友と携帯番号でなく交流サイトのアカウントを交換する…。「電話」の概念そのものが変わろうとしている。
■国家に匹敵する影響力
首都東京を見下ろす超高層オフィスビルの30階。携帯電話最大手、NTTドコモの前田義晃スマートコミュニケーションサービス部担当部長(42)は3台の携帯電話を手にしていた。自社の「iモード」携帯のほか、米グーグルの基本ソフト「アンドロイド」搭載のスマートフォン、そして米アップルのアイフォーン。小さな3つの端末に、前田さんが直面する壮大な現実が凝縮されていた。
平成11年に世界で初めて携帯電話をインターネットと接続したiモード事業に携わってきた。
「iモード時代は通信網をはじめインターネット接続や携帯端末、コンテンツなど全てがドコモにより垂直統合された世界だった」
2007年のアイフォーンの出現で潮目が変わった。翌年に日本へ上陸しスマートフォンブームを巻き起こした。グーグルはアンドロイドで対抗し、わが国も瞬く間に両陣営に二分された。
iモード携帯は日本国内だけで進化する「ガラパゴス携帯」と揶揄されるようになった。同社が今月発表した夏モデルでiモード携帯は初めて姿を消した。
アップル、グーグル、アマゾン、フェイスブック…。携帯電話に限らずパソコンやタブレット端末、それらを動かす基本ソフト、音楽や映像コンテンツ、電子商取引、クラウドサービス、交流サイトまで、われわれの日常生活に深く入り込んでいる機器やサービスは、ひと握りの企業により提供されている。各社は基本ソフトなどのルールを統一し、インターネット上にコンテンツの流通の場を設けて利用者を囲い込む。
こうした共通の場や枠組みはインターネットの用語で「プラットフォーム」と呼ばれ、場を総合的に支配する企業などを「プラットフォーマー」と呼ぶ。
例えばドコモは日本国内でiモードというプラットフォームを築いたプラットフォーマーといえる。前田さんは「今後はグーグルさんなど他のプレーヤーとの非常に微妙なバランスの中で頑張っていくしかない。土管屋にはならないし、なりたくない」と語る。
auのKDDIは「われわれは高付加価値の土管屋になる」と宣言した。わが国を代表する携帯会社がそろって「土管屋」という言葉を口にする。アップルかグーグルのプラットフォームの軍門へ下ることで、単に通信回線を提供するだけの「ダムパイプ(物言えぬ土管)」へ成り下がる危機感を表した言葉という。
一方で、無料通話アプリのラインを開発したNHNジャパンの舛田さんは「プラットフォーマーになることは強く意識している。ルールが大きく変わっている現在は10年に1度の好機であり、ここで勝負しないのはあり得ない」と話す。
プラットフォーマーは国家とさえ対峙(たいじ)する。グーグルは10年、中国当局の検閲に反発して中国本土での検索サービスから撤退した。
社団法人プラットフォーム戦略協会の平野敦士カール理事長(50)は「両者の対立を国家対インターネット企業とみると本質を見誤る。インターネット上のプラットフォーマーが国家に匹敵する影響力を持つようになった。中国の『従わないなら出て行け』との戦略も善しあしは別にして理解はできる」と指摘する。
中国はグーグルの撤退後、共産党機関紙の人民日報や国営新華社通信が独自の検索サービスを始めた。
平野さんは「個人や企業はもちろん、国家までがプラットフォームとどのような関係を結ぶのか戦略的な思考を迫られている。奔流に流されるだけでは未来に展望は開けない」と話す。
電話番号が消える日…スマホ無料アプリで変わる「通話」 ~産経新聞 20120528~
近い将来、電話番号がなくなる日が来るかもしれない。東京都内のIT企業に勤める樋口克弘さん(34)は高機能携帯電話のスマートフォンを取り出し、無料通話アプリ(ソフト)「オンセイ」(20万人利用)を使って電話をかけ始めた。画面にずらりと並ぶのは電話番号でなく、交流サイト「ツイッター」のアカウントだった。
「ツイッターでつながる知人とは、このアプリで話す。電話番号を知らない人もいるが、別に困らない」
アプリは昨年8月に公開され、20万人が登録する。利用者同士の通話料は無料だ。データ通信料はかかるものの、定額の料金プランなら上乗せはない。世界最大の交流サイト「フェイスブック」のアカウントを使った同種のアプリもある。
こうしたインターネットのデータ通信を使ったIP電話は「VoIP(ボイプ)」と呼ばれる。2003年にパソコン向けとして始まった「スカイプ」が月間2億4700万人の利用者を持つが、常に持ち歩く携帯向け無料通話の登場で一気に普及が始まった。
