Archive for 11月 15th, 2011

NHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」高萩で撮影

火曜日, 11月 15th, 2011

高萩にロケ活気戻る 朝ドラ用「焼け野原」も登場 ~茨城新聞20111115~ 
映画やドラマなどのロケーション(野外撮影)を積極的に誘致している高萩市で、先月から過去最大規模の撮影日程が組まれ、にぎわいを見せている。東日本大震災以降、同市内でのロケは激減したが、震災発生から8カ月が経過し、県内有数の撮影場所として活気を取り戻しつつある。

14日には同市内で、来春始まるNHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」の撮影が行われ、下村梅子役の主演・堀北真希さんらが撮影に臨んだ。

終戦直後の東京の焼け野原を再現したオープンセットが用意され、地元住民を含め約200人のエキストラが参加した。NHKの岩谷可奈子チーフプロデューサーは「こんな広いスペースで焼け跡を撮れるような場所は首都圏でほかにない」と話した。

同市は2005年ごろから、観光客の集客や経済効果を目的としたロケーション誘致に取り組んできた。赤浜海岸や県指定文化財の穂積家住宅など観光施設や工場跡地、廃校などで映画、ドラマ、プロモーションビデオの撮影支援を行った。昨年4月にはフィルムコミッション推進室を立ち上げ、専任職員を配置。昨年度は43本、延べ100日間の撮影日程が組まれ、経済効果は約3千万円に上った。

しかし、震災や東京電力福島第1原発事故の影響で今年4月からの3カ月、ロケは中止。7月ごろから徐々にテレビ局などのロケ地探しが再開され、撮影に使用する施設の安全性確認や放射線量測定などが続けられてきた。

先月は過去最大規模となる4本の撮影が延べ42日間にわたって行われ、今月も引き続き同規模の日程が予定されている。同市の石川行伸企画員は「テレビ局や制作会社とのつながりを活用して、高萩で撮影が行われていることをもっと広く伝えたい」と話した。

いばらきフィルムコミッション

高萩フィルムコミッション

取手市自治会と汚染マップ作成

火曜日, 11月 15th, 2011

取手市、自治会と汚染マップ作成へ  ~常陽新聞20111115~

放射線測定器81台を貸し出し

福島第1原発事故による放射線対策について、市全域を除染する方針を決めた取手市は14日、新たに簡易型の空間放射線量率測定器81台を市政協力員に貸し出し、自治会などと協働で市全域の詳細な汚染マップを作成すると発表した。11月下旬ごろから道路や公園、側溝、民家などを対象に詳細に測定を始めてもらい、測定結果をもとに、12月中に市が汚染マップと除染計画を作成する。  

同市は、来年1月に本格施行の放射性物質汚染対処特措法に基づいて市全域を「汚染状況重点調査地域」に指定し、2年間かけて除染を行い、市全域の空間線量率を毎時0・23マイクロシーベルト以下に低減させる方針を既に決めている。汚染マップは、国に提出する除染計画を作成する際の資料となる。

市は14日、自治会などに貸し出す81台を含む放射線測定器90台分と、除染作業員が携帯する予定の線量率測定器15台分の購入費計1058万円を専決処分した。財政調整基金を取り崩して財源に充てる。

測定器81台は来年3月まで貸し出す。第1段階として12月中に自治会役員などに通学路や公園、側溝などを測定してもらう。来年1月以降は第2段階として、自治会会員らに直接、民家などを測定してもらう。自治会などに加入していない市民に対しては、90台の購入分のうち残り9台程度を、市が直接住民に貸し出す。

測定場所の選定や何メートル間隔で測定するかなどは、自治会などに任せ、地区の実情に応じて取り組んでもらう。地区によって測定箇所にむらが出ることが予想されるが、汚染マップ作成に当たっては市も別途、測定するという。

測定の際、毎時1マイクロシーベルトを超えた場合は、すみやかに市に報告してもらう。さらに周囲に比べて高い放射線量が測定された箇所については、注意喚起の表示を設置したり除染を行うなどするという。

Dr.中川のがんの時代を暮らす

火曜日, 11月 15th, 2011

Dr.中川のがんの時代を暮らすは、毎日新聞日曜日に連載中です。

2週間分毎に転載させていただいています。

Dr.中川のがんの時代を暮らす:13 見直し進む食の安全基準

 内部被ばくの恐怖が収まりません。お母さん方の心中を思うと、僕もつらい気持ちになります。ただし、半減期30年のセシウム137を摂取しても排せつによって、子供は数週間、大人も約3カ月で体内の量自体が半減します。

