Dr.中川のがんの時代を暮らすは、毎日新聞日曜日に連載中です。
2週間分毎に転載させていただいています。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:7 チェルノブイリとの違い
原発事故を許すことはできません。しかし、被ばくをしたかしないかだけに注目するのではなく、放射線の量が大事だという点を忘れてはなりません。そもそも、自然被ばくや医療被ばくで、平均的な日本人は年間に5ミリシーベルト前後の被ばくを受けています。被ばく量がゼロという人はいないのです。
農薬を使わなかった江戸時代に戻ることはできませんが、残留農薬の量が増えれば健康によくありません。塩を使わない料理は味も素っ気もありませんが、大量に塩分をとれば命にかかわります。放射線被ばくでも、その量が重要ですが、「白か黒か」の考えでいると、わずかな量の被ばくも大量の被ばくも、同じように「黒」になってしまいます。
たしかにチェルノブイリでは、住民に大量の被ばくが見られました。とくに、子どもの甲状腺の内部被ばくは膨大な量に達しています。4歳以下の1%近くが、なんと10シーベルト(1万ミリシーベルト)以上の被ばくを受けたのです。これは、避難や食品の規制が遅れたことに加えて、チェルノブイリが内陸だったことにも大きな原因があります。ヨウ素は、甲状腺ホルモンの材料として欠かせませんが、人はそのほとんどをコンブなどの海藻から摂取します。米国でも、食塩にヨウ素を混ぜて摂取しています。それほど、内陸地では、もともとヨウ素不足となる傾向があるのです。
ヨウ素を求めていたチェルノブイリの子どもたちの目の前に、突然ヨウ素が現れ、それらが甲状腺に大量に取り込まれました。そのヨウ素が原発から放出された放射性ヨウ素だったため、子どもたちの被ばく量は考えられないレベルに達してしまったのです。細胞分裂の盛んな子どもは、被ばくによってがんができやすいため、小児の甲状腺がんが6000人にも達しました。なお、チェルノブイリでは、小児甲状腺がん以外のがんの増加は確認されていません。
一方、広島大などが3月、1000人を超す福島の子どもを対象に甲状腺の被ばく量を測定した結果、最大35ミリシーベルトにとどまっていることが分かりました。これまでの研究によると、100ミリシーベルト以下の被ばくでは、小児甲状腺がんは増えていませんから、福島でがんが増えることはないでしょう。お母さんたちも安心してよいと思います。
Dr.中川のがんの時代を暮らす:8 半減期長いセシウム
東京電力福島第1原発の事故から半年以上たった今も、放射線被ばくをめぐるパニックが続いています。一部のメディアは、子孫にまで奇形や知能低下などが起こるといった記事を載せ、国民の不安をあおっているように見えます。
しかし、今回の事故で住民に起こりうる健康被害は、「一定の線量を被ばくした本人に発がんの危険が高まる」ことです。日本は、2人に1人が、がんになる「世界一のがん大国」ですが、国民が、がんのことを知らないことが、パニックに拍車をかけています。そこで、原発事故による放射線被ばくと発がんについて、数回にわたって解説したいと思います。
現在、空気中に新たに放出される放射性物質はほとんどありません。3月12~15日ごろに原発から放出された放射性物質が、今回の被ばく問題の原因となっています。その放出された放射性物質は、放射性ヨウ素と放射性セシウムの2種類にほぼ限られています。
放出された放射性ヨウ素と放射性セシウムは、3月21日ごろまでに風に乗って関東地方など各地に流れてきました。桜島の火山灰が風に乗って鹿児島市内にやってくるのと同じです。東京都の金町浄水場近くの江戸川に放射性ヨウ素を含んだ雨が降ったため、水道水からも放射性物質が検出され、都内のコンビニからミネラルウオーターが消える騒ぎになりました。
しかし、ヨウ素131の半減期は8日ですから、事故から半年以上たった現在、ほぼ消滅したといえます。ヨウ素131による小児の甲状腺被ばくは、チェルノブイリより、はるかに少ない量で食い止められたので、「福島では甲状腺がんは増えないだろう」という私の予測を前回お話ししました。
放射性セシウムには、セシウム134とセシウム137があり、およそ1対1の比率で存在しています。それぞれの半減期は2年と30年です。どんなテクノロジーをもってしても、この半減期を変えることはできません。セシウムの半分が2年で半分になりますから、2年後にはセシウム全体が4分の3、5年で半分程度に減ることになります。しかし、30年たっても4分の1残るわけですから、セシウムとの長い付き合いが始まったといえます。次回は、このセシウムと発がんの関係を考えます。