電話帳に登録した人と無料で話せる米国の「バイバー」は10年12月に公開され世界中で7千万人が利用する。同じ仕組みの日本製アプリ「ライン」は昨年6月の提供開始から11カ月で全世界の利用者が3500万人を超え、このうち日本国内は1600万人。ラインを開発したNHNジャパン事業戦略室の舛田淳室長(35)は「年末までに1億人を目指す」と話す。
オンセイの開発者の一人、片山崇さん(37)は昨年の東日本大震災の発生直後、携帯電話がなかなかつながらない中、バイバーとツイッターはデータ通信のため利用できた。
「そのとき、あえて電話番号が必要なのか考えた。そもそも携帯に表示される番号自体に意味はない。番号は裏側で128桁のコードに変換されているからだ。電話番号がなくなるとまでは思わないが、別の何かでもいいのではないか」
携帯電話を買ってもらえない子供が、携帯プレーヤー「アイポッドタッチ」へアプリを入れ長電話を始めた。同窓会で再会した旧友と携帯番号でなく交流サイトのアカウントを交換する…。「電話」の概念そのものが変わろうとしている。
■国家に匹敵する影響力
首都東京を見下ろす超高層オフィスビルの30階。携帯電話最大手、NTTドコモの前田義晃スマートコミュニケーションサービス部担当部長(42)は3台の携帯電話を手にしていた。自社の「iモード」携帯のほか、米グーグルの基本ソフト「アンドロイド」搭載のスマートフォン、そして米アップルのアイフォーン。小さな3つの端末に、前田さんが直面する壮大な現実が凝縮されていた。
平成11年に世界で初めて携帯電話をインターネットと接続したiモード事業に携わってきた。
「iモード時代は通信網をはじめインターネット接続や携帯端末、コンテンツなど全てがドコモにより垂直統合された世界だった」
2007年のアイフォーンの出現で潮目が変わった。翌年に日本へ上陸しスマートフォンブームを巻き起こした。グーグルはアンドロイドで対抗し、わが国も瞬く間に両陣営に二分された。
iモード携帯は日本国内だけで進化する「ガラパゴス携帯」と揶揄されるようになった。同社が今月発表した夏モデルでiモード携帯は初めて姿を消した。
アップル、グーグル、アマゾン、フェイスブック…。携帯電話に限らずパソコンやタブレット端末、それらを動かす基本ソフト、音楽や映像コンテンツ、電子商取引、クラウドサービス、交流サイトまで、われわれの日常生活に深く入り込んでいる機器やサービスは、ひと握りの企業により提供されている。各社は基本ソフトなどのルールを統一し、インターネット上にコンテンツの流通の場を設けて利用者を囲い込む。
こうした共通の場や枠組みはインターネットの用語で「プラットフォーム」と呼ばれ、場を総合的に支配する企業などを「プラットフォーマー」と呼ぶ。
例えばドコモは日本国内でiモードというプラットフォームを築いたプラットフォーマーといえる。前田さんは「今後はグーグルさんなど他のプレーヤーとの非常に微妙なバランスの中で頑張っていくしかない。土管屋にはならないし、なりたくない」と語る。
auのKDDIは「われわれは高付加価値の土管屋になる」と宣言した。わが国を代表する携帯会社がそろって「土管屋」という言葉を口にする。アップルかグーグルのプラットフォームの軍門へ下ることで、単に通信回線を提供するだけの「ダムパイプ(物言えぬ土管)」へ成り下がる危機感を表した言葉という。
一方で、無料通話アプリのラインを開発したNHNジャパンの舛田さんは「プラットフォーマーになることは強く意識している。ルールが大きく変わっている現在は10年に1度の好機であり、ここで勝負しないのはあり得ない」と話す。
プラットフォーマーは国家とさえ対峙(たいじ)する。グーグルは10年、中国当局の検閲に反発して中国本土での検索サービスから撤退した。
社団法人プラットフォーム戦略協会の平野敦士カール理事長(50)は「両者の対立を国家対インターネット企業とみると本質を見誤る。インターネット上のプラットフォーマーが国家に匹敵する影響力を持つようになった。中国の『従わないなら出て行け』との戦略も善しあしは別にして理解はできる」と指摘する。
中国はグーグルの撤退後、共産党機関紙の人民日報や国営新華社通信が独自の検索サービスを始めた。
平野さんは「個人や企業はもちろん、国家までがプラットフォームとどのような関係を結ぶのか戦略的な思考を迫られている。奔流に流されるだけでは未来に展望は開けない」と話す。