 実際、福島の住民を対象とした検査の結果、セシウムによる内部被ばくも、危惧されたレベルではないことが明らかになりつつあります。9月末までに検査をした福島県民4463人の内部被ばく量は、生涯で約3ミリシーベルトと推定される2人の値が最大でした。そのほか、8人が2ミリシーベルト、6人で1ミリシーベルト、残りの4447人は1ミリシーベルト未満でした。いずれもがんが増えるレベルではなく、ほっとしました。

 チェルノブイリでは、事故の公表と食品規制が遅れたため、放射性ヨウ素による小児甲状腺がんが増えましたが、放射性セシウムが直接原因となった発がんの増加は、これまでのところ確認されていません。チェルノブイリと比べて、福島での被ばく量は少ないので、福島では放射性物質が直接原因となるがんは、どんながんでも増えないだろうと思います。

 さらに、セシウムによる内部被ばくにつながる食品の放射性物質について、安全基準がさらに厳しくなります。小宮山洋子厚生労働相は10月28日、「年5ミリシーベルト」としている放射性セシウムの暫定上限を「年1ミリシーベルト」に引き下げる方針を明らかにしました。

 これは、内閣府の食品安全委員会が、食品から受ける被ばくについて、放射線による健康への影響が見いだされるのは「生涯の累積線量が100ミリシーベルト」とする評価書を出したことを受けたものです。

 食品安全委員会の議論には、僕も、専門参考人として参加しました。100歳まで生きる人を想定すると、「生涯100ミリシーベルト未満」を目指すためには食品からの被ばくの上限は年1ミリシーベルトになります。例えば、野菜の現在の暫定規制値は1キロあたり500ベクレルですが、単純に5分の1にするならば100ベクレルが上限になります。これは、米国の基準の12分の1に相当し、生産者にとっては非常に厳しい数字となります。一方、この見直しによって、内部被ばくの心配はさらに少なくなりますから、国民の安心は広がるはずです。

 

Dr.中川のがんの時代を暮らす:14 自然被ばくとは

東京電力福島第1原発の事故を許すことができないことに、だれも異論はありません。ただし、この事故がなかったとしても、私たちだれもが毎日、放射線による被ばくをしていることも現実です。

 大地からガンマ線が出ていますし、宇宙線は常に地球へ降り注いでいます。さらに、天然の放射性物質は大気にも食べ物にも含まれますから、私たちの体内にはかなりの量の放射性物質が存在しています。これら自然環境からの被ばくを「自然被ばく」と呼びます。

 日本の自然放射線は、国際的に見ると少ない方で、世界平均の年間約2・4ミリシーベルトに対して、日本は1・5ミリシーベルト程度です。これはウラン鉱石などの資源が少ないためですが、同じ日本国内でも地域差があります。西日本は東日本より自然被ばくが多い傾向があります。放射性物質を多く含む花こう岩などが多く、大地からの被ばくが増えるのです。しかし、西日本で、がん患者が多いというデータはありません。

 ウラン鉱石などの資源が多い米国では、自然被ばくは年間3ミリシーベルトと、日本の倍です。上空では、宇宙線を「遮蔽(しゃへい)」する空気が薄くなり、成田からニューヨークを航空機で往復すると0・2ミリシーベルトの被ばくになります。7往復すれば日本国内の年間自然被ばくに達しますが、米国駐在の商社マンに、がんが多いわけではありません。

 世界には、もっと自然放射線が高い場所があります。イランのラムサールというラジウム温泉で有名な保養地では、年間の線量が最大で200ミリシーベルト以上にもなりますが、やはりがんの増加は認められてはいません。

 そもそも、日本人が(僕もですが)愛してやまない温泉は、自然放射線が高いのです。たとえば名湯として有名な有馬温泉(兵庫県)もラドンを含む「放射能泉」の一つです。

 わずかな放射線を徐々に浴びる場合、身体への悪影響はほとんどないと多くの専門家が考えています。「1ミリシーベルトを超える被ばくはすべて危険だ」と言う人もいますが、科学的な根拠はありません。実際、平均的な日本人は年間5ミリシーベルトを超える被ばくをしています。自然被ばくに加え、「医療被ばく」もあるからです。次回はこの点をお話しします。

Dr.中川のがんの時代を暮らす

火曜日, 11月 15th, 2011

Dr.中川のがんの時代を暮らすは、毎日新聞日曜日に連載中です。

2週間分毎に転載させていただいています。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:11 積算放射線量を測る
 
 「毎時1マイクロシーベルトの公園に、1年間ずっといたらおよそ9ミリシーベルトの被ばくになる」という計算が紹介されることがありますが、現実にはあり得ない想定です。そもそも、外部被ばくの量は、数メートル離れるだけで大きく違ってきます。風に乗って運ばれた放射性セシウムは、雨に溶けて土などに吸着していますから、空間放射線は、風向きや雨といった天候や、地形、地表の性質などによって大きく異なるからです。

 東京電力福島第1原発の事故によって放出された放射性物質は、3月15日と22日の風に乗って、首都圏まで達しました。15日の方が運ばれたセシウムの量は多かったのですが、幸いにも雨が降らなかったため、「素通り」になりました。一方、22日は雨が降り、セシウムが地表に沈着することになってしまったのです。

 線量が局所的に高い地点は「ホットスポット」と呼ばれます。ホットスポットは、福島第1原発から放出されたセシウムを乗せた風が流れ込んだときに雨が強く降った場所、とりわけ公園など土の多い場所にあたります。

 屋外と比べ、屋内での被ばくはぐっと少なくなります。木造家屋でも、屋外の4割程度、マンションなどの鉄筋コンクリートの建物の中では、2割以下になります。結局、個人が受ける外部被ばく量は、「線量計」を携帯して測らなければ分からないことになります。

 この個人の被ばく線量の測定に便利なのが「ガラスバッジ」です。特殊なガラスに放射線があたると、化学反応が起きて積算量が「記憶」される性質を利用したもので、病院などでも利用されています。ガラスを入れた小さなケースを常時身につけて、被ばく量を測定します。

 このガラスバッジによる測定結果が、明らかになってきています。福島県川俣町の約2500人の7~9月の3カ月の積算放射線量は、最大で約1ミリシーベルトと報じられています。同県伊達市の約8400人の8月、1カ月間の計測の結果からも、年間の被ばく量は最大でも5ミリシーベルト程度にとどまることが分かりました。

 年間5ミリシーベルトは、住民の平時の「被ばく限度」である1ミリシーベルトを超えますが、これによってがんの発症が増えるレベルではありません。

 

Dr.中川のがんの時代を暮らす:12 ジョブズ氏を悼む
 

米アップル社の共同創業者で前最高経営責任者のスティーブ・ジョブズ氏が、今月5日、膵臓(すいぞう)がんのため、56歳の若さで亡くなりました。私は「パソコン依存症」ですが、同社のマッキントッシュ(Mac)以外のマシンを使ったことがありません。4年前にはシリコンバレーの本社を訪問したほど、アップルをこよなく愛してきましたので、予想はしていたものの、ジョブズ氏の死は大変ショックでした。

 1980年代に社内抗争によってジョブズ氏が追放されると、アップル社は業績が悪化し倒産の危機に直面しましたが、彼の復帰後は、その強烈なカリスマ性によってiPodやiPhoneなど、時代を先取りする商品を矢継ぎ早に世に送り出し、今年8月、ついに株式の時価総額が世界一となりました。

 ジョブズ氏は、亡くなる前日まで、仕事をしていたようです。その精神力と使命感に驚くとともに、がんが実は「ピンピンコロリ」型の病気だということを実感させられます。このことは、胆のうがんで亡くなった、プロ野球元日本ハム監督の「親分」こと大沢啓二さんが、亡くなる2週間ほど前まで、テレビに出演していたことでも分かることです。

 膵臓がんは、手ごわいがんの代名詞です。完治する人はまれで、生存期間も平均で1年程度です。ところが、ジョブズ氏の場合、最初の手術から亡くなるまで7年が経過しています。大富豪ゆえに特別な治療が施された、というわけではないと思います。

 実は、ジョブズ氏の膵臓がんは「膵内分泌腫瘍」で、一般的な膵臓がんとタイプが違います。これは、膵臓の中で、インスリンなどのホルモンの内分泌をつかさどる細胞が「がん化」した腫瘍です。膵内分泌腫瘍は、膵臓がん全体の2%程度と非常に珍しいものですが、治癒率は普通の膵がんと比べると格段に高く、早期で手術すれば、ほぼ完治します。

 しかし、ジョブズ氏の場合、診断後も食事療法などの代替療法を続け、手術が9カ月も遅れてしまいました。本人も後悔していたと報じられていますが、天才経営者の「判断ミス」が、ITの歴史を変えてしまわないように祈ります(合掌